2016年7月31日日曜日

伝説5巻p298〜《前夜》

TEST OF THE TWINS p172
he felt like one of the trained mice in a fair who runs round and round upon the little wheel, getting nowhere in a tremendous hurry.

伝説5巻p298
 そのうち、かれは縁日で見せ物になるネズミのような気分になってしまった――小さな車輪に乗ってぐるぐるまわる訓練を受けた、いくら急いでもどこにも行けないあのネズミのような。

***

 タニスちゃんはあわれな見せ物と思ってるようですが、実際にハムスターやリスを飼って観察していると、彼らはあれを結構楽しんでるみたいですよ。お外(と言っても部屋の中ですが)をさんざん探検した後、ケージに戻ったかと思うと回し車にまっしぐら、とか。


“My spies fly on swift wings.”
“if they fly on wings at all,”

「わたしのスパイたちはすばやい翼を持っておりますのにね」
「そもそもそいつらが翼で飛ぶものならな」

The young elf certainly appeared to be someone who could be relied upon to perform with cool courage in a tight spot. Unfortunately, just who he would perform for was open to doubt.

 この若いエルフは窮地にあっても冷静で、肝ったまのすわった行動ができるように思えた。ただ残念なことに、かれが仕えている人物が疑惑を招きやすいのだ。

Tanis rubbed his forehead. How confusing this was! How much easier it had been back in the old days--he sounded like someone’s grandfather!--when good and evil had been clearly defined and everyone knew which side they were fighting for or against.

 タニスは顔をこすった。なんてややこしいのだろう! 昔はものごとがなんと簡単だったことか――まるで誰かのお祖父さんみたいな口調だ!――善と悪がはっきりとわけられ、自分がどちらの側に与していて、どちらの側が敵なのか誰もが知っていたあのころは。

“He’s winning?” Tanis stared at Dalamar incredulously.
“You have always underestimated him,” Dalamar said with a sneer.

「レイストリンは勝っているのか!」タニスは信じられないというようにダラマールを見つめた。
「あなたはいつもレイストリンを過小評価してきましたね」ダラマールは冷笑まじりに言った。

“I told you, he is now strong, powerful, the greatest wizard who has ever lived. Of course, he is winning! But at what cost...at what great cost.”

「申したでしょう、かれはいまひどく強くなっているのです。これまで生を受けたなかでも最大の魔法使いなのですよ。もちろん、勝っていますとも! ですが代償を……多大な代償をはらっています」

Tanis frowned. He didn’t like the note of pride he heard in Dalamar's voice when he talked about Raistlin. That certainly didn’t sound like an apprentice who was prepared to kill his Shalafi if need arose.

 タニスは眉をひそめた。ダラマールがレイストリンの話をするとき、その声にあらわれる誇らしげな調子が気にくわなかった。とても必要が生じれば“シャラーフィさま”を殺す覚悟をした弟子の声とは思えなかったからだ。

“Too much is your concern!” Tanis snapped. “Give me a charm! Let me inside the Tower! I can deal with her--“

「きみには荷が重すぎる!」タニスはぴしゃりと言った。「おれに護符をくれ! おれを<塔>のなかに入れてくれ! おれがキットの相手をする――」

“Oh, yes.” Dalamar returned, amused, “I know how well you deal with her in the past.”

「おや、そうですか」ダラマールはおもしろがるように言い返した。「あなたがかつて、どんなに上手く彼女をあしらったか知っていますよ」

“Besides, you have forgotten one thing--Soth’s true purpose in this. He wants Kitiara dead. He wants her for himself. He told me as much.”

「それから、ひとつお忘れです――ソス卿の真の目的はここにあるのです。ソス卿はキティアラに死んでもらいたがっています。キティアラをわがものにしたいと、ソス卿はわたしにそう言いました」

Feeling suddenly chilled to the very soul, Tanis could not reply.

 不意に魂の芯まで凍りついたような気がして、タニスは返事ができなかった。

“I cannot stay long, our fate teeters on the edge of a knife’s blade. But I brought you this.” Reaching into a black velvet pouch hanging at his side, he took out a silver bracelet and held it out to Tanis.

「長居はできません。わたしたちの運命はいま、ナイフの刃の縁でぐらついているのです。これを渡しにきました」ダラマールは腰にさげている黒い天鵞絨の小袋に手を入れ、銀の腕輪を差し出した。

“It makes the one wearing it resistant to magic.”

「それをつけている者は魔法に抵抗できるようになります」

“Yes, Half-Elven, thank me when you return.”

「ええ、ハーフ・エルフどの、もしも帰ってこられたら、わたしに感謝してください」

“Why me?”

「どうしておれに?」

“It knows one of its own.”

「その腕はそれを持つべき人物を知っています」

Dalamar paused, his brows came together in irritation at this delay. Tanis felt the young elf’s arm tense. He’s frightened, Tanis realized suddenly.

 ダラマールはちょっとためらった。引きとめられたことにいらだつように眉が寄る。この若いエルフの腕が緊張するのをタニスは感じた。かれはおびえているのだ――不意にタニスはそうさとった。

But even as this thought crossed his mind, he saw Dalamar regain control of himself. The handsome features grew calm, expressionless.

 だがそう思った瞬間、ダラマールがふたたび立ちなおったのがわかった。整った容貌がいっそう冷ややかに、無表情になる。

“The cleric, Lady Crysania, has been mortally wounded. She managed to protect Raistlin, however,. He is uninjured and has gone on to find the Queen.”

「僧侶レディ・クリサニアが致命傷を負いました。それでも彼女はレイストリンを守りぬきました。レイストリンは無傷で、<女王>を見つけにゆきました」

Tanis felt his throat constrict. “What about Crysania?” he said harshly. “Did he just leave her to die?”

 タニスは喉が締めつけられるのを感じた。「クリサニアは?」ざらついた声でたずねる。「レイストリンはクリサニアを見殺しにしたのか?」

“Of course.” Dalamar appeared faintly surprised at the question. “She can be of no more use to him.”

「もちろんです」この質問にダラマールは少し驚いたようだった。「彼女はもはやレイストリンに必要ないのですから」

***

 順番は前後しますが、ここで浮揚城塞の脅威とパランサスの運命を知ったわれわれの騎士団長グンター卿、パランサスの君主アモサス卿、ローラナとともに戦った若いマーカム卿、それぞれの反応をご紹介しておきましょう。


“I know what you’re thinking, Tanis,” Amothus said finally, a break in his tone.

「きみが何を考えているかはわかっているよ、タニス」ようやく、アモサス卿は口を開いた。声が割れていた。

“You’re thinking of all those who died and suffered in the last war while we in Palanthas remained untouched, unaffected.”

「それからパランサスにいるわれわれがなんの被害も影響も受けずにいたときに、あの最後の戦で死んだり苦しんだりした人々のことを」

“To the Abyss with your elven blood,”
“And may the gods go with you,” Gunthar added in a low, choked voice.

「そのエルフの血とともに<奈落>へ落ちろ」
「きみの上に神々のご加護があるように」グンター卿は低い涙声でつけ加えた。

He’s not as drunk as he's letting on, Tanis decided. or as he wishes he could be.

 泥酔しているように見せてはいるが、それほど酔っ払ってはいないな――タニスはそう判断した――泥酔したいと願ってはいるかもしれないが。

“Another brandy, Charles,” said Sir Markham, holding out his glass once again. “A pledge, gentlemen.” He raised his glass.

「もう一杯ブランディーをくれ、チャールズ」マーカム卿がまたもた杯をさしだした。「乾杯しましょう、みなさん」そして、杯を持ちあげる。

“Here’s to trying....Rhymes with dying.”

「努力に乾杯……臨終の歌に」

***

 5巻をちょうど7月で終わらせたかったので、少々詰めました。マーカム卿の乾杯は実は十二章のラストなのですが、締めにふさわしい洒落た台詞だと思います。

 さて、6巻には何回かけますことか。

2016年7月30日土曜日

伝説5巻p284〜《要塞》

TEST OF THE TWINS p163
“I knew Kitiara had a plan! Of course! This has to be it!” Gloomily, he stared out into the churning clouds. “A flying Citadel!”

伝説5巻p284
「キティアラがたくらんでいた! もちろんそうだ! 絶対にそうです!」陰鬱な顔で渦巻く雲を見つめる。「浮揚城塞だ!」

“I told you I respect this Dragon Highlord, Tanis. Apparently, I did not respect her enough.”

「わしはこのドラゴン卿に敬意を表しているときみに言ったな、タニス。どうやらそれはまだじゅうぶんではなかったようだ」

Staring at the citadel as it came nearer and nearer, some inner voice was shouting at him, pummeling him, screaming that something wasn’t right.

 浮揚城塞が刻一刻と迫ってくるのを見ているうちに、内なる声が叫ぶのが聞こえた。それはやかましくがなりたて、絶叫していた。何かがおかしいと……

She had broken the uneasy truce that had existed between the Dragon Highlord and the free people of Ansalon.

 キティアラはアンサロン大陸の人々とのあいだに結んだ不安定な休戦協定を破った。

This was their opportunity. They could defeat her, capture her perhaps. Tanis’s throat constricted.

 いまこそ絶好の機会だ。彼女を打ち負かし、もしかしたら捕えることもできるかもしれない。タニスの喉が痛いほど締めつけられた。

Perhaps he could persuade her to give her self up. He would see that she was treated justly, as an honorable enemy--

 このおれなら、キティアラを説得して投降させることができるかもしれない。彼女があっぱれな敵として正当なあつかいを受けるよう、おれが注意をしてやるのだ――

Standing defiantly, surrounded by her enemies, prepared to sell her life dearly. And then she would look over, she would see him. Perhaps those glittering, hard dark eyes would soften, perhaps she would drop her sword and hold out her hands--

 大勢の敵に囲まれ、自分の生命をとんでもなく高く売りつける覚悟を決めて傲然と立っているキティアラ。その視線があたりを見わたし、彼女はタニスを見る。剣呑にきらめく黒い目がやわらぎ、彼女は剣を落として両手をさしのべる――

He was daydreaming like a moon-struck youth.

 感傷的な夢見る若者みたいに白昼夢に浸るだなんて。

***

 その思い込みはどこからわいてくるのですかタニスちゃん。
 自己突っ込み乙、としか言いようがありません。


Still, that inner voice nagged at Tanis. All too simple, all too easy. Kitiara was up to something....

 内なる声はまだしつこくタニスにつきまとっていた。何もかもあまりに単純すぎる。あまりにたやすすぎる。キティアラは何かをもくろんでいる……

And finally, he heard it.

 ようやく、聞こえた。

“Name of the gods, no!”
“How stupid! How blind we’ve been! We’ve played right into her hands!”

「神々の名にかけて、とんでもないことだ!」
「なんという愚かしさ! おれたちは目が見えていない! まんまとキティアラの術策にはまってしまったんだ!」

It was within long-bow range.
It was within spear range.

 浮揚城塞は長弓の射程距離にはいってきた。
 槍の届く距離にはいってきた。

And then, it was gone.
Not an arrow had flown, not a spell had been cast.

 そして、城塞は通りすぎていった。
 一本の矢も射てこず、呪文のひとつもかけてこずに。

“She’s attacking the city directly, man!” Tanis gripped Gunthar by the arms, practically shaking him.

「彼女は直接、パランサスを攻撃するつもりなんですよ!」タニスはグンター卿の腕をつかみ、がくがくと揺さぶった。

“It’s what Dalamar said all along! Kitiara’s plan is to attack Palanthas! She’s not going to fool with us and now she doesn’t have to! She’s going over the High Clerist’s Tower!”

「ダラマールはずっとそう言っていたんです! キティアラのもくろみはパランサスを攻撃することなんです! キティアラはわれわれにちょっかいをかけてはこない。もはやそんな必要はないからです! 彼女は<大司教の塔>を飛び越えていったんです!」

“Nonsense!” Gunthar scowled. “She can’t take Palanthas that quickly.”

「ばかげたことだ!」グンター卿は顔をしかめた。「そんなにすぐにパランサスを攻め落とせるはずがない」

“You’ve forgotten one thing,” Tanis snapped, firmly but politely shoving his way past the knight. Turning on his heel, he called out,

「ひとつお忘れです」タニスは断固とした、だが礼儀にはずれない態度で騎士を押しのけて進んだ。くるりとふりかえり、大声で告げる。

“We’ve all forgotten one thing--the element that makes this battle even--Lord Soth!"

「われわれはみな、ひとつのことを忘れていました――この戦を対等にする要素を――ソス卿のことを!」

***

 全く相容れないようでいながら、どこか似通ったところのある、レイストリンが遺児(にすがた)と呼んだタニス。このふりかえりざまの不吉な宣告、戦記3巻の赤竜亭の訣れの場面をふと思い出しました。

“And a long farewell it will be. Some of us are not destined to meet again in this world!” With that, he bowed and, gathering his red robes around him, began to climb the stairs. 
「長いお別れになるでしょう。どなたかとは、これが今生の訣れとなる定めです!」
そう言うとかれはお辞儀をし、赤いローブをかきよせて階段を登っていった。

2016年7月29日金曜日

伝説5巻p275〜《手番》

TEST OF THE TWINS p158
And so, Raistlin, we meet again.

伝説5巻p275
 それでは、レイストリン、また会ったわけだな。

“My Queen.”

「わが<女王>よ」

You bow before me, wizard?

 わらわの前にひざまずくのか、魔法使いよ?

“This one last time, I do you homage.”

「これが最後ですが、あなたに敬意を表しましょう」

And I bow to you, Raistlin.

 では、わらわもそなたに礼をしよう、レイストリン。

“You do me too much honor, Majesty.”

「身にあまる光栄です、女王陛下」

On the contrary, I have watched your gameplay with the keenest pleasure. For every move of mine, you had a counter more.

 それどころか、わらわはそなたのゲーム運びをこの上なく楽しく見物させてもらった。わらわが動くたびに、そなたは封じ手をかけてきた。

You have proved yourself a skilled player, and our game has brought me much amusement. But now it comes to the end, my worthy opponent.

 そなたは優秀な指し手であることを実証したし、このゲームはわらわには非常におもしろかった。だが、そろそろやめにするときがきたぞ、わがあっぱれな好敵手よ。

Return to your cleric.

 そなたの僧侶のもとへもどれ。

Kneel down beside her. take her in your arms and hold her close. The mantle of death will fall upon you both.

 彼女のかたわらにひざまずき、彼女をかき抱いてしっかりと抱きしめてやるがいい。そうすれば死のマントがそなたたち二人を包むだろう。

“Takhisis, Great Queen, truly I thank you for this gracious offer. but I play this game--as you call it--to win.”

「偉大なる女王タキシス、慈悲深いその申し出、心からありがたく思おう。だが、ぼくはこのゲームに――あなたがそう呼ぶならば――勝つつもりなのだ」

And it will be a bitter end--for you!

 苦しい終焉になるぞ――そなたにとってな!

“Your Majesty is too gracious. I am unworthy of such attention....”

「女王陛下はたいそう慈悲深くあらせられる。だが、ぼくはそのような配慮を受けるには値しない……」

And now you mock me! Smile your twisted smile while you can, mage.

 そしておまえはわらわをあざけるのだな! できるならば、いつまでもその拗ねた笑みを浮かべているがよい、魔法使い。

Prostate yourself before me! Beg my forgiveness!...

 わらわの前にひれふすがよい! わらわに許しを乞うのだ!……

“My Queen...”

「わが<女王>よ……」

What, not yet on your knees?

 どうした、まだひざまずかぬのか?

“My Queen...it is your move.”

「わが<女王>よ……あなたの手番です」

***

<扉>の前でレイストリンが喝破した<女王>の怯え、余裕のなさがここにきてはっきり現れました。いっそこのまま勝ってしまって欲しいような……いや待て待て。
「拗ねた笑み」はキティアラ姉さんの"crooked smile"ではなく"twisted smile"なのですね。

2016年7月28日木曜日

伝説5巻p267〜《care》

TEST OF THE TWINS p154
“I cannot believe a pupil of Raistlin’s could care so much about anyone!”

伝説5巻p267
「レイストリンの弟子がそのように他人のことを気にかけるとは、とても信じられんな!」

“Raistlin’s pupil personally didn’t give a cracked iron piece what became of the cleric. But Raistlin’s pupil is honorable.”

「レイストリンの弟子個人としては、あの僧侶がどうなろうと小銭一つ与えたくもありませんね。ですが、レイストリンの弟子は名誉を重んじるのです」

“He was taught to pay his debts, taught to be beholden to no one. Does that accord with what you know of my Shalafi?”

「借りは返すように、また誰にも借りはつくらぬようにと教わりました。それはあなたがご存じのわが“シャラーフィさま”の姿と一致するでしょう?」

“Elistan came once to the Tower of High Sorcery to help my Shalafi.”

「エリスタンは一度<上位魔法の塔>にきて、わたしのシャラーフィさまを助けてくれたのです」

“Raistlin?” Tanis stopped again, stunned. Dalamar did not halt, however, and Tanis was forced to hurry after him.

「レイストリンを?」タニスはびっくりして足を止めた。だが、ダラマールは立ちどまらなかったので、タニスは急いであとを追わなければならなかった。

“Yes,” the dark elf was saying, as if caring little whether Tanis heard him or not, “no one knows this, not even Raistlin. The Shalafi grew ill once about a year ago, terribly ill.”

「そうです」タニスに聞こえようが聞こえまいがかまいはしないというように、黒エルフはしゃべっていた。「このことは誰も知りません。レイストリンさえもです。一年ほど前、シャラーフィさまは具合を悪くしました。ひどく悪くなったのです」

“I was alone, frightened. I know nothing of sickness. In desperation, I sent for Elistan. He came.”

「わたしはたった一人でおびえていました。病のことは何ひとつ知らなかったのです。死にものぐるいで、わたしはエリスタンを呼びにやりました。エリスタンは来てくれました」

“Did...did he...heal Raistlin?” Tanis asked in awe.

「エリ……エリスタンが……レイストリンを癒したのか?」タニスは恐れいってたずねた。

“No.” Dalamar shook his head, his long black hair falling down around his shoulders.

「いいえ」ダラマールはかぶりを振った。長い黒髪が肩に垂れかかる。

“Raistlin’s malady is beyond the healing arts, a sacrifice made for his magic. But Elistan was able to ease the Shalafi’s pain and gave him rest. And so, I have done nothing more than discharge my debt.”

「レイストリンの症状は癒しの技では治せませんでした。魔法の犠牲になっているからです。でも、エリスタンはシャラーフィさまの苦痛をやわらげ、休息を与えてくれることはできました。ですから、わたしは借りを返しただけなのです」

“Do you...care about Raistlin as much as this?” Tanis asked hesitantly.

「きみは……そこまでレイストリンのことを気にかけているのか?」タニスは口ごもりながらたずねた。

“What is this talk of caring, half-elf?”

「その気にかけているとはどういうことなのでしょう、ハーフ・エルフどの?」

“”Like Raistlin, I care for one thing only--and that is the Art and the power that it gives. For that, I gave up my people, my homeland, mu heritage. For that, I have been cast in darkness.”

「レイストリンと同じように、わたしが気にかけるのはただひとつのことです――それは魔法の技とそれがもたらす力です。そのために、わたしは一族を捨て、故郷を捨て、先祖伝来のものを捨てました。そのために、闇に身を投じたのです」

“How could I afford to lose him? Even now, when I think of what I must do to him, when I think of the knowledge he has gained that will be lost when he dies, I almost--“

「どうしてかれを失うことができましょう? こうしているいまでも、わたしはかれにしなければならないことを考え、かれが死ぬときに失われる膨大な知識のことを考えると、ほとんど――」

“Almost what?”
“Can you truly stop him, when he comes back, Dalamar? Will you stop him?”

「ほとんど、何だ?」
「やつがもどってきた時、おまえは本当に阻止ことができるのか、ダラマール? やつを阻止するつもりがあるのか?」

The Tower of High Sorcery stood dark and forbidding. No candles flickered in its windows. He wondered, briefly, who or what walked within that blackness to welcome the young apprentice home.

<上位魔法の塔>は黒々と不気味な姿でそそりたっていた。その窓には蝋燭の明かりなどない。あの闇のなかでこの若い弟子の帰りを待っているのは誰――あるいは何――なのだろうと、一瞬タニスは考えた。

***

 愛憎にかけてはタニスちゃんより何枚も上手なダラマール。さすがキティアラ様と互角にやりあうだけあります。このシーンの前で、キティアラ様の思い出と格闘していたタニスちゃん、少しはかれから学ぶといいですよ。愛情もまた、はっきり白黒に分けられるものではないということを。

2016年7月27日水曜日

伝説5巻p259〜《告白》

TEST OF THE TWINS p149
“The next time you will see, Crysania, is when you are blinded by darkness...darkness unending.”

伝説5巻p259
「この次あなたがはっきりと見えるようになる時は、クリサニア、それはあなたの目が闇にくらまされた時なのです……終わりなき闇に」

“I see now,”
“I see so clearly! I have deceived myself!”

「見えるわ」
「こんなにはっきりと見える! わたしは自分自身を欺いていたのだわ!」

“I’ve been nothing to him--nothing but his gamepiece to move about the board of his great game as he chose. And even as he used me--so I used him!”

「わたしはかれにとって何でもなかった――かれが望んだ偉大な勝負の盤上をzちこち動かされるゲームの駒でしかなかったのだわ。そして、かれがわたしを利用しているあいだ――わたしもかれを利用していた!」

“I used him to further my pride, my ambition! My darkness only deepened his own!”

「わたしは自分の思いあがりのために、自分の野心を満足させるためにかれを利用していたのだわ! わたしの暗黒はかれの暗黒をいっそう深くしただけ!」

“He is lost, and I have led him to his downfall. For if he does defeat the Dark Queen, it will be but to take her place!”

「かれは迷ってしまった。そして、わたしはかれを失墜に導いてしまったのだわ! なぜなら、かれが<暗黒の女王>を打ち負かせば、それは女王にとってかわることにほかならないのだから!」

“I have done this, Paladine! I have brought this harm upon myself, upon the world! But, oh, my god, what greater harm have I brought upon him?”

「これはわたしが招いたことです、パラダイン! わたしはこの害を自分自身にもたらしました、世界にまで! ですが、ああ、わが神よ、わたしはどれだけ大きな害をあの人ににもたらしたことでしょう!」

“I love you, Raistlin,”
“I could never tell you. I could never admit it to myself.”
“What might have changed, if I had?”

「愛しています、レイストリン」
「あなたに告げることはできませんでした。わたしは自分でそれを認めることができなかったのです」
「もし告げていたところで、いったい何が変わったでしょう?」

She drew a breath. “Paladine, forgive me,” she murmured.
Another breath. “Raistlin...”
Another, softer breath. “...forgive...”

 クリサニアは深く息を吸い込んだ。「どうかお許しください、パラダイン」つぶやく。
 もうひと呼吸。「レイストリン……」
 もうひとつ、かすかな呼吸。「……許して……」




2016年7月26日火曜日

伝説5巻p252〜《(聖女どの)》

TEST OF THE TWINS p146
“Caramon! Brother!”
But Caramon ignored him. Gripping Raistlin firmly, he dragged the frail mage up a hill.

伝説5巻p252
「キャラモン! 兄さん!」
 だがキャラモンは耳を貸さなかった。がっちりとレイストリンをつかみ、脆弱な魔法使いを丘の上へ引きずっていく。

Then Raistlin caught a glimpse of white robes. Elistan was binding her to a stake.

 そのとき、白いローブが目にはいった。エリスタンがクリサニアを杭に縛りつけているところだ。

“Witness her fate and see your own, witch!”

「この女の運命を見て、おのれの運命を知るがいい、魔法使いめ!」

The fire spread quickly, soon engulfing Crysania’s white robes.

 火は見る間に広がり、クリサニアの白いローブをのみこんでいく。

She managed to raise her head, seeking for one final look at Raistlin. Seeing the pain and terror in her eyes, yet, seeing, too, love for him, Raistlin’s heart burned with a fire hotter than any man could create.

 クリサニアはどうにか頭をもたげ、レイストリンに最後の一瞥を向けた。彼女の目に浮かぶ苦痛と恐怖を見、それでもまだ自分に向けられている愛を見て、レイストリンの胸はどんな炎よりも熱い炎で焼き焦がされた。

“They want magic! I’ll give them magic!” And, before he thought, he shoved the startled Caramon away and, breaking free, raised his arms to the heavens.

「魔法がほしいんだな! なら魔法をくれてやる!」考えるよりはやく、レイストリンは仰天しているキャラモンを突き放し、手を振りほどいて両手を高々と天に向けてつきあげた。

And, at that moment, the words of magic entered his soul, never to leave again.

 その瞬間、呪文が心にはいってきた。今度はすりぬけてはいかない。

Lightning streaked from his fingertips, striking the clouds in the red-tinged sky. The clouds answered with lightning, streaking down, striking the ground before the mage’s feet.

 レイストリンの指先から稲妻がほとばしり、赤みがかった空の雲を撃った。雲がそれに応えて打ちおろした稲妻が、魔法使いの足のすぐ前の地面を直撃した。

He had been deceived--by himself!

 かれは欺かれていたのだ――自分自身に!

It is nothing more than a reflection of my mind! All I have been doing is traveling through my own mind!

<奈落>はぼくの心の映し鏡にほかならなかったのだ! ぼくがしてきたのは、自分の心を旅することだった!

My magic did not work because I doubted it, not because she prevented it from working.

 ぼくの魔法が効かなかったのは、女王が魔法を妨げていたからではなく、ぼくがそう思ったからだ。

“Raistlin?” Her face was horribly burned, sightless eyes stared into the emptiness around her, she reached out a hand that was little more than a blackened claw.

「レイストリン?」恐ろしく焼けただれた顔になり、もはや何も見えない目で周囲の虚空を見つめながら、クリサニアは手をのばした。それはもはや黒焦げになった骨組みでしかなかった。

“No, Crysania, you have not,” he said, his voice cool and even.

「いや、クリサニア。失敗してはいない」レイストリンの声は冷ややかで抑揚がなかった。

The cracked and blistered lips parted in a smile.

 ひび割れ、火ぶくれのできた唇が少し開いて微笑んだ。

“Stay with me, Raistlin. Stay with me while I die....”

「わたしといっしょにいてください、レイストリン、わたしが死ぬまでいっしょに……」

***

 ひび割れた唇が訴える”Stay with me...while I die...”
 あの疫病の村の若い僧侶がクリサニアに願ったのと同じ内容です。そして魔法を取り戻したレイストリンが放った、雲を撃つ稲妻とそれに応えて打ちおろされた稲妻、あれは村を焼き払った魔法と同じですね。神々への宣戦布告。
 そして、その後には「血の試練」が続いたのでした。


One by one, Raistlin burned those memories in his mind, setting fire to them with his magic, watching them turn to ash and blow away in smoke.

 ひとつ、またひとつと、レイストリンはそうした記憶を頭のなかで燃やしていった。魔法でそれらに火をつけ、それらが灰になり、吹き払われて煙となってゆくのを見つめていた。

Reaching out his other hand, he freed himself from her clinging grasp.

 もういっぽうの手をのばして、レイストリンはクリサニアのすがりつく手から自分の手を自由にした。

“You have served my purpose, Revered Daughter,” Raistlin said, his voice as smooth and cold as the silver blade of the dagger he wore at his wrist.

「きみはぼくの目的のために実によく役だってくれたよ、聖女どの」レイストリンの声は、かれの手首にある短剣の銀の刃のように冷たくなめらかだった。

“Raistlin, don’t leave me! Please don’t leave me alone in the darkness!”

「レイストリン、どうかわたしを置いていかないで! お願いだから、こんな闇の中にわたしを一人にしないで!」

Leaning upon the Stuff of Magius, which now gleamed with a bright, radiant light, Raistlin rose to his feet. “Farewell, Revered Daughter,” he said in a soft, hissing whisper. “I need you no longer.”

<マギウスの杖>――いまやそれはまばゆく明るい光を放っていた――に寄りかかり、レイストリンは立ちあがった。「さらばだ、聖女どの」やわらかな声でささやく。「もはや、きみは必要ない」

***

 考えながら「今回はこういう話なんだよ」と旦那に説明しますと「ひどい男じゃん」と当然の答えが返ってきます。確かに初読時は私もそう思ったし、実際酷い行いです。でも、非道いとは思いません。かれはかれの道を歩こうとしているのですから。破滅に繋がる道を。

 焼かれたクリサニアの、思い出までも焼き払う必要があったのは、<奈落>の仕組みと女王のやり口を完全に理解したからでしょう。自分の中の、利用されかねない弱みは全て葬る必要があったのです。かれの最後の試練。

 5巻後半、<奈落>でのレイストリンの旅路。エントリタイトル(お母さん)(兄さん)(先生)(旧友たち)(聖女どの)の前には全て(ぼくの)が省略されているのですよ、実は。これでもう、かれの中には何もありません。完全にからっぽです。

…いや、まだ一つだけ残っていましたね。最後の最後にかれを救うもの、「     」が。

2016年7月25日月曜日

伝説5巻p244〜《(旧友たち)》

TEST OF THE TWINS p141
“I do not know by what sorcerous ways you have conjured up my name, Black Robe, but, speak it once more and it will go badly for you. We deal shortly with witches in Solace.”

伝説5巻p244
「どういう魔法でわたしの名を知ったかはわからんがな、黒ローブ、もう一度言ってみろ。きさまにとっては面白くないことになるぞ。ソレースでは魔女どもに寛大な扱いはせぬからな」

***

"conjure up"=魔法を使ったかのように作り出す、想像して心に浮かべる、とライトハウス英和辞典にはありますが、”conjure”という動詞はもともと名前に関する魔術を意味するようですよ。

https://twitter.com/MuseeMagica/status/692702732247937024


We are in a Hall of Judgment, Raistlin saw, momentarily dizzied by the sudden change.

 法廷だ――突然の変化に目のくらむ思いをしながら、レイストリンは思った。

His father, a poor woodcutter, sat in a corner, his shoulders bent, that perpetual look of worry and care on his life.

 父親が――あわれな木こりが――隅の席に座っていた。肩をがっくりと落とし、顔には消えることのない心労が浮かんでいる。

Beside him, Crysania cried out, “Elistan!”

 レイストリンの横で、クリサニアが悲鳴をあげた。「エリスタン!」

Dressed in the gray robes of Gilean, God of Neutrality, the judge took his place behind the podium and turned to face the accused.

 中立神ギレアンの灰色のローブをまとった裁判官は法壇の向こうの席につき、被告人に顔を向けた。

“Tanis!” Raistlin cried, taking a step forward.

「タニス!」レイストリンは叫び、一歩前に踏みだした。

“Flint?” Raistlin grabbed the dwarf by the arm, “Don’t you know me?”
“And don’t touch the bailiff!” Flint roared, incensed, jerking his arm away.

「フリント?」レイストリンはドワーフの腕をつかんだ。「ぼくがわからないのか?」
「廷吏にさわるんじゃない!」フリントは激怒して吠え、腕をもぎ離した。

“Now, who brings the charge against these two?”
“I do,” said a knight in shining armor, rising to his feet.

「さて、この二人を告発したのは誰だ?」
「わたしです」きらめく鎧を身につけた騎士が立ちあがった。

“Very well, Sturm Brightblade,”
“you will have a chance to present your charges. And who defends these two?”

「よろしい、スターム・ブライトブレイド」
「告訴状を提出するがいい。この二人の弁護人は誰だ?」

“Me! Here, Tanis--uh, your honorship! Me, over here! Wait. I--I seem to be stuck....”

「ぼくです! ほら、タニス――ええと、裁判長閣下! ぼくです、ここにいる! ちょっと待って。ぼく――つぶれちゃいそうだ……」

“The Black Robed one spoke the name of Paladine”
“But when she drank that witch’s brew, she was healed!”

「黒ローブのほうはパラダインの名を口にしておりました」
「しかし、この男が煎じたものを飲むと、それが癒えたのです!」

“No!” cried Crysania, rising unsteadily to her feet.
“I am cleric of Paladine--“

「ちがいます!」クリサニアは叫び、よろよろと立ちあがった。
「わたしはパラダインの僧侶なのです――」

Performing a pantomime.
Tas giggled.
“What are you doing? How can I possibly get you off if you go around telling the truth like that?”

「パントマイムをやってたって、そう言うつもりだったんです」
 タッスルはくすくす笑う。
「いったい何をやってるのさ? そんなふうに本当のことをしゃべってたら、いったいどうやって助けてあげられるっていうんだ!」

“What is this mockery?”
“I don’t know, but I’m doing to put an end to it.”

「いったいこれはなんのおふざけなの?」
「わからない。だがもう終わらせてやる」

“Silence, all of you.” His soft, whispering voice brought immediate quiet to the room. “This lady is a holy cleric of Paladine! I am a wizard of the Black robes, skilled in the arts of magic--“

「静粛に、みなさん」レイストリンのやわらかなささやき声で、室内は即座に静まり返った。
「ここのご婦人はパラダインの聖なる僧侶なのです! ぼくは黒ローブの魔法使いで、魔法の技に――」

“Oh, do something magic!” the kender cried, jumped to his feet again.
“Yes, show us some magic, wizard.” Tanis called out over the hilarity in the Hall.

「へえ、何か魔法をやって見せてよ!」ケンダーが叫び、またぴょんと立ちあがった。
「よし、その魔法とやらを見せてみよ、魔法使い」法廷の笑いの渦に負けない大声でタニスが言った。

Kitiara’s voice rang out above the others, strong and powerful. “Perform some magic, frail and sickly wretch, if you can!”

 力強く元気のいいキティアラの声が一段と大きく響きわたる。「できるものなら魔法をやってごらん、ひ弱で病気のくずめ!」

Raistlin’s tongue clove to the roof of his mouth.
“Hah! I do not need to prove myself to such as you--“

 レイストリンの舌が口蓋にくっついた。
「ふふん! おまえたちのような者どもに身の証をたてる必要などない――」

Spell words slithered from his grasp.

 レイストリンの頭から呪文の文句が抜け落ちていった。

“Burn them.”

「この二人を燃やせ」

***

<女王>の悪意、嘲りが最高潮に達する法廷シーン。もしも映像化されたら、どれほど滑稽でおぞましい演出になるんでしょうか。さらっと流そうと思ってたんですが、原文を開けてみたら”charge”に”defend”、”bailiff”に”honorship”と、法廷用語が面白くて長々と取り上げてしまいました。

2016年7月24日日曜日

伝説5巻p227〜《旧友》

TEST OF THE TWINS p131
Having mounted the horse of action, so to speak, Gunthar charged ahead. Completely riding over Lord Amothus’s murmured remonstration that perhaps he should discuss this with his generals, Gunthar galloped on,

伝説5巻p227
 まるで行動という軍馬にまたがったごとく、グンター卿は進撃した。将軍たちと相談してみる必要がありそうだなどとアモサスがぼそぼそつぶやく抗議をものともせずに踏みにじり、突進していく。

Tanis, watching all of this, and knowing well what Amothus was thinking, smiled grimly to himself and was just beginning to wonder how he, too, might escape the onslaught  when there was a soft knock upon the great, ornately carved, gilt doors.

 タニスはこうした様子を眺め、アモサスが考えていることが手にとるようにわかったので、心のなかで苦笑いを浮かべていた。そしてかれもまた、グンター卿の襲撃から逃れるすべを考えようとしたそのとき、彫刻の施された大扉に小さなノックの音がした。

***

“charge”, “ride over”, “gallop on”, “onslaught”と、我々のグンター卿の勇姿をお楽しみください。自分で煽っておいて何逃げようとしてるんですかタニスちゃん。


“I would have refused,” Garad said grimly. “But Elistan gave orders that he should be allowed entry. And, I must admit, his potion worked.”

「わたしは拒もうとしたのですが」ガラドはむっつりした顔で言った。「エリスタンが入れるようにと命じたのです。それから、あの者の薬が効いたことは認めなければなりません」

I’d like to see you try to make him leave, Tanis thought privately, but said nothing.

 あなたがダラマールをむりやり退去させようとするところを見たいものだ。そうタニスはひそかに思ったが、何も言わなかった。

Elistan, turning his head feebly upon the pillow, looked over at the half-elf and began to laugh.
“One would think, my friend, that you were coming to rob me,”

 エリスタンが枕の上の頭を弱々しくこちらに向けた。そして、ハーフ・エルフの姿を見て、僧侶は笑い出した。
「他人が見たら、あなたはまるでわたしを盗みにきたのかと思いますよ、わが友よ」

“Would that I were able to fight this enemy for you, Elistan,”

「あなたのためにこの敵と戦うことができたらと思いますよ、エリスタン」

“Not an enemy, Tanis, not an enemy. An old friend is coming for me.”

「敵ではありませんよ、タニス。敵ではないのです。旧友がわたしを迎えにきてくれているのです」

“I would have chosen differently for her, my friend, had I been able. I saw the road she walked. But, who questions the ways of the gods?”

「もしできるなら、わたしはクリサニアのためにもっとほかの選択をとったことでしょう、友よ。彼女が歩む道がわたしには見えていました。だが、神々の流儀に誰が疑問をはさみましょう?」

***

「神のなさることに疑問を抱くな、疑うな」実在の宗教でもよく説かれることですが、これが盲目的でなくて何なのでしょう。疑いのないところに信頼もまた存在しない、いや、疑うことができないものを、どうやって信じることができるのですか?


“Certainly not I. Although”--opening his eyes, he looked up at Tanis, and the half-elf saw a glint of anger in them--“I might argue with them a bit.”

「わたしはそんなことはしません。まあ」――エリスタンは目を開き、タニスを見あげた。ハーフ・エルフには、その目に怒りが宿るのを見た――「神々に少しばかり文句を言うかもしれませんが」

***

「いい人すぎてつまらない」と言われ、作者にも嫌われているというエリスタンの一番好きな、親しみの持てる場面です。さあ、思う存分言ってやってください。今来るところですから。


“I am sorry, sir, but I cannot permit you to go inside,”
“But I tell you I’m here to see Elistan,” returned a querulous, crotchety voice.

「まことに申しわけありませんが、あなたをなかに入れることはできないのです」
「だからエリスタンに会いにきたと言っておるじゃないか」不平がましい偏屈な声がやり返す。

There was the sound of a brief scuffle, then silence, then Tanis heard a truly ominous sound--the sound of pages.

 ちょっとのあいだもみあう音が聞こえ、それから静かになった。次に、タニスはまことに不吉な音を聞いた――ページをめくる音だ。

“He truly is an important person,”
“You can let him in. I’ll take full responsibility.”

「この方は本当に重要な人物なんだ」
「入れてあげてくれ。おれが全責任をもつよ」

Entering the Temple door, the old man turned to look at Tanis from beneath the brim of the battered hat. Pausing, he laid his hand on the half-elf’s arm. The befuddled look left the old wizard’s face.

 神殿の扉のなかにはいると、老人はふりかえり、つぶれた帽子の縁の下からタニスを見つめた。そして少し考えてから、ハーフ・エルフの腕に手をかけた。老魔法使いの顔から見かけの表情が消える。

“You have never faced a darker hour, Half-Elven,”
“There is hope, but love must triumph.”

「あんたは闇の時間に直面したことはないな、ハーフ・エルフよ」
「希望はある。だが、愛は勝たねばならない」

As he left the Temple, Tanis heard a voice wail, “My hat!”

 神殿を出ていくタニスの耳に、叫び声が聞こえた。「わしの帽子が!」

2016年7月23日土曜日

伝説5巻p221〜《(先生)》

TEST OF THE TWINS p127
A middle-aged man dressed in the white robes of a teacher was walking down the road toward them....

伝説5巻p221
 道の向こうからこちらにむかって、導師の白ローブをまとった中年の男が歩いてきた……

“Repeat the words after me, remembering to give them the proper inflection,”

「わしについて呪文をくりかえすのだ。適切な抑揚をつけることを忘れないようにな」

“Raistlin!”
“Master?” Raistlin did not bother to conceal the sneer in his voice as he said the word.

「レイストリン!」
「はい、先生?」レイストリンは冷笑を隠そうともしない声でそう言った。

“I didn’t see your lips moving.”
“Perhaps that is because they were not moving, Master,”

「きみの口が動くのが見えなかったぞ」
「それはぼくの口が動いていなかったからですよ、先生」

“You know the spell, do you, apprentice?”
“Certainly I know the spell,” Raistlin snapped. “I knew it when I was six! When did you learn it? Last night?”

「この呪文を知っているというのだな、弟子よ?」
「たしかに知っていますよ」レイストリンはぴしゃりと言った。「こんなものは六歳のときに覚えました! 先生はいつ習ったんです? 昨夜ですか?」

The Master glared, his face purpled with rage. “You have gone too far this time, apprentice!”

 導師の顔が怒りのあまり紫色になった。「今度ばかりは言いすぎだぞ、弟子よ!」

and, as Raistlin watched, his old teacher’s white robes turned to black!

 そしてレイストリンが見まもる前で、かつての導師の白ローブが黒に変じた!

“Fistandantilus!”

「フィスタンダンティラス!」

“Again we meet, apprentice. But now, where is your magic?” The wizard laughed. Reaching up a withered hand, he began fingering the bloodstone pendant.

「また会ったな、弟子よ。だが今度は、おまえの魔法はどこにある?」大魔法使いはからからと笑った。しなびた手を伸ばし、血石のペンダントをもてあそびはじめた。

Where was my magic? Gone!

 ぼくの魔法はどこにある? 消えてしまった!

The Staff! he thought suddenly. The Staff of Magius. Surely its magic will not affected!
But the staff began to twist and writhe in Raistlin’s hand.

 杖だ! 不意に思った。<マギウスの杖>。杖の魔法なら影響を受けないはずだ!
 だが杖はねじれはじめ、レイストリンの手のなかでくねくねとのたうった。

Fistandantilus was gone, but in his place stood a drow--a dark elf. The dark elf Raistlin had fought in his final battle of the Test.

 レイストリンは恐怖に駆られて顔をあげた。フィスタンダンティラスは消えていた。かわりに立っているのは一人のドロウ――黒エルフだった。<大審問>の最後の戦いでレイストリンが戦った黒エルフだ。

And then the dark elf was Dalamar, hurling a fireball at him, and then the fireball became a sword, driven into his flesh by a beardless dwarf.

 と、その黒エルフはダラマールになり、火の玉をレイストリンに投げつけた。それから火の玉は剣に変わり、顎髭のないドワーフの手でレイストリンの体に突き刺さった。

when he was bathed in white light and wrapped in white robes and held close to a soft, warm breast....

 と、白光を浴び、かれは白ローブに包まれた。そしてやわらかく暖かい胸に抱き寄せられた……

2016年7月22日金曜日

伝説5巻p208〜《大杯》

TEST OF THE TWINS p120
“What was that?” Gunthar turned around, holding in his hand a mug of his finest ale (drawn from the barrel in the dark corner by the cellar stairs). He handed the ale to Tanis.

伝説5巻p208
「何だね?」秘蔵の極上エール酒(貯蔵所に降りる階段わきの薄暗い隅にある樽から出してきたものだ)の大杯を持って、グンター卿は振り向いた。そしてエール酒をタニスに渡した。

“I said you’re damn right I’m overwrought!”

「おれが働きすぎなのはまったく仰せのとおりだと言ったのです!」

Gunthar sighed and tugged at his mustaches gloomily. All he needed now was a kender....

 グンター卿はため息をつき、憂鬱な顔で口髭をひっぱった。いま、必要なのはケンダーだ……

“Very well, Tanis. I will skip the elven amenities and get right to the point. I think your past experiences have made you jumpy--you and Elistan both.”

「よろしい、タニス。エルフ流の礼儀作法は抜きにして、要点に行くとしよう。思うにきみはこれまでの経験からひどくびくつきやすくなっているのではないかな――きみとエリスタンの双方が」

“It’s the matter of logistics, Tanis.”
“And even if she had the manpower to fight her way through, look how long she’d have extend her supply lines!”

「これは論理の問題なのだよ、タニス」
「それにだ、たとえ女卿が兵を総動員して力まかせに進路を切り開いていったとしても、補給路をどこまでのばせるものか見てみるがいい!」

***

 補給路の話が出てくるところからしても、logisticsはこの場合「兵站」ですね。将軍になったキャラモンも、まっさきにこのことを考えていました。往々にして、戦闘そのものよりも勝敗を決する、食料や物資の安定供給。普通の軍隊指揮官なら絶対に無視しないことなんですが、残念ながら普通ではないキティアラ様には通用しないのでした。


“You say you respect her, but do you respect her enough?”

「あなたはキティアラに敬意を表するとおっしゃいましたが、じゅうぶんにそうなさっていらっしゃるんでしょうか?」

“You don’t believe this, do you?”

「あなたは信じてらっしゃいませんね?」

“My lord, I watched Raistlin grow up. I have traveled with him, seen him, fought both him and against him. I know what this man is capable of!”

「閣下、おれはレイストリンが育つのをずっと見てきました。やつとともに旅をし、やつを見まもり、敵になったり味方になったりして戦ってきました。この男にどれだけのことができるか、おれは知っているのです!」

“Dalamar believes his master’s return is imminent. I believe him, and so does Elistan.”

「ダラマールは師の帰還が迫っていると確信しています。おれもそれを信じているし、エリスタンも信じています」

“Why do we believe him, Lord Gunthar? Because Dalamar is frightened. He is afraid--and so we are.”

「われわれがなぜダラマールを信じているとお思いですか、グンター卿? それはダラマールがおびえているからです。かれはひどく恐れています――われわれも同じなのです」

Looking at him now, Gunthar felt suddenly closer than he had ever come before. He saw wisdom in the slightly slanted eyes, wisdom that had not come easily, wisdom that came through inner pain and suffering.

 今かれを見て、グンター卿は急に、これまでになく近しい気分を感じた。わずかに吊りあがった目に叡智が見てとれた――たやすくは見られない叡智、内心の苦痛と懊悩から生まれる叡智が。

He saw fear, the fear of one whose courage is so much a part of him that he readily admits he is afraid.

 そこにはおびえがあった。勇気がじゅうぶん血肉になっている勇者が、自分自身で恐れていると認めるほどの激しいおびえが。

“Very well, Tanis.” Lord Gunthar’s stern face relaxed, the cool, polite tones of his voice grew warmer. “I will return to Palanthas with you.”

「よくわかった、タニス」グンター卿のいかつい顔がやわらぎ、冷ややかで慇懃な口調に暖かみがました。「きみとともにパランサスに戻ろう」

Forgotten in the confusion, Tanis walked back to the fireplace, picked up his mug of ale, and sat down to enjoy it.

 タニスは大騒動のなかで忘れさられ、ふたたび炉ばたにもどると、エール酒の大杯をとりあげ、腰を降ろしてゆっくりと味わおうとした。

But, after all, he did not taste it. Staring into the flames, he saw, once again, a charming, crooked smile, dark curly hair....

 だが結局、よく味わうことはできなかった。炎を見つめるかれの目にはふたたび、あの魅力的な拗ねた笑みと黒い巻き毛が映っていた……

***

 もったいないですね。フィズバンご指定の、階段わきのとっておきの樽のエールを味わえないなんて。でもフィズバンもあの時、ドラゴン・オーブがノームのもとにあると聞いて、ショックのあまり大杯を取り落としてましたっけ。

2016年7月21日木曜日

伝説5巻p199〜《杯》

TEST OF THE TWINS p114
“And so this is what comes of his courageous words and promises,”
“Did you really expect otherwise?”

伝説5巻p199
「では、これがあの者の勇敢なる言葉と約束の結果というわけだな?」
「ほかにどうなると思っていたのだね?」

“And he makes no secret of the fact that he fears your brother more than death itself. So is it any wonder that he chooses now to fight on Raistlin’s side rather than the side of a bunch of feeble old wizards who are quaking in their boots?”

「それにあの者は。そなたの弟を死そのものよりも恐れていることをいっこうに隠しておらぬ。それゆえ、手をこまねいてただ震えているばかりのめめしい老魔法使いどもの側に立つよりは、レイストリンの側に立って戦うことをあの者が選んだとしてもなんの不思議もあるまい?」

“But he stood to gain so much!”

「だがあの者はとてつもなく多くのものを手に入れられたはず!」

And you would have known other rewards, as well, Dark Elf. Kitiara added silently, pouring herself a glass of red wine.

 そのうえもっとほかの報酬も得られたはずだ、黒エルフ。自分で赤ワインを杯に注ぎながら、キティアラは胸のなかでつぶやいた。

What of our plans? You ruling with the staff, I with the sword.

 われわれの計画はどうなるのだ? おまえはその杖を使い、わたしは剣を使って統治するという計画は。

Driven the elves from their homeland--your homeland! You would have gone back in triumph, my darling, and I would have been at your side!

 エルフどもをエルフ郷から――おまえの故郷から――追い出すことも! おまえは勝利の凱旋をすることもできたのだぞ、わが愛しき者よ。わたしはおまえの側についただろうに!

***

“darling”なんて言葉、記憶にある限り初めて見ましたよ。それもキティアラ様の口から!”my darling”って!
“I would have been at your side”って、「わたしはおまえの傍にいただろうに」とも読めます。そこまで。そこまで想っていながら何故ソス卿にころりと騙されてしまうのか二人とも。それはもちろん、

“The ones we love most are those we trust least.”
「われわれは、最愛の者をもっとも疑う性なのでしょう」

「だからそれは別段驚くことではなかった」と語るダラマールにしても。最初はお互いのことを信じきっていた、潮目が変われば相手は自分を裏切るだろうと信じていたくせに、今傷ついているのは何故かなんて考えもしないのでしょうねこの人たちは。

 そういえば、大昔にこんな文章でこの二人を引き合いに出したのを思い出しました。ウィザードリィ#4妄想


The wine glass slipped from her hand. She tried to catch it--Her grasp was too hasty, her grip too strong. The fragile glass shattered in her hand, cutting into her flesh. Blood mingled with the wine that dripped onto the carpet.

 ワインの杯がキティアラの手からすべり落ちた。キティアラはそれを受けとめようとした――だがあまりに握るのがはやすぎ、力が強すぎた。もろい杯は彼女の手のなかで砕け、肌を切り裂く。血とワインがまざりあい、絨毯の上に落ちた。

“You know I detest these fragile elf-made things! Get them out of my sight! Throw them away!”

「ああいうエルフがつくった壊れやすいものをわたしが嫌っていることは知っているだろう! こういうものをわたしの目にふれさせるな! 投げ捨ててしまえ!」

The servant ventured a protest. “But they are valuable, Lord. They came from the Tower of High Sorcery in Palanthas, a gift from--“

 召使いは大胆にも抗弁した。「ですがあれは非常に貴重なものなのです、閣下。パランサスの<上位魔法の塔>から贈られたものなのです――」

***

 なんて大胆な召使いさん。原文、”a gift from--“の続きは、<上位魔法の塔>の誰から贈られたのかを言おうとしていたのかもしれません。塔主たる異父弟、それとも……?


“I said get rid of them!”

「捨ててしまえと言ったのだ!」

“Well,”
“What do we do to stop Dalamar and my brother in this madness?”

「さて」
「狂気に駆られたダラマールとわが弟を阻止するには何をすればいい?」

“You must attack Palanthas.”

「パランサスを攻撃しなければならぬ」

“I believe it can be done!”
“”It is good to see you have not lost your touch,” said Lord Soth, his hollow voice echoing through the map room.

「これなら、必ずうまくいく」
「そなたの腕が落ちていないのを見ることができてよかった」ソス卿のうつろな声が地図室のなかに響きわたった。

Kitiara replied, pretending to be totally absorbed in the map beneath her feet. She stood upon the place marked “Sanction,” looking into the far northwestern corner of the room where Palanthas nestled in the cleft of its protective mountains.

 足下の地図にすっかり心を奪われているふうを装いながら、キティアラは答えた。彼女は「サンクション」と記された場所に立ち、部屋の北西の隅の、防御壁となっている山脈の割れ目にパランサスがおさまっている場所を見つめていた。

Following her gaze, Soth slowly paced the distance, coming to a halt at the only pass through the rugged mountains, a place marked “High Clerist’s Tower.”

 その視線をたどりながら、ソス卿はゆっくりと離れていき、険しい山岳を通るただ一本の小道のところにきて止まった。そこには「大司教の塔」と記されていた。

“The Knights will try to stop you here, of course,”
“Where they stopped you during the last war.”

「むろん、騎士団はここでそなたを阻止しようとするだろう」
「あの最後の戦のおり、かれらがそなたを阻止した場所だ」

Kitiara grinned, shook out her her curly hair, and walked toward Soth. The lithe swagger was back in her step. “Now, won’t that be a sight? All the pretty Knights, lined up in a row.”

 キティアラはにやりと笑い、巻き毛の頭を振るとソス卿のほうへ歩いてきた。その足どりはしなやかで尊大だった。「そら、あれが見えないか? かわいい騎士どもが一列に整列しているのが」

Standing on the High Clerist’s Tower, she ground it beneath her heel, then took a few quick steps to stand next to Palanthas.

 キティアラは<大司教の塔>の上に立ち、それを踵で踏みにじった。それから足早に数歩歩いて、パランサスの横に立った。

***

 傷ついた女の顔から、狡猾な指揮官に様変わりしてみせるキティアラ様。しなやかにして尊大。やはり貴女は戦場にあってこそ美しいのです。その点だけはソス卿に同意しないでもないですが…いや、やはり駄目だ。誰でもいいからこのデスストーカーをなんとかしてーー!

2016年7月20日水曜日

伝説5巻p189〜《(兄さん)》

TEST OF THE TWINS p108
He was not a comely boy,
and he knew it--as he knew so much about himself that is not often given children to know.

伝説5巻p189
 少年は端正な顔だちというわけではなく、本人もよくそれを心得ていた――ふつう子どもはあまり自分のことなどわかっていないものだが、かれは自分のことをとてもよく知っていた。

But then, he spent a great deal of time with himself, precisely because he was not comely and because he knew too much.

 かれはたいていの時間を一人きりで過ごした。その理由は、かれが端正な顔だちでないから、そして自分でそれをわかりすぎるほどよくわかっていたからだった。

He may not have been walking alone, but in a way he was more alone with Caramon than without him.

 たしかに一人ぼっちで歩いているわけではない。だが、ある意味では、キャラモンといっしょにいるほうだ、そうでないときよりもよほど孤独に感じられるのだった。

“Hey, Caramon, wanna play King of the Castle?” a voice yelled.

「よう、キャラモン、<お城の王様>をやらないか?」声がかかった。

“You want to, Raist?” Caramon asked, his face lighting up eagerly.

「やりたいかい、レイスト?」やりたそうに目を輝かせて、キャラモンがたずねる。

he knew, too, that the other boys would argue about whose team had to take him.

 それにほかの少年たちが、レイストリンを誰のチームに入れなければならないかでもめることもわかっていた。

***

 痛い場面オンパレードの5巻後半の中でも、個人的に最もきついシーンです。子供の頃、休み時間の球技で、最後まで持て余された私が自分のチームに入れられた時のチームメイトの落胆の表情。こっちだって好きでやってるんじゃないのに、休み時間は外で元気よく遊びましょうなんて決まりがなければ、教室や図書室で本を読んでいたいのに、とか思い出したらああもう自分も内なる<奈落>に落ちそうです。
 先に進みましょうか…きついことは変わりないんですけれど。


“No. You go ahead, though.”

「いやだ。でも兄さんは行っておいでよ」

“Oh, that’s all right, Raist. I’d rather stay with you.”
Raistlin felt his throat tighten, his stomach clenched.

「いや、大丈夫だよ、レイスト。おれもおまえといっしょにいるほうがいい」
 レイストリンは喉がぐっとしめつけられ、胃のあたりがきゅっとしこるのを感じた。

“I don’t need you! I don’t want you around! Go ahead! Go play with those fools! You’re all a pack of fools together! I don’t need any of you!”

「兄さんがぼくについてる必要はないんだ! 兄さんにくっつきまわってもらいたくないんだ! さっさと行っちゃってよ! あのうすらばかどもめと遊びに行けばいいんだ! みんないっしょだ。うすらばかの集団じゃないか! ぼくには兄さんたちなんて必要じゃないんだよ!」

Soon, the lure of the magic drew him away from the dirt and the laughter and the hurt eyes of his twin. it led him into an enchanted land where he commanded the elements, he controlled reality....

 まもなく、魔法の魅力が土埃や笑い声や双子の兄の傷ついた目からかれの心を引き離していき、魅惑的な魔法の世界にいざなっていった。そこではかれがさまざまなものに命令できる。かれが現実を制御することができるのだ……

“Leave me alone,” he said coldly, and such was the way he spoke and the look in his eye that, for an instant, the two boys were taken aback.

「ぼくを放っておいてくれ」レイストリンは冷ややかに言った。その口調と眼差しに、一瞬二人の少年はひるんだ。

But now a crowd had gathered. The other boys left their game, coming to watch the fun. Aware that others were watching, the boy with the stick refused to let this skinny, whining, sniveling bookworm have the better of him.

 が、いまではもう野次馬が集まってきていた。ほかの少年たちが遊びをやめ、こちらの気晴らしを見物しにやってきたのだ。棒を持った少年は人目を意識して、このやせっぽちであわれっぽい声を張りあげる、めめしい本の虫に負けることを拒んだ。

“Caramon!” he cried. “Caramon, help me!”

「キャラモン!」レイストリンは叫んだ。「キャラモン、助けてよ!」

“You don’t need me, remember.”
A rock struck him in the head, hurting him terribly. And he knew, although he couldn’t see, that it was Caramon who had thrown it.

「おまえにはおれなど必要ないんだろう、たしか」
 レイストリンの頭に石があたり、かれはひどい傷を負った。見えなくてもわかっていた。その石を投げつけたのはキャラモンなのだ。

“Raistlin!” she whispered, holding his small hand in her own.
The boy opened his eyes....
The man, dressed in black robes, sat up.

「レイストリン!」少年の小さな手を握りしめ、クリサニアはささやいた。
 少年は目をあけた……
 黒ローブをまとった男が身を起こした。

“This is how she fights me, striking at me where she knows I am weakest.”

「これこそ女王がぼくと戦うやり方なのだ。ぼくが一番の弱点としているところでぼくを打ちのめすというのが」

“You fought for me. You defeated her.” He drew her near, enfolding her in his black robes, holding her close.

「きみはぼくのために戦ってくれた。きみが女王を打ち負かしてくれたのだ」レイストリンはクリサニアを引き寄せ、黒ローブで包みこんでしっかりと抱きしめた。

Still shivering, Crysania laid her head on the archmage’s breast, hearing his breath wheeze and rattle in his lungs, smelling that sweet, faint fragrance of rose petals and death....

 クリサニアはまだおののきながら、大魔法使いの胸に顔を埋めた。ぜいぜいというかれの肺の苦しげな息づかいが聞こえ、薔薇の花びらと死の甘美な芳香がかすかに漂った……

2016年7月19日火曜日

伝説5巻p180〜《共感》

TEST OF THE TWINS p103
“Raistlin has entered the Abyss. He and Lady Crysania will challenge the Queen of Darkness.”

伝説5巻p180
「レイストリンは<奈落>にはいっていったのです。あの方とレディ・クリサニアは<暗黒の女王>に挑戦するのです」

Tanis started at Dalamar in disbelief. then he burst out laughing. “Well,” he said, shrugging, “it seems I have little to worry about. The mage has sealed his own doom.”

 タニスは信じられないというようにダラマールを見つめた。それから、げらげらと笑いだした。「ほう」肩をすくめる。「それなら、心配することはないじゃないか。あの魔法使いは自分の運命を自分で封じたんだ」

But Tanis’s laughter fell flat. Dalamar regarded him with cool, cynical amusement, as if he might have expected this absurd response from a half-human.

 だが、タニスの笑い声はむなしくやんだ。ダラマールは冷ややかに、おもしろがるような目でかれを見ている。まるでこの半人間からこういうとんでもない反応がおこると前もって察知していたかのようだった。

“Well, how in the Abyss do we stop him?” realizing what he’d said, Tanis’s flush deepened.

「で、<奈落>にかけて、いったいどうやってわれわれはやつを阻止するんです?」自分の発言の意味をさとって、タニスの顔の紅潮がいっそう深まった。

“I’m sorry,” he he muttered. “I don’t mean to make this a joke. Everything I’m saying seems to be coming out wrong.”

「すまんな。冗談を言うつもりはなかった。おれがしゃべることはみな、まずい方向にいっちまうらしい」

“Therefore, it is his plan to draw her out, to bring her back through the Portal and onto the world--“

「レイストリンの計画は女王をおびきだすことなのです。あの<扉>からこちらの世界にこさせ――」

“That’s madness,”

「狂気の沙汰だ」

***

 5巻後半に入り、再登場したタニスの嫌な奴ぶりに、かなり苛々させられました。どうしてこの人、作中ではみんなに愛され尊敬されてるんでしょうね?(のちに、我らがグンター卿が解説してくれますけど)
 しかしここに来て道化の役がつきました。過去組がどんな経験をしてきたか知らない一般人代表として、度肝を抜かれてみせるがよろしい。


“You know Lord Kitiara I believe, Half-Elven?”
Tanis choked, coughed, and muttered something.
“I beg your pardon?”
“Yes, damn it, I know her!”

「あなたはキティアラ卿をよくご存知だと思いますが、ハーフ・エルフどの?」
 タニスは息をつまらせて咳こみ、何ごとかつぶやいた。
「なんと言われました?」
「ああ、くそったれ、おれはよく知ってるとも!」

“Now, it seems, she thinks he has a chance to win. And Kit will always try to be on the winning side.”

「いまや彼女は、レイストリンにも勝ち目があると考えているようです。そしてキットはつねに勝者の側にいたがる性格です」

“Kit?” it was Tanis’s turn to look amused. Dalamar sneered slightly.

「キットだと?」今度はタニスの方がおもしろがるような表情になっていた。ダラマールは軽くせせら笑った。

“Oh, yes, Half-Elven. I know Kitiara every bit as well as you do.”

「ああ、そうですとも、ハーフ・エルフどの。わたしはあなたと同じくらいよくキティアラを知っているのですよ」

But the sarcastic tone in the dark elf’s voice faltered, twisting unconsciously to one of bitterness. his slender hands clenched. Tanis nodded in sudden understanding, feeling, oddly enough, a strange kind of sympathy for the young elf.

 だが、黒エルフの声にあらわれていた皮肉っぽい調子はぐらつき、意識せぬうちに苦々しいものに変わった。ダラマールの細い両手がこぶしをかためた。不意に事情をさとり、タニスはうなずいた。奇妙なことに、かれはこの若いエルフに同情ともいえる念を感じていた。

“So she has betrayed you,”

「では、彼女はきみをも裏切ったわけだな」

“I never trusted her,” he said coldly, but he turned his back upon them and stared intently into the flames, keeping his face averted. “I knew what treachery she was capable of committing, none better. This came as no surprise.”

「わたしは彼女を信じてはいなかった」黒エルフは冷たく言い放ち、一同に背を向け、顔をそむけたまま一心に炎を見つめていた。「わたしは彼女がどんな裏切りでも犯すということを知っていました。だからそれは別段驚くことではなかった」

“Who told you this?” Astinus asked abruptly.

「きみにそれを告げたのは誰だね?」だしぬけに、アスティヌスがたずねた。

“Lord Soth, the death knight, told me.”

「ソス卿――死の騎士――が教えてくれたのです」

“Soth?” Tanis felt himself losing his grip on reality.

「ソスが?」タニスは現実への把握力を失ったような気分になった。

Frantically his brain scrambled for a handhold. Mages spying on mages. Clerics of light aligned with wizards of darkness. Dark trusting light, turning against darkness. Light turning to the dark....

 かれの脳みそは死にものぐるいで手がかりを求めてもがいていた。魔法使いが魔法使いをスパイする。光の僧侶が闇の魔法使いに加担する。闇が光を信頼し、闇に立ち向かうようになる。光が闇に寝返り……

“He wants her dead,”

「ソスはキティアラが死ぬことを願っているのです」

2016年7月18日月曜日

伝説5巻p171〜《驚愕》

TEST OF THE TWINS p98
“Get a grip on the impatient human half of your nature, Half-Elven,” Astinus remarked, still writing in firm, black strokes. “And you, Dark Elf, began at the beginning instead of in the middle.”

伝説5巻p171
「そなたの性質の半分、気短な人間のほうを抑えるのだな、ハーフ・エルフよ」ゆるぎない筆致で黒い文字を綴りながら、アスティヌスが言った。「それからそなたもだ、黒エルフよ。話を途中からではなく、ちゃんとはじめからするがよい」

“Or the end, as the case may be,” Elistan remarked in a low voice.

「もしくは終わりから、ということになるかもしれませんが」低い声でエリスタンが言った。

“Lady Crysania was captivated by Raistlin. And, if the truth he told, he was attracted to her, I believe.”

「レディ・クリサニアはレイストリンの虜になっているのです。そして、もしあの方のおっしゃったことが本当だとすれば、レイストリンもレディ・クリサニアに惹かれていたのだとわたしは思います」

“Who can tell with him? Ice water is too hot to run in his veins.”

「しかし、あの方がどうなったのかは誰にもわかりません。あの方の血管を流れるには氷水でも熱すぎるくらいなのです」

Kitiara!

 キティアラ!

She looked down on him from the back of her blue dragon, surrounded by her minions, lordly and powerful, strong and ruthless....

 部下たちに囲まれ、ブルー・ドラゴンの背の上から、彼女はタニスを見おろしていた。威風堂々とした態度、力があり情け無用の……

She lay in his arms, languishing, loving, laughing....

 彼女はタニスの腕のなかにいた。恋い焦がれた目をして、愛情たっぷりに笑っている……

Wrapped up in his own guilt, his own shame, his own wretchedness, Tanis did not notice that Dalamar, too, was having trouble with his countenance which was pale, rather than flushed.

 みずからの罪悪感、恥ずかしさ、みじめさにとらわれたタニスは、ダラマールもまた赤らむというよりは蒼白になった顔をもてあましているのに気づかなかった。


He did not hear the dark elf’s voice quiver when he spoke the woman’s name.

 黒エルフがその女性の名を口にしたときに、その声が震えたのにも気づいていなかった。

***

She lay in his arms=彼女はタニスの腕のなかに(横たわって)いた。
 こういう場面は原文よりもぼかしてありますね。児童文学という扱いだからでしょうか。


“You betrayed him, your Shalafi?”

「ではきみはやつを裏切ったのか、きみのシャラーフィさまを?」

“It is a dangerous game I play, Half-Elven.”

「わたしが参加しているのは危険な勝負なのです」

“They fear him--all of the Orders fear him, the White, the Red, the Black. Most especially the Black, for we know what our fate will be should he rise to power.”

「かれらはレイストリンを恐れているのです――すべての<教団>があの方を恐れています。白も、赤も、黒も。とりわけ、黒の者たちがいちばん恐れています。なぜなら、レイストリンが力を強めればわれらの運命がどういうことになるかを知っているからです」

As Tanis stared, the dark elf lifted his hand and slowly parted the front closure of his black robes, laying bare his breast.

 タニスが見つめる前で、黒エルフは片手をあげ、黒いローブの前を開いて、むきだしの胸をさらけだした。

“The mark of his hand,” Dalamar said in an expressionless tone. “My reward for my treachery.”

「レイストリンの手の跡です」ダラマールは無表情な声音で言った。「わたしの裏切りへの報いです」

Tanis could see Raistlin laying those thin, golden fingers upon the young dark elf’s chest, he could see Raistlin’s face--without feeling, without malice, without cruelty, without any touch of humanity whatever--and he could see those fingers burn through the flash of his victim.

 タニスの目には、レイストリンがこの若い黒エルフの胸にあの細い金色の指を置いているのが見えるようだった。レイストリンの顔――なんの感情もない、悪意も残虐さも、なんにせよ人間らしい感情の動きがかけらもない顔――が、その五本の指が生贄の肉を焦がすさまを見すえている。

***

 いつもは傷跡をさらすためにローブを引き裂いているダラマール。ローブ何枚持ってるの?とか、そのつど繕ってるの?とか、よくネタにされてますね。さすがに病床のエリスタンの前ではお行儀よく開いてみせました。


The cleric must have known much of this already.

 この僧侶は、とうの昔にこうしたことを知っていたにちがいない。

“We counted on this,”
“Par-Salian said that there was no way Raistlin could change history--“

「われわれもそれをあてにしておったのだ」
「パー=サリアンはレイストリンが歴史を変えることなどできるはずがないと言って――」

***

 パー=サリアンどころか、エリスタンまでもが、過去でクリサニアが死ぬことをあてにしていたとは。立場ばかりでなく、この二人は結構似た者同士ですね。これくらいでなければ、白の教団の長なんて務まらないのでしょう。


“I don’t care what’s become of Raistlin or--“

「レイストリンがどういうことになろうが、おれはいっこうにかまわん」

“You will care what becomes of Raistlin, Tanis Half-Elven,” Dalamar’s smooth voice interrupted him,

「あなたはじきにレイストリンがどうなったかを気にするようになりますよ、ハーフ・エルフのタニス」ダラマールのなめらかな声がかれを遮った。

2016年7月17日日曜日

伝説5巻p161〜《(お母さん)》

TEST OF THE TWINS p92
Come home....

The voice lingered in his memory. Someone kneeling beside the pool of his mind, dropping words into the calm, clear surface. Ripples of consciousness disturbed him, woke him from his peaceful, restful sleep.

伝説5巻p161
 記憶の中にその声が残っていた。心の池のそばに誰かがひざまずいており、池の静かな澄んだ表面に言葉が落ちていく。意識のさざ波が騒がしく、かれは平和に憩う眠りから目覚めた。

“Come home....My son, come home.”

「家にお帰り……息子よ、家にお帰り」

“You have died, my son,” his mother said gently.

「おまえは死んだのよ、息子よ」母親はやさしく言った。

“Died!” Raistlin repeated, aghast.

「死んだ!」レイストリンは肝をつぶした。

He looked down at the woman kneeling on the ground before him.
Raistlin smiled, his thin lips pressed together grimly.

 かれは自分の前にひざまずいている女を見おろした。
 レイストリンはにやりと笑った。薄い唇がぐっと引き締められる。

“No,” he said, and this time his voice was firm and confident. “No, I did not die! I succeeded.”
“Fiend, apparition! Where is Crysania?”

「いや」今度のレイストリンの声はきっぱりと自信に満ちていた。「ちがう、ぼくは死んだのではない! ぼくは成功したんだ」
「悪鬼め、まやかしめ! クリサニアはどこだ?」

“Raistlin! Stop, you’re hurting me!”
Raistlin started, staring. It was Crysania who spoke.

「レイストリン! やめて、痛いわ!」
 レイストリンはぎょっとして目をみはった。しゃべっているのはクリサニアだ。

Smiling, sighing, Raistlin put his arms around her, pressing her close against his body. She was flesh, warmth, perfume, beating heart....

 にっこりしてため息をつき、レイストリンは彼女をぐっと強く抱きしめた。たしかに肉体があり、暖かく、よい香りがした。心臓の鼓動が聞こえ……

So, you have come home at last, my mage!

『では、ようやく家に帰ってきたのだな、わらわの魔法使いよ!』

Desperately, furiously, Raistlin called upon his magic. Yet, even as he formed the words of the defensive spell chant in his mind, he felt a twinge of doubt. Perhaps the magic won’t work!

 死にものぐるいで、レイストリンは魔法を呼びだした。だが、防御の呪文を頭のなかで唱えようとした瞬間に、鋭い疑惑を感じた。魔法が効かないかもしれない!

Bright white light blinded him. He was falling, falling, falling endlessly, spiraling down from darkness into day.

 まばゆい白光でレイストリンの目は何も見えなくなった。かれは落ちていった。下へ、下へ。果てしなく下へ、ぐるぐるとまわりながら暗黒から陽ざしのなかへ。

***

 キャラモン、クリサニアに続いて、ここでレイストリンにもステータス異常「盲目」がつきました。クリサニアの信仰の光によって。


Opening his eyes, Raistlin looked into Crysania’s face.
Her face, but it was not the face he remembered. It was aging, dying, even as he watched.

 目をあけると、クリサニアの顔があった。
 たしかにクリサニアの顔だ。だが、それはかれの記憶にある顔ではなかった。見守るうちにも老いていき、死につつあった。

“What do I look like? Tell me! I’ve changed, haven’t I?”

「ぼくの顔はどうなっている? 教えてくれ! ぼくも変化しているのか?」

“You are as you were when I first met you in the Great Library,” Crysania said, her voice still firm, too firm--tight, tense.

「あなたはわたしが大図書館でお会いしたときそのままですわ」クリサニアの声はやはりきっぱりと言った。異様なほどきっぱりしていた――こわばり、緊張して。

He had but to look, he knew, and he would see the gold-tinged skin, the white hair, the hourglass eyes....

 見る必要はなかった。わかっていた――見えるのは金色がかった肌、白い髪、砂時計の瞳孔を持つ目……

***

 クリサニアの若く美しい顔を見られなくなって落胆し、過去において健康な目に映っていた彼女の姿を思い浮かべるレイストリン。自分の外見にコンプレックスをもつ一方で、いや、だからこそなんでしょうか、意外と面食いです。キャラモンやタニスへの嫉妬も激しかったですしね。


“I succeeded,”
“And my magic is gone.”

「ぼくは成功した」
「そしてぼくは魔法を失ったんだ」

“But, no, you haven’t defeated me!”

「だがちがうぞ、おまえはぼくを負かしたわけじゃない!」

“I feel you probing my mind, reading my thoughts, anticipating all I say and do. You think it will be easy to defeat me!”

「おまえがぼくの心を探っているのを感じるぞ、ぼくの思考を読み、ぼくの言動をすべて予知していることも。ぼくを打ち負かすのはたやすいことだと思っているだろう!」

“But I sense your confusion, too. There is one with me whose mind you cannot touch! She defends and protect me, do you not, Crysania!”
“Yes, Raistlin,”

「だが、おまえがとまどっているのも感じるぞ。ぼくといっしょに、おまえがふれることのできない心がひとつあるからだ! 彼女がぼくを防御し、ぼくを守ってくれるのだ。そうだな、クリサニア?」
「ええ、レイストリン」

He could hear laughter....

 レイストリンの耳に笑い声が聞こえた……

Maybe I should give up now! he thought in bitter despair. I am tired, so very tired. And without my magic, what am I?

 もしかしたら、いまあきらめるべきかもしれない! 苦い絶望のなかで、かれは考えた。ぼくは疲れている。本当にひどく疲れている。それに魔法も失ったぼくはいったい何なのだ?

Nothing. Nothing but a weak, wretched child....

 何もない。かわいそうな弱々しい子ども以外の何ものでもない……

2016年7月16日土曜日

伝説5巻p139〜《召集》

TEST OF THE TWINS p79
“Good morning, sir. Welcome to Palanthas. Please state your name and business.” This delivered in a bright, official voice by a bright, official young man who must have just come on duty.

伝説5巻p139
「おはようございます、旦那。パランサスへようこそ。お名前とご用件をおっしゃってください」こう告げたのは、どうやら当直についたばかりと見える、ひどく快活な役人ふうの若者だった。

“Lord Tanis!”
“I beg your pardon, sir.”

“Damn it, man,”
“don’t apologize for doing your job. Here’s the letter--”

「タニス卿でしたか!」
「失礼いたしました、閣下」

「もういい」
「職務でしていることを謝罪するには及ばんよ」

***

 竜槍の英雄タニス卿。”Sir Tanis”だろうと思っていたら、なんとびっくり”Lord Tanis”ですよ。ソス卿やグンター卿と同じ、城持ちの領主と同格の扱いですか。出世したものです。
 また、同じ”sir”でも冒頭は「旦那」、身分関係とは無関係な客人への呼びかけですね。素性を知ってからは「閣下」になってます。



Tanis Half-Elven,

We must meet with you immediately. Gravest emergency. the Temple of Paladine. Afterwatch rising 12, Fourthday, Year 356.
ハーフ・エルフのタニスどの
 急遽、貴殿に会う必要が生じた。重大この上ない非常事態だ。三五六年、第四日、明の刻・昇十二、パラダインの神殿にて。
His gaze went, unwillingly, to the Tower of High Sorcery.

 われ知らず、視線が<上位魔法の塔>に向かう。

“I’ll wager it has something to do with you, old friend,” he murmured to himself, frowning and thinking, once again, of the strange disappearance of the cleric, Lady Crysania.

「賭けてもいい、きっとあなたに関係することでしょうね、なつかしい友よ」ハーフ・エルフは口のなかでつぶやき、眉間に皺を寄せて、かの僧侶クリサニアの奇妙な失踪のことをまた考えた。

***

<上位魔法の塔>を見て思い浮かべる旧友と言ったら一人しかいないと思うんですが、何故ここでタニスは敬語を使ってるんでしょうね。皮肉、それとも当人のものまね?ささやくような声音に、柔らかな棘を潜ませたレイストリン口調でしゃべるタニス。どこかにあったような気がします、そんな場面。


“Tanis Half-Elven?”

「ハーフ・エルフのタニスどのですね?」

Raistlin! Tanis thought instantly, having had the archmage in his mind only moments before.

 レイストリン! 一瞬タニスは、ほんのいましがた頭に浮かべていた大魔法使いかと思った。

Besides, now that Tanis was paying attention, he realized that the voice was firm and deep--not like Raistlin’s soft, unsettling whisper.

 それに、注意をはらってみると、声もきっぱりした深い響きを持っていることがわかる――レイストリンの、人の心を乱すようなやわらかいささやき声とはちがう。

“Then you live their? With Rai--With him?“ Try as he might, Tanis knew he could not speak the archmage’s name without bitter anger, and so he avoided it altogether.

「では、きみはあそこに住んでいるのか? レイ――あいつといっしょに?」タニスはその大魔法使いの名前を口にしようとしたが、激しい怒りがこみあげてくるのをおぼえ、やめにした。

“He is my Shalafi,” answered Dalamar in a pain-tightened voice.

“So you are his apprentice,” Tanis responded, recognizing the elven word for Master.

「あの方はわたしのシャラーフィさまです」苦痛にこわばる声で、ダラマールは答えた。
「では、きみはやつの弟子なのか」その言葉がエルフ語で、“師”を意味することをタニスは知っていた。

“Elistan--“ Tanis began warmly.
“That is, R--Revered Son”--Tanis stumbled over the formal title--“you are looking well,”

「エリスタン――」タニスはしたしげな声でしゃべろうとした。
「ああ、その、聖者どの」――タニスはもぐもぐと形式的な称号に言い直した――「お元気そうでなによりです」

***

“Lord Tanis”であっても聖者さまは絶対。この時眉をひそめた僧侶はガラドでしょうね。


“And you, Tanis Half-Elven, have degenerated into a liar,” Elistan remarked, smiling at the pained expression Tanis tried desperately to keep off his face.

「あなたは嘘つきになりましたな、ハーフ・エルフのタニス」タニスが必死で顔に出すまいとつとめている痛ましげな表情を見て、エリスタンはにっこりした。

“Dying lends one special significance. ‘They stand in line to see me, who once would not have glanced my way.’ Isn’t that how the old man’s poem went?”

「死ぬことには、ひとつ重大な意味があります。『かれらは列をなしてわたしを見にくる、以前はわたしの具合などちらりとも見ようとしなかったというのに』あの老人の詩にも、こうあったのではありませんかな?」

“Is your Shalafi behind this? Is he responsible for this woman’s disappearance?”
“Because, by the gods, if he has harmed her, I’ll twist his golden neck--“

「この裏にはきみのシャラーフィさまがいるんだな? クリサニアの失踪はやつのせいなんだな?」
「神々にかけて、もしやつがクリサニアに危害を加えていたら、おれはやつの首をねじ切ってやる――」

***

 いまだに自分が見えてない、成長してない人が、ここにももう一人。あなた、それほどクリサニアのことが好きではないと自分で認めてるじゃないですか。その身に何かがあったとして、脆弱な魔法使いの首を素手でねじ切るほどの怒りを覚えるはずはないんですが。レイストリンに対する不定形な苛立ち、怒りにはけぐちを与えたいだけではないのですか?


The historian stood within the doorway. His ageless face bore no expression as his gray-eyed gaze swept the room, taking in everything, everyone with a minute attention to the detail that his pen would soon record.

 年代史家が室内にはいってきた。灰色の目が室内をさっと見わたしたが、年齢を超越したその顔にはなんの表情も浮かばなかった。かれは一瞬にしてすべてを見てとり、全員の顔を見つめてすぐのちに、自分のペンで記録されるべき詳細まで見てとった。

It went from the flushed and angry face of Tanis, to the proud, defiant face of the elf, to the weary, patient face of the dying cleric.

 アスティヌスの視線はタニスの怒りで真っ赤になった顔から、黒エルフの傲慢で挑戦的な顔に移り、それから死にゆく僧侶の疲れはてた忍耐強い顔を見つめた。

“Let me guess. You were discussing Raistlin Majere.”

「あててみせようか。あなたがたはレイストリン・マジェーレの話をしていたのだろう」

“It is true,” Dalamar said. “I called you here.”

「そのとおりです」ダラマールが言った。「わたしがあなたがたをここにお呼びしたのです」

“Proceed,” Astinus said in his deep, cool voice.

「続けなさい」アスティヌスが深みのある冷静な声で言った。

Dalamar was silent for a moment, his gaze going back once again to the fire. When he spoke, he did not look up.

 ダラマールはしばらくのあいだ黙って、またもやじっと炎を見つめている。やがて口を開いたが、目はあげないままだ。

“Our worst fears are realized,” he said softly. “He has been successful.”

「われわれがもっとも恐れていたことが現実となりました」静かに言った。「あの方は成功しました」

2016年7月15日金曜日

伝説5巻p134〜《妄執》

2019年1月27日、ちょっと加筆してます。

TEST OF THE TWINS p75
“But that ended, it ended with you, Kitiara....”

伝説5巻p134
「だがそれももう終わった。そなたともに終わったのだ、キティアラ……」

“I admired you for that, I admired you for your courage, your skill, your ruthless determination. In you, I see myself. I see what I might have become.”

「それゆえにわたしはそなたに敬服した。そなたの勇気、知略、情をはさまぬ決断力に。そなたの裡に、わたしは自分の姿を見ているのだ。わたしがなっていたかもしれない姿を」

***

 疑問その1。
 ここに先立つシーンで本人の口から語られるソス卿の破滅の物語。生前のかれには勇気は少しはあったかもしれませんが、知略や情をはさまぬ決断力は欠片も見られません。かれは何を勘違いしているのでしょうか?


“No, I wasn’t surprised he outwitted you. Of all the living I have ever met, he is the only one I fear.”

「だが、そなたの弟がそなたをだしぬいたことは驚くにあたらぬ。これまで出あったあまたの生者のなかで、わたしが恐れるのはあの男だけなのだからな」

***

 疑問その2。
 ソス卿は何故レイストリンを恐れるのでしょう?そもそもこうなってしまったかれに、何を恐れることがありましょう?失って怖いものなどもうありますまいに。失って嬉しいものは数多あれど。


“I have even been amused your love affair, my Kitiara.”
“I watched you twist that weakling, Tanis Half-Elven, inside out, and I enjoyed it every bit as much as you did.”

「そなたの情事も楽しませてもらったぞ、わがキティアラ」
「そなたがあの弱虫、ハーフ・エルフのタニスを徹底的に翻弄するのを眺めて、そなたの一挙一動を楽しんだぞ」

“But now, Kitiara, what have you become? The mistress has become the slave. And for what--an elf!”

「だが結局、キティアラ、そなたは何になりはてたのだ?女主人が奴隷になってしまった。それもむざむざと――一人の黒エルフのために!」

“Oh, I have seen your eyes burn when you speak his name. I’ve seen your hands tremble when you hold his letters.”

「あやつの名を口にするそなたの目が燃えるのをわたしは見たぞ。あやつの手紙を持つそなたの手が震えるのも」

***

 疑問その3。
 ソス卿がタニスや他の愛人の存在は許容あるいは楽しむことができても、ダラマールだけは許せないのはなぜでしょう?


“No, we dead cannot feel lust. But we can feel hatred, we can feel envy, we can feel jealousy and possession.”

「そうとも、われら死者は情欲を感じることはない。だが、憎悪を感じることはできる。妬みも、嫉妬も、所有欲も感じることができるのだ」

“I could kill Dalamar--the dark elf apprentice is good but he is no match for me. His master? Raistlin? Ah, now that would be a different story.”

「わたしはダラマールを殺すこともできる――あの黒エルフの魔法使いは腕はいい。だがわたしの敵ではない。その主人か? レイストリン? ああ、それはまた話がちがってくる」

“As for you, Kitiara, know this--I would endure this pain, I would live out another century of tortured existence rather than see you again in the arms of a living man!”

「そなたについては、キティアラ、こう言っておこう――そなたがふたたび生きた男の腕に抱かれるのを見るくらいなら、この苦しみに耐えるほうがましだ。さらにもう百年、この拷問のような存在でいるほうがましだ、と!」

And then, at last, the unseen lips smiled, and the flame of the orange eyes burned bright in their endless night.

 やがて、ついに目に見えぬ唇が笑みをつくり、橙色の目に宿っている炎が果てしない夜のなかでまばゆく燃えあがった。

“You, Kitiara--you will be mine--forever....”

「そなただ、キティアラ――そなたはわたしのものになる――永遠に……」

***

 疑問その1は、疑問そのものが答えとも言えます。ソス卿に破滅をもたらしたのは、戦記や伝説1巻で語られているように、生前のかれの情熱やエルフ乙女の呪い、ましてや彼女との間に育まれた愛ではありません。かれを滅ぼしたのは、死していっそう際立つ憎悪、妬み、嫉妬、そして所有欲です。かれはそのことに気づいていないか、認めようとしていませんが。
 生前の自分の真の姿から目をそらし、パラダインの聖女になるはずだったたおやかな乙女とは真逆の存在、自分になかった意志力を持つキティアラ様に執着し続ける限り、かれに救済はないのです。

 疑問その2。永劫の生の虚無よりも、己の罪の物語の苦痛を喜ぶソス卿です。前途に虚無の未来が待ち構えているかもしれないと予感しつつ突き進むレイストリンに恐怖を覚えるのは当然かもしれません。

 疑問その3は、キティアラ様にとってダラマールがどう特別だったのか、彼女は結局何を、誰を求めていたのか、にかかってくると思います。今後、ソス卿がいよいよ怪しい動きを始めるあたりで明らかになるでしょう。

こちらの記事、キティアラの臨終のシーンもご参照ください。
http://criesofd.blogspot.com/2016/08/6p123damn-liar.html

 いやあ男の妄執って怖いなあ。怖いのでいろいろ考えて語っちゃいました。言葉にすれば怖くない。ふふん。

2016年7月14日木曜日

伝説5巻p111〜《書物》

TEST OF THE TWINS p61
Astinus’s hands trembled, his pen dropped a blot of ink upon the paper, obliterating the last word.

伝説5巻p111
 アスティヌスの手がわなないた。ペンが落ちて紙の上にインクのしみをつくり、最後の言葉が抹消された。

“You may go back, but you may find you change nothing. A pebble in a swiftly flowing river, that is all you may be.”

「もどってきても、何ひとつ変わっていないことがわかるだけかもしれない、と。はやい流れの川のなかの小石――そなたはしょせんその程度なのかもしれないのだ」

***

 同じようなことを言われたときのレイストリンの反応は、うっすら笑って「小石に気をつけるがいい」”watch for the pebble!”(見ているがいい!)でした。この違いよ。


“If that is all, then at least I will die knowing that I tried to make up for my failure.”

「しょせんその程度だとしても、少なくとも自分のまちがいを償おうとしたという自覚をもって死ぬことができる」

“What failure is that you speak of Warrior? You risked your life going back after your brother. You did your best, you endeavored to convince him that this path of darkness he walked would lead only to his own doom,”

「そなたが言っているのはどういうまちがいのことだね、戦士よ?そなたは生命を賭して弟のあとを追い、時を遡っていった。そなたは最善をつくした。全力をつくしてそなたの弟に、かれが歩んでいる暗い小道はかれ自身の破滅につながるだけだと納得させようとしたではないか」

“Wherein did you fail?”

「そなたはどこでまちがったのだ?」

“A trick, wasn’t it, wizard? A trick to get me to do what you mages could not--stop Raistlin in his dreadful ambition.”

「策略だったんだ、そうだろう、魔法使いどの? あんたがた魔法使いにできなかったこと――レイストリンの恐ろしい野望をはばむこと――を、おれにやらせるための策略だったんだ」

“But you failed. You sent Crysania back to die because you feared her. But her will, her love was stronger than you supposed.”

「だが、あんたはまちがいを犯した。あんたはクリサニアを恐れたがゆえに、殺そうとして過去に送りこんだのだ。だがクリサニアの意志と愛はあんたが思っていた以上に強かった」

“Who are you to judge them?”

「神々を裁こうとするなど、いったい何さまのつもりなのだ?」

“They failed. The gods failed. And I failed.”

「魔法使いたちはまちがいを犯した。神々もまちがいを犯した。そしておれもまちがいを犯したのだ」

“I thought I could convince Raistlin with words to turn back from this deadly path he walked. I should have known better”

「おれはレイストリンに、やつが歩んでいる死の小道から引き返すようにと言葉で説得できると思っていた。そんなばかなことを考えるべきではなかったのだ」

The big man laughed bitterly. “What poor words of mine ever affected him?”

 大男は苦い笑い声をあげた。「おれの乏しい言葉が、これまでレイストリンの心を動かしたことがあったか?」

“When he stood before the Portal, preparing to enter the Abyss, telling me what he intended, I left him. It was so easy. I simply turned my back and walked away.”

「やつが<扉>の前に立ち、<奈落>に乗りこむ準備をしていて自分の意図することをおれに告げたとき、おれはやつを見捨てた。まったく簡単なことだった。おれはただ背を向けて歩み去ったのだ」

“What would you have done?”

「いったいそなたに何ができたというのだ?」

“but I could have followed him--followed him into darkness--even if it meant my death.”

「だがやつについていくことはできた――やつについて闇のなかにはいっていくことは――たとえ、それがおれの死を意味していたとしても」

”To show him that I was willing to sacrifice for love what he was willing to sacrifice for his magic and his ambition.”

「やつが魔法と野望のために喜んで犠牲となったように、おれも愛のために喜んで犠牲になるとやつに見せてやることができたんだ」

“Then he would have respected me. Then he might have listened. And so I will go back. I will enter the Abyss”

「そうすれば、レイストリンはおれを見直したかもしれない。そうすれば、やつも耳を傾ける気になったかもしれない。だからこそ、おれはもどっていくつもりだ。<奈落>にはいっていく」

“and there I will do what must be done.”

「そしてそこで、以前やるべきだったことをするのだ」

“You do not realize what that means! Dalamar--“

「それがどういうことを意味するか、そなたはわかっていない! ダラマールは――」

Shaken by that strangled, pain-filled scream, Caramon opened his eyes, only to wish they had been shut forever before seeing such a grisly sight.

 喉をしめあげられたような、その苦痛に満ちた絶叫に身震いしながら、キャラモンは目をあけた。そしてこのような恐ろしい光景を見るくらいなら、永久に閉じていたいと思った。

Once more, he began to close the cover...
“No!” Caramon cried, Reaching out, he laid his hands upon the pages.

Astinus released the open book.

 ふたたび、アスティヌスは書物を閉じようとしていた……
「だめだ!」キャラモンは叫んだ。手をのばし、頁の上に両手を置いた。

 アスティヌスは開いた書物から手を離した。

“Tell me!”
“Tell me, Par-Salian! What must I do? How can I prevent this?”

「教えてくれ!」
「教えてくれ、パー=サリアン! おれは何をすればいい? どうやればこうなることを防げるんだ?」

The wizard’s eyes were melting. His mouth was a gaping hole in the black formless mass that was his face. But his dying words struck Caramon like another bolt of lightning, to be burned into his mind forever.

 魔法使いの目が溶けようとしていた。口は、かつて顔だった黒い無残な肉塊の中にぽっかりとあいた穴となっている。だが、魔法使いの末期の言葉は稲妻のようにキャラモンを直撃し、大男の心に永久に焼きつけられた。

“Raistlin must not be allowed to leave the Abyss!”

「レイストリンを<奈落>から出してはならぬ!」



2016年7月13日水曜日

伝説5巻p105〜《黙示》

TEST OF THE TWINS p57
“End it!” screamed Par-Salian. “End this torment! Do not force me to endure more!"

伝説5巻p105
「やめてくれ!」パー=サリアンは絶叫した。「この拷問をやめてくれ! これ以上わしに忍耐を強いるな!」

How much did you force me to endure, O Great One of the White Robes? came a soft, sneering voice into Par-Salian’s mind. The wizard writhed in agony, but the voice persisted, relentless, flaying his soul like a scourge.

『あんたはぼくにどれだけ忍耐を強いたかわかっているのか、白ローブの偉大なるおかたよ?』冷笑するやわらかな声がパー=サリアンの頭のなかに響いた。魔法使いは苦悶にもだえた。が、声は容赦なく続き、鞭のように魔法使いの魂を打ちつけてはぎとっていった。

You brought me here and gave me up to him--Fistandantilus! You sat and watched as he wrenched the lifeforce from me, draining it so that he might live upon this plane.

『あんたはぼくをここに連れてきて、あいつに引き渡した――フィスタンダンティラスに! やつがこの次元界で生きるためにぼくの生命力をむしりとり涸渇させていくあいだ、あんたはただ座って見ていたんだ』

“It was you who made the bargain,” Par-Salian cried, his ancient voice carrying through the empty hallways of the Tower. “You could have refused him--“

「取り引きをしたのはそなただったはずだ」パー=サリアンは叫んだ。老いた声は<塔>のがらんとした通廊に響き渡った。「そなたは拒むこともできたはずだ――」

And what? Died honorably? The voice laughed. What kind of choice is that? I wanted to live! To grew in my Art! And I did live. And you, in your bitterness, gave me these hourglass eyes--these eyes that saw nothing but death and decay all around me.

『それでどうなった?あっぱれに死んだっていうのか?』声は笑った。『それはどういう選択の余地だ? ぼくは生きたかった! ぼくの技をのばしたかった! そして実際、生きのびた。だがあんたはいやみたっぷりに、ぼくにこの砂時計の目を与えた――ぼくを取り巻くものすべてに死と崩壊しか見ることのできないこの目を』

Now, you look, Par-Salian! What do you see around you? Nothing but death....Death and decay...So we are even.

『いまこそ、いいか、パー=サリアン! あんたのまわりに何が見える? 死しかない……死と崩壊だけしか……これでぼくたちは対等になった』

You will watch me destroy him, Par-Salian, and when that battle is ended, when the constellation of the Platinum Dragon plummets from the sky, when Solinari’s light is extinguished, when you have seen and acknowledged the power of the Black Moon and paid homage to the new and only god--to me--then you will be released, Par-Salian, to find what solace you can in death!

『ぼくがパラダインを滅ぼすのを見ているがいい、パー=サリアン。そしてその戦が終わったとき、<白金の竜>の星座は空から落ち、ソリナリの光が消され、黒い月の力を目のあたりにするだろう。あんたがそれを認め、新たなる、唯一の神――このぼく――に敬意を表したとき、そのときこそあんたは解放されるのだ、パー=サリアンよ。死のなかにどれほどの安らぎがあるかを知ることになるだろう!』

***

 フィスタンダンティラスよりも、<暗黒の女王>よりも、誰よりもレイストリンが憎み、最後まで苦しめようとしたのはパー=サリアンでした。人はえてして、自分を傷つけ苦しめた当人よりも、それを黙認した人物の方に強い恨みを向けてしまうのです。それが本来なら、自分を導き庇護するべき立場の人間であればなおのこと。『イルスの竪琴』のかれをふと思い出しました。

“the more so as it will probably be the last thing I enjoy in this life.”
「大いに楽しむことにしよう。わたしの人生で楽しめる最後のことになりそうだから」
そう語ったラドンナ様は本当にパー=サリアンの転落を楽しんだだろうか。思うに、彼女はパー=サリアンの目の前で惨殺されたのではないかと想像します。それはかれに対して加えうる最悪の仕打ちのひとつでしょうから。それも、クリサニアの死に様をそっくりそのまま再現してみせるという趣向はどうでしょうね。これもあんたの仕組んだことだ、と。
 はい、自分の発想に引き笑いしてます。先に進みましょう。


Astinus of Palanthas recorded the words as he had recorded Par-Salian’s scream, writing the crisp, black, bold letters in slow, unhurried style.

 パランサスのアスティヌスはパー=サリアンの絶叫を記録したのと同じように、これらの言葉をも記録していた。明快な黒い肉太の文字を急ぎもせずにゆっくりと書きつけていく。

As you were first, Astinus, said the figure, so shall you be last.

『あんたは何よりも最初だったから、アスティヌス』人影は言った。『それゆえに何よりも最後にしてやろう』

“True, you will rule unchallenged. You will rule a dead world. A world your magic destroyed. You will rule alone. And you will be alone, alone in the formless, eternal void,”

「さよう、そなたは誰にも挑戦されない支配をするだろう。そなたは死んだ世界を支配するのだ。そなたの魔法が滅ぼした世界を。たった一人で支配するのだ。そなたは一人きりとなる――混沌とした永劫の虚無のなかで一人きりに」

“You saw the grief and sorrow of the god then as you see it now, Raistlin. And you knew then, as you know now but refuse to admit, that Paladine grieves, not for himself, but for you.”

「あのとき見たパラダインの悲しみと嘆きがいまも見えるはずだ、レイストリン。あのときそなたはさとったはずだ――いまもさとっているのを認めるのを拒んでいるが――パラダインの嘆きは御神ご自身に向けられたものではなく、そなたに向けられたものだということを」

“But you will find nothing but emptiness. And you will continue to exist forever within this emptiness--a tiny spot of nothing, sucking in everything around itself to feed your endless hunger....”

「だがそなたは虚無以外の何ものも見つけることはできぬ。そしてこの虚無のなかで未来永劫存在しつづけるのだ――極致の虚無の点として、終わりなき飢えを癒そうとして、周囲のあらゆるものを吸いこみながら……」

For the first time in his existence, compassion touched Astinus. His hand marking his place in his book, he half-rose from his seat, his other hand reaching into the Portal....

 みずからの存在がはじまって以来はじめて、アスティヌスの心にあわれみの情が浮かんだ。片手で書物の書きかけの場所を押さえ、椅子から半分腰を浮かせて、かれはもう一方の手を<扉>にさしのべた……

Then, laughter...eerie, mocking bitter laughter--laughter not at him, but at the one who laughed.

 と、笑い声がした……背筋が凍るような、嘲りの痛烈な笑い声――それはアスティヌスに対してではなく、笑い声を発している本人に向けられたものだった。

With a sigh, Astinus resumed his seat and, almost at the same instant, magical lightning flickered inside the Portal. It was answered by flaring, whole light--the final meeting of Paladine and the young man who had defeated the Queen of Darkness and taken her place.

 ため息をついて、アスティヌスはふたたび腰を降ろした。ほとんど同時に、<扉>のなかで魔法の光がまたたいた。それに応ずるように燃えるような白光があらわれた――パラダインと、<暗黒の女王>を打ち負かし、その地位を奪った若者とがついに対峙したのだ。

Within a matter of moments, all was over. The white light flickered briefly, beautifully, for one instant. Then it died.

 わずか数瞬のうちに、すべては終わった。白光がほんの一瞬、短く美しく輝いた。それから、消えた。

As of Fourthday, Fifthmonth, Year 358, the world ends.

『三五八年、第五の月、第四日、世界は終わる』

A hand slammed down across the pages.
“No,” said a firm voice, “it will not end here.”

 と、手がのびてきて、頁を押さえつけた。
「いや」きっぱりした声が言った。「これで終わりではない」

2016年7月12日火曜日

伝説5巻p86〜《絶叫》

TEST OF THE TWINS p45
The strength of centuries was in the tree’s massive limbs. Magic gave it thought and purpose. Caramon had trespassed on land it guarded, land forbidden to the uninvited.

伝説5巻p86
 樹木の巨大な枝には、何百年ものあいだためられた力がある。その力に魔法が思考力と目的を与えたのだ。キャラモンが足を踏みいれたのは守られている地、招かれざる者を禁じている土地だった。

Raising his voice, Caramon shouted desperately, “I am Caramon Majere, brother of Raistlin Majere! I must speak to Par-Salian or whoever is Master of the Tower now!”

 キャラモンは声を張りあげ、死にもの狂いで叫んだ。「おれはキャラモン・マジェーレだぞ、レイストリン・マジェーレの兄だ! パー=サリアンでも誰でもいい、現在の<塔>の主に話がある!」

The heat was oppressive.
It seemed as if the heat were being generated by the Forest itself.

 暑さが重くのしかかってきた。
 まるでこの森自体が熱を放っているかのように思えた。

But being among living beings once more bought no sense of comfort to Caramon. he felt their hatred and their anger and, even as he felt it, he realized that it wasn’t directed against him. It was directed against itself.

 だが、ふたたび生き物のいる気配がしても、安心感は起こらなかった。それらのいきものから憎悪や怒りが感じられるからだ。けれどもそれを感じとりながらも、キャラモンはそれが自分に向けられているものではないとさとっていた。それは、発しているもの自身に向けられた憤怒だった。

“Par-Salian! Answer me or I’ll go no farther! Answer me!”

「パー=サリアン! 返事をしてくれ、でないとこれ以上先へは進めん! 返事をしてくれ!」

The trees broke out in a clamor, branches shaking and stirring as if in a high wind, though no breeze cooled Caramon’s feverish skin. The birds’ voices rose in a fearful cacophony, intermingling, overlapping, twisting their songs into horrible, unlovely melodies that filled the mind with terror and foreboding.

 とたんに木々が騒ぎだした。突風を受けでもしたかのように枝が揺られざわめいたが、キャラモンの熱に浮いた肌にはそよとの風も感じられなかった。鳥たちの声が恐ろしい不協和音となって響きわたる。混じりあい、重なりあい、もつれあって、その歌は恐怖と不吉な予感を心に満たす、ぞっとするように不快な旋律となった。

***

 木々の騒ぎ、訴え、“clamor”。ラテン語からそのまま入ってきた言葉ですね。
Nónne audítis clamóres vitárum evanescéntium?
死にゆく者達の叫びを聞く者は在らずや?
(『我ら来たれり』より)
http://lewis04226.tumblr.com/post/139181216037


“Par-Salian!”
Then he heard his answer--a thin, high-pitched scream.

「パー=サリアン!」
 と、返事が聞こえた――細いかん高い絶叫が。

The scream pierced through the darkness and the heat. It rose above the strange singing of the birds and drowned out the clashing of the trees. It seemed to Caramon as if all the horror and sorrow of the dying world had been sucked up and released at last in that fearful cry.

 絶叫は闇と熱気を貫いてきた。鳥たちの奇妙な合唱をしのぎ、木々のざわめきをかき消して。キャラモンはそれを耳にして、死につつある世界の恐怖と悲嘆がついに堰を切って解き放たれ、このそら恐ろしい叫びとなったかのように思った。

He kept walking--
and walking--
and walking--
one step, one step, one step...
And all the time, shrilling in his ears, that horrible, undying scream...

 キャラモンは歩きつづけた――
 さらに歩きつづけた――
 なおも歩きつづけるーー
 一歩、また一歩、もう一歩……
 そしてそのあいだじゅうずっと、かれの耳にかんだかく響いていた。あの恐ろしい、絶えることのない絶叫が……

At his feet yawned a dark chasm.

 足もとに、黒々とした深淵が口をあけている。

Up above, he could see the moons and stars in the sky. Lunitari burned a firey red, Solinari’s silver light glowed with a radiant brilliance Caramon had never seen before.

 頭上を見あげると、空には月と星が見えた。ルニタリは火のように赤く燃え、ソリナリの銀色の光は、キャラモンがこれまで見たこともないほどまばゆくきらめいていた。

And now, perhaps because of the stark contrast between darkness and light, he could see Nuitari--the black moon, the moon that had been visible only to his brother’s eyes.

 そしていま、おそらくは闇と光の対照がきわだっているためだろう、ヌイタリまでが見えた――黒い月、かれの弟の目にだけしか見えない月が。

Around the moons, the stars shone fiercely, none brighter than the strange hourglass constellation.

 それらの月の周囲で、星々が強い光を放っている。だが、あの奇妙な砂時計の星座にまさる輝きを放つ星はなかった。

***

 キャラモンの”shout”に応える木々の”clamor”、そして彼方から響く”scream”、世界の断末魔の”cry”。皆がそれぞれに叫んでいます。

 かれの耳には届いていないのでしょうか?