2016年5月22日日曜日

伝説3巻p91〜《翻弄》

WAR OF THE TWINS p48
She remembered something Tanis Half-Elven had said about his wife, Laurana--what was it? “When she is gone, it is like I’m missing my right arm….”

伝説3巻p91
 タニス・ハーフ=エルヴンが妻のローラナのことを語っていた――どう言っていたっけ?「彼女がいないと、右腕がなくなってしまったみたいに感じるんだ……」

What romantic twaddle, she had thought at the time. But now she asked herself, did she feel that way about Raistlin?

 なんてロマンティックなたわごとだろうと、それを聞いたときは思ったものだ。だが今、クリサニアは自分に問いかけていた。レイストリンについて、自分も同じように感じているのではないかしら、と。

Her heart contracted with the swift ache of desire as she felt, once again, his strong embrace. But there was also a sharp fear, a strange revulsion.

 今一度あの力強い抱擁を思い出し、クリサニアの胸は愛欲の疼きにきゅっと締めつけられた。が、そこには同時に、激しい恐怖と奇妙な嫌悪感もあった。

It was like the strange smell of the spell components that clung to him--the pleasant smell of roses and spice, but--mingled with it--the cloying odor of decaying creatures, the acrid smell of sulfur.

 それは、レイストリンにしみついている呪文の小道具の奇妙な匂いのようだった――薔薇や香料の快い匂いに混じって、朽ちた生き物のうんざりするような悪臭やつんと鼻をつく硫黄の匂いがする。

Even as her body longed for his touch, something in her soul shrank away in horror….

 クリサニアの肉体はレイストリンに触れてもらいたくてうずうずしているというのに、心のどこかに怖がってあとじさっている部分があるのだ……

“I thought we had seen some glimmer of an adult lurking in that hulking body of yours!”

「そのでかい図体のなかにちっとは大人の部分もあったように思ってたけどね!」

“had he stopped the Cataclysm, as he intended, who knows what might have occurred? Perhaps we might have returned to our own time to find the Queen of Darkness reigning supreme and unchallenged,”

「タッスルがもくろんだように<大変動>を止めたりしたら、そのあといったいどんなことが起こるか見当がつくかい? おそらく、もとの時代に戻ったときに<暗黒の女王>が至高の存在として君臨しているのを見るはめになるだろうね」

“since the Cataclysm was sent, in part, to prepare the world to face her coming and give it the strength to defy her--“

「なぜなら、<大変動>がもたらされたのは、女王の到来に備えて彼女に抵抗するだけの力をこの世界に与えるためでもあったのだから――」

***
「罪ある者は罰をうけた。だが、なぜ罪なき者まで?なぜかれらまで苦しみを受けねばならなかったのだ?」
戦記5巻、イスタルの鮮血海の底に住まうゼビュラの問い。答えの一つはこれですか。罪なき者は<女王>との戦いのための生贄だったのですか?


“I did, but I don’t expect you to believe me, my brother.”
“Why should you, after all?”

「本当だよ。まあ、信じてもらえるとは思わないけどね、兄さん」
「兄さんに信じてもらえる根拠なんてないものね?」

“You know,” said Crysania softly.

「あなただって知ってるはずです」クリサニアが静かに言った。

She saw Raistlin open his eyes a slit. His glittering gaze pierced her and startled her, distracting her thoughts for a moment.

 レイストリンの目が細く開いた。きらりと光る目がクリサニアの心を貫いた。クリサニアはぎょっとして、しばしの間思考が乱れた。

“I--I remember…”

「わたし――覚えてますわ……」

Raistlin smiled slightly. “Surely, you will believe Lady Crysania, my brother?”

 レイストリンはうっすらと微笑んだ。「レディ・クリサニアの言うことなら信じられるでしょう?」

“Had there been someone--someone of true power at the Portal when she entered, someone capable of destroying her utterly instead of simply driving her back--then history might well have been rewritten.”

「もし、かつて女王が侵入してきたとき、<扉>の前に誰か――誰か真の力をもつ者がいたら、誰か、女王をただ撃退するのではなく、完全に滅ぼすことができる者がいたら――歴史はすっかり書き換えられていたことでしょう」

No one spoke. Crysania stared into the flames, seeing, perhaps, the same glorious vision as the archmage. Caramon stared at his twin’s face.

 誰も口を開かなかった。クリサニアはじっと炎に見いっている。おそらくは、この大魔法使いが見ているのと同じ、輝かしい光景を見ているのだろう。キャラモンは双子の弟の顔を凝視していた。

“Now what?”
“Kneel down before me.”
Caramon’s eyes flashed with anger. A bitter oath burned on his lips, but, his eyes going furtively to Crysania, he choked back and swallowed his words.

「次は何をすればいいんだ?」
「ぼくの前にひざまづいて」
 キャラモンの目に怒りが閃いた。辛辣な言葉が喉まで出かかったが、クリサニアのほうをそっとうかがい、やっとのことで言葉をのみこんだ。

Raistlin’s pale face appeared saddened. He sighed.

 レイストリンの青白い顔が悲しそうになった。かれはため息をついた。

“If it were just you and me, I’d let you rot in this foul place!”

「ここにいるのがおまえとおれだけだったら、この汚らわしい場所でおまえが一人朽ち果てるにまかせただろうよ!」

Reaching out his hands, Raistlin placed them on either side of his twin’s head with a gesture that was tender, almost caressing. “Would you, my brother?”

 レイストリンは両手をのばし、やさしい、ほとんどなでさするような仕草をしながら、キャラモンの頭の両側にのせた。「本当にそうするのかい、兄さん?」

“Would you leave me? Back there, in Istar--would you truly have killed me?”

「本当にぼくを置いてくのかい? あのとき、イスタルで――本当にぼくを殺すつもりだったのかい?」

Caramon only stared at him, unable to answer. Then, Raistlin bent forward and kissed his brother on the forehead. Caramon flinched, as though he had been touched with a red-hot iron.

 キャラモンは返答につまり、ただ弟を見つめるだけだった。と、レイストリンは前に身をかがめ、兄の額に口付けした。まるで赤熱した鉄に触れられたように、キャラモンは縮みあがった。

“I don’t know!”
“The gods help me--I don’t know!”
With a shuddering sob, he covered his face with his hands. His head sank into his brother’s lap.

「わからん!」
「神々よ、助けたまえ――おれにはわからん!」
 キャラモンは両手で顔を覆い、嗚咽を漏らした。弟の膝に顔を埋める。

***

 クリサニアを篭絡し、己の目的に沿うよう誘導していくレイストリンの手並みの巧妙なこと。心の一部は怯えさせたままに、僧侶としての一部には栄光をちらつかせて。
 そしてキャラモンに対しても、その心をずたずたに引き裂いた上で利用しようとする容赦のなさ。それを外道とみなす向きもあるようですが、果たして本当にそうでしょうか?

 二人を手のひらの上で踊らせているのは確かです。しかし、レイストリン自身もまた踊っているのです。
 自らの生命力を餌にしてフィスタンダンティラスと渡り合い、その力を奪ったときと同じです。クリサニアに対して感じている欲望を重々警戒しつつ、彼女を誘惑する手段に使うのも。双子の兄との断ち切れない絆もそうです。とっさに兄の身を案じたのは、信じてもらえずに悲しそうな顔をしたのは、いったいどこまでが演技なのですか?

「率直に言って、ぼくの演技は上出来だったな。気乗りしない風にぼくが語っていると、彼女の善良さと純粋さがぼくから勝手に言葉を引き出してくれた。引き出された言葉には血のしみがついていて、そうなれば彼女はもうぼくのもの――彼女は自分の同情心に溺れたわけだ」

 自分自身をチップとして盤に乗せながら危険な勝負を推し進めるレイストリン。もしかしたらまだ、この時点ではそのことに気がついていないのかもしれません。己もまた歴史の盤上で踊る人形の一つであることを突きつける<扉>と歴史書。カウントダウンはそこまで迫っています。

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