2016年6月30日木曜日

伝説4巻p227〜《凶行》

WAR OF THE TWINS p350
Do not touch it!
The familiar voice came from the shadows and was so stern and commanding that Gnimsh froze in his tracks, his hand clutching the device.

伝説4巻p227
「それにさわるな!」
 聞き慣れた声が物陰から響いた。それがあまりに厳しい口調だったので、ニムシュは装置をつかんだまま即座に凍りついてしまった。

“Raistlin, look ou--“ Tas shrieked.

「レイストリン、気をつ――」タッスルが金切り声をあげた。

Raistlin turned. He did not speak. he did not raise his hand. He simply stared at the dark dwarf. The Dewar’s face went ashen. Dropping the knife from nerveless fingers, he shrank back and attempted to hide himself in the shadows.

 レイストリンは振り向いた。ひとことも口をきかず、手をあげもしなかった。ただ黒ドワーフを睨みつけただけだった。<デュワー>の顔が土色になった。力が抜けた指のあいだからナイフを取り落とし、たじたじとあとずさって物陰に身を隠そうとする。

Satisfied, Raistlin turned back to Tas.
“--out,” Tas finished lamely.

 レイストリンは満足げにタッスルに向き直った。
「つ、つけて」タッスルはどもりながら言い終えた。

“The device was broken,”
“He reassembled it?”

「装置は壊された」
「そいつが組み立てたのか?」

“Y-yes.” With a weak grin, Tas scrambled back to poke Gnimsh in the ribs just as the gnome was about to speak. “Re...assembled. That’s the word, all right. Reassmbled.”

「う、うん」力ない笑みを浮かべ、急いでニムシュのわきに駆けよると肘で脇腹をつついた。「組み……立てたんだ。そう、そのとおりだよ。組み立てたんだ」

“But, Tas--“ Gnimsh began loudly. “Don’t you remember what happened? I--“
“Just shut up!”
“this isn’t the time to try to explain.”

「おい、タッスル――」ニムシュが大声でしゃべりはじめた。「覚えてないのか?わしは――」
「黙ってて!」
「いまはまだ説明する時じゃないんだ」

Gnimsh, glancing dubiously at Raistlin, shivered and crowded close to Tas.
“He’s looking at me like he’s going to turn me inside out!”

 ニムシュはうさんくさそうな目つきでレイストリンを見た。身震いし、タッスルにさらに体を寄せる。
「まるでわしを裏返しにしそうな目つきでにらんどる!」

***

 レイストリンの態度に不吉なものを感じ、必死にごまかそうとするタッスル。そしていつもの、空白を挟まないノーム言葉を忘れているニムシュ…


“Come to me, Tas,” Raistlin said in a gentle voice, beckoning to him.

「こっちにおいで、タッスル」レイストリンは猫なで声で言い、手招きした。

“Oh, Raistlin, you’re not going to leave him here, are you?”

「ねえ、レイストリン、まさかニムシュをここに置き去りにする気じゃないよね?」

“No, I’m not going to leave him here, Tas.”

「いや、ここに置き去りにはしない、タッスル」

“You see? He’s going to swoosh us back to Caramon. The magic’s great fun,”

「ほらね?レイストリンがぼくらをパッとキャラモンのとこに連れてってくれるよ。魔法ってすっごく楽しいんだ」

Ast kiranann kair--

「アスト・キラナン・ケア――」

Horror broke over Tas. He had heard those words of magic before....
“No!”

 タッスルは恐怖に陥った。この魔法の呪文は前に聞いたことがある……
「やめて!」

--Gardurm Soth-arn/Suh kali Jalaran!

「ガドゥルム・ソス・アラン/スー・カリ・ジャララン!」

***

 これはキャラモンが森で狼罠にかかって木に吊られた時に使ったのとほぼ同じ呪文ですね。レイストリンはあの時初めて使ったようでしたから、タッスルはきっとフィズバンの詠唱を覚えていたのでしょう。


Pandemonium broke out.

 牢獄はとんでもない大騒ぎになった。

***

 パンデモニウムと言われて、素直に万魔殿と変換されるゲーム脳。はい、普通は大混乱ですね。


Looking over, Kharas frowned. the body of the gnome lay limply on the floor.

 そちらを見て、カーラスは眉をひそめた。ぐったりしたノームの体が床に横たわっている。

As the Dewar shambled forward, Kharas looked into the dark dwarf’s eyes. And he saw, to his horror, that any sanity the dark dwarf might once have possessed was now completely gone.

<デュワー>がよろよろと前に進み出てくると、カーラスは黒ドワーフの目をのぞきこんだ。恐ろしいことに、以前は黒ドワーフにあらわれていた正気の色が、いまは完全に失われてしまっている。

“I saw ‘im,”
The dark dwarf laughed horribly. “Us nex’!” he repeated.

「おれ、見た」
 黒ドワーフは恐ろしい笑い声をあげた。「つぎはおれたち!」くりかえす。

“Who?” Kharas asked sternly. “Saw who? Who came for the kender?”

「誰だ?」カーラスは厳しく問いつめた。「誰を見たんだ?誰が<ケンダー>を襲ったんだ?」

“Why, himself!” whispered the Dewar, turning to gaze upon the gnome with wild, staring eyes. “Death...”

「そりゃ、あいつだ!」<デュワー>は声をひそめ、かっと見開いた狂った目をノームに向けた。「死だよ……」

2016年6月29日水曜日

伝説4巻p206〜《謁見》

WAR OF THE TWINS p337
--Gnimsh smiled happily and nodded--“and we found Caramon. Just like you said--the device was cali-cala-whatever to return to him--“
“Calibrated,”

伝説4巻p206
――ニムシュがうれしそうに顔をほころばせ、うなずく――「で、キャラモンを見つけた。きみが言ったとおり――あの装置はキャラモンのもとに戻るよう、さん、さんた、なんだっけ――」
「算定されていたんだ」

***

“Cali...cali...calisthenics!” なつかしの柔軟体操。


“Oh, I’ve been here!” Tas said suddenly. “Now I know where we are.”
That’s a big help,” Gnimsh muttered.

「あ、ここきたことある!」だしぬけにタッスルが言った。「ここ、知ってるよ」
「そりゃたいした助けになるわい」ニムシュがつぶやく。

“Tasslehoff Burrfoot,”
“And he is--“
The gnome pushed forward eagerly. “Gnimshmari--“
“Gnimsh!”

「タッスルホッフ・バーフットです」
「で、こっちが――」
 ノームがいそいそと前に進み出る。「ニムシュマリ――」
「ニムシュです!」

“So--you are from the Abyss!” Kharas said sternly. “You admit it! Apparitions from the Realms of Darkness!”

「では――おまえたちは<奈落>からやってきたというのか!」カーラスが厳しい声で言った。「それを認めるのだな!<闇の領域>からやってきた幻なのだな!」

“Wh-wh”
“I’ never been so insulted! Except perhaps when the guard in Istar refered to me as a--a cut-cutpur--well, never mind.”

「こ、こ」
「こんな侮辱を受けたの、はじめてだ! イスタルの衛兵にす、す、すり――まあ、いいや、気にしないで――って言われたときがあったけど」

Tas glanced back sternly at Kharas. “Why did you go and kill him like that? I mean, maybe he wasn’t what you might call a really nice person.”

 タッスルはぎらりとカーラスを睨みかえした。
「あなた、どういう理由であんなふうにレイストリンを殺したの? そりゃレイストリンは本当にすてきな人間だとはいえないかもしれないけどさ」

“he was certainly one of the most interesting people I’ve never known.”

「ぼくが知ってるなかでいちばん興味深い人だったのは確かなんだ」

“Wow! Won’t Tanis be surprised to hear that? General Caramon! Tika would laugh..."

「うわ、タニスが聞いたらきっとびっくりするだろうな。キャラモン将軍だって! ティカは笑いころげるだろうな……」

“Fireforge!” Duncan actually jumped up from his throne, glaring at the kender.

「ファイアーフォージ!」ダンカンは本当に玉座から飛びあがり、ケンダーを睨みつけた。

“So,”
“you’re planning to take this wizard who was healed by a cleric when there are no clerics in this world and a general you claim is your best friend back to a place that doesn’t exist to meet our enemy who hasn’t been born yet using a device, built by a gnome, which actually works?”

「つまり」
「おまえは、この世に一人もいない僧侶に癒してもらったその魔法使いと、おまえが親友だと称する将軍を連れて、いまだ存在しない場所に帰り、いまだ生まれていないわれらの敵に会うつもりだというのだな、それもノームがこしらえたまっとうに作動する装置を使って!」

“Right!”

「そのとおりだよ!」

“Guards! Take them away!”

「衛兵!こやつらを連れてゆけ!」

***

 当人たちはいたって真面目なのに、コントにしか見えないこの会話。王様も英雄もかたなしです。もっとゆっくり話を聞いてあげればよかったのに、ね、ニムシュ。

2016年6月28日火曜日

伝説4巻p191〜《半身》

WAR OF THE TWINS p328
What a cruel joke!
What a cruel and twisted joke!

伝説4巻p191
 なんという残酷な冗談!
 なんという残酷でひねくれた冗談!

Through the hideous torment of his pain, Raistlin could fear the laughter of the gods. To offer salvation with one hand and snatch it away with the other! How they must revel in his defeat!

 恐ろしい苦痛に苛まれながら、レイストリンは神々の笑い声を聞いていた。片方の手で救済手段を与えておきながら、もう一方の手でそれを奪い去ってしまうとは!レイストリンの失敗をどれほど喜んでいることだろう!

Raistlin’s tortured body twisted in spasms and so his soul, writhing in impotent rage, burning with the knowledge that he had failed.

 苦痛に苛まれる体が痙攣によじれるとともに、レイストリンの魂もまた苦痛によじれていた。どうすることもできない怒りに悶え苦しみ、しくじったという意識に焼き焦がされる。

He would not face Paladine’s triumph. To see the god sneering at him, glorying in his downfall--no!

 パラダインの勝ち誇った顔を見たくはなかった。レイストリンをせせら笑い、失墜を喜ぶ顔――否!

***
It is because you cannot bear defeat! Nothing has ever defeated you, not even death itself…. 
 おまえは敗北することが耐えられないからだ!おまえは何ものにも敗北したことがない。死そのものにすら……
確かにこれは耐えられません。傷の痛みよりも何よりも。


But that bastard brother of his, that other half of him, the half he envied and despised, the half he should have been--by rights. To deny him this...this last solace....

 なのにあのいまいましい兄、レイストリンの半身、レイストリンが羨むと同時に見くだしてもいるいる半身、本来なら――当然――レイストリンのものであったはずの半身が、それを許してくれないのだ……この最後のありがたい慰めを……

***

 当然の権利として、本来自分もこうなるはずだった姿。めったにないだけに、レイストリンが容姿や肉体に関するコンプレックスを語る姿にはいたたまれなさを感じます。


“Caramon!” Raistlin cried alone into the darkness. “Caramon, I need you! Caramon, don’t leave me!”

「キャラモン!」レイストリンは一人、闇のなかで叫んだ。「兄さんが必要なんだ! キャラモン、ぼくを置いていかないで!」

He sobbed, clutching his stomach, curling up in a tight ball. “Don’t leave me...to face...alone!”

 レイストリンはすすり泣いていた。腹をつかみ、かたい鞠のように体を丸めて。「ぼくを置いていかないで……一人にしないで……こんな孤独のなかで!」

And then his mind lost the thread of its consciousness.

 そして、かろうじて残っていた意識がとぎれた。

2016年6月27日月曜日

伝説4巻p188〜《慈悲》

WAR OF THE TWINS p326
“Paladine...will...not...heal...me!”
“Leave me! let me die!”

伝説4巻p188
「パラダインは……ぼくを……癒しは……しない!」
「放っておいてくれ! 死なせてくれ!」

The mask of wisdom and intelligence had been stripped away, revealing the splintered lines of pride, ambition, avarice, and unfeeling cruelty beneath.

 知恵と聡明さに彩られたうわべはすっかり剥ぎとられてしまい、その下に潜んでいた自尊心や野心、強欲さや血も涙もない冷酷さがあらわれ、その輪郭がむきだしになっている。

It was as if Caramon, seeing a face he had known always, were seeing his twin for the first time.

 いつものよく知った顔を見ていたキャラモンは、まるではじめて双子の弟を見たような気がした。

“No! End it! I have failed. The gods are laughing. I can’t...bear...”

「だめだ! 終わらせてくれ! ぼくは失敗したんだ。神々が笑っている。ぼくには……耐えられない……」

Caramon stared at him. Suddenly, irrationally, anger took hold of the big man--anger that rose from years of sarcastic gibes and thankless servitude.

 キャラモンは弟を見つめた。不意に、理屈とは無関係に、大男は怒りにつかまれた――いやみたっぷりの愚弄と報われない奉仕に明け暮れた長年のあいだに培われた怒り。

Anger that had been friends die because of this man. Anger that had seen himself nearly destroyed. Anger that had seen love devoured, love denied. Reaching out his hand, Caramon grasped hold of the black robes and jerked his brother’s head up off the pillow.

 この男のために何人もの友が死ぬのを見てきた怒り。自分自身も殺されそうになるのを見てきた怒り。愛が滅ぼされ、拒まれるのを見てきた怒り。キャラモンはぐっと手をのばして黒いローブをつかみ、弟の頭をぐいと枕から引き起こした。

“No, by the gods,” Caramon shouted with a voice that literally shook with rage. “No, you will not die! Do you hear me?”

「神々にかけて、いやだ」文字どおり怒りに震える声で叫ぶ。「おまえを死なせてはやらんぞ! 聞こえるか?」

“You will not die, my brother! All your life, you have lived only for yourself. Now, even in your death, you seek the easy way out--for you!”

「おまえを死なせてはやらんぞ、弟よ! これまでずっと、おまえは自分のためだけに生きてきた。いま、死の間際になってもまだ、おまえは安易な出口を探している――自分のためにな!」

Raistlin looked at Caramon and, despite his pain, a gruesome parody of a smile touched his lips. It almost seemed he might have laughed, but a bubble of blood burst in his mouth instead.

 レイストリンはキャラモンを見た。ひどい苦痛に苦しんでいるというのに唇にぞっとするような笑みめいたものが浮かんだ。笑ったようにも見えたが、口から噴きだしたのは血の泡だった。

“But, listen to me, Raistlin or Fistandantilus or whoever you are--if it is Paladine’s will that you die before you can commit greater harm in this world, then so be it.”

「だがいいか、レイストリンだかフィスタンダンティラスだか知らんが――もし、おまえがこの世に、これ以上の災厄をもたらす前に死なせようというのがパラダインのご意志なら、それでいい」

“I’ll accept that fate and so will Crysania. But if it is his will that you livem we’ll accept that, too--and so will you!”

「おれはその運命を受けいれるし、クリサニアもそうするだろう。だがもし、おまえを生かしておくというのがパラダインの意志なら、おれたちはそれもまた受けいれる――だからおまえも受けいれろ!」

***
“My brother in dying. Do what you will to me.”
「おれの弟は死にかけている。おれを好きにするがいい」
“Promise me, Raist, you’ll take this stuff if I’m…not there….”
「約束してくれ、レイスト、おれが……おれがいなければ、おまえも、その薬を飲むって……」
自分の人生を送る勇気がなくて、レイストリンの人生--life--生命にしがみついていた以前のキャラモンだったら、ここで望み通りレイストリンを楽にしてやって、それから自分も命を絶っていたんではないかと思います。そしてレイストリンの真の貌を見ることもできなかったのではないかと。


“Let me heal you.”
“Get...away!...”
“Let me heal you!”

「わたしに癒させてください」
「離して……くれ!」
「わたしに癒させてください!」

Very well. Let the god laugh. He’s earned it, after all,

Shutting his eyes, shutting them tightly against the light, Raistlin waited for the laughter--
--and saw, suddenly, the face of the god.

 いいだろう。パラダインが笑うなら笑わせておこう。結局、勝つのは向こうなのだから。
 かたく目を閉じてしっかりと光を締めだし、レイストリンは笑い声を待ち受けた――
 ――と、突然パラダインの顔が見えた。

“This night, a greater victory is mine. Don’t you see? This is the answer to my prayers.”
Looking at her peaceful, serene beauty, Caramon felt tears come to his eyes.

「今夜はもっと大きな勝利を得ましたわ。おわかりになりません? これはわたしの祈りへの返事なのです」
 穏やかさと静けさに満ちた美しい顔を見て、キャラモンは目に涙があふれてくるのを感じた。

“This is your answer, too, Caramon,”
“This is the sign from the gods we have both sought.”

「これはあなたが出した答えでもあるのですよ、キャラモン」
「これはわたしたち二人ともが探し求めていた神々からの合図なのです」

“Raistlin was meant to live. He was meant to do this great deed. Together, he and I and you, if you will join us, will fight and overcome evil as I have fought and overcome death this night!”

「レイストリンは生きることになっていたのです。偉大な行ないをするように。わたしとレイストリンとあなたと一丸になって――もしあなたが加わってくださるならですけれど――邪悪と闘い、打ち勝つことになっているのですわ。今宵死と戦って打ち勝ったように!」

I don’t want to fight evil, he thought wearily. I just want to go home. Is that too much to ask?

 おれは邪悪と闘ったりしたくない。力なくそう考える。おれはただ家に帰りたいだけなんだ。それがそんなに大それた望みなのか?

But as the darkness closed mercifully over him, he remembered Crysania’s words--“Thank Paladine for your brother’s life.”

 だが情け深い闇に包みこまれていきながら、キャラモンはクリサニアの言葉を思い出していた――「あなたの弟さんの生命を助けてくれたパラダインのお慈悲に感謝してください」

The memory of Raistlin’s stricken face floated before Caramon, and the prayer stuck in his throat.

 目の前にレイストリンの硬直した顔が浮かび、祈りが口にのぼってきた。

2016年6月26日日曜日

伝説4巻p156〜《二百五十三歩》

WAR OF THE TWINS p307
“Tonight, Thane, with your permission.”
“May Reorx’s flame shine on your hammer.”

伝説4巻p156
「今夜出ます、陛下。お許しがあればですが」
「山の門はおまえのためにあけておこう」
「おまえの槌の上にレオルクスの炎が輝きますように」

“There goes one we can ill afford to lose,”
“He was lost to us from the beginning,” Duncan snapped harshly. But his face was haggard and lined with grief as he muttered, “Now, we must plan for war.”

「失うには惜しい人材ですぞ」
「最初からわれわれはあの男を失っていたのだ」ダンカンは厳しい声で言った。やつれた顔に悲哀の皺を刻み、ぼそりという。「さて、戦の戦略をたてねばな」

For, by seeing into the future and knowing what the outcome will be, man’s greater gift--hope--is taken away.

 なぜなら、未来を見て、きたるべき結果を知ってしまうことは、人間に賜った最大の恩恵――希望――を失うことなのだたら。

“What are these confounded contrivances anyway?”
“But I’d hate to meet up with the squirrel who built this!”
“Bah! Squirrel indeed!” Rhegar scoffed.
“Tunnels!”

「このうっとうしい盛り土はいったいなんなんだ?」
「だが、こんなものをつくるようなリスには出くわしたくないな!」
「ばかな! リスじゃと!」レガールが嘲笑った。
「隧道か!」

Well aware of his own limitations, Kharas had chosen Smasher for this mission because they needed someone skilled in stealth, skilled in moving swiftly and silently, skilled in attacking by night, and escaping into the darkness.

 自分の力の限界をよく知っているカーラスは、この任務のためにスマッシャーを選んだ。それは盗みの技術にたけた者、音をたてずに迅速に動き、夜闇にまぎれて襲撃し、闇のなかに逃げきる技術を有している者が必要だったからだ。

But Kharas, who had been admired by the Knights of Solamnia for his honor, suffered pangs of conscience nonetheless. He soothed his soul by reminding himself that Smasher had, long ago, paid for his misdeeds and had even performed several services for his king that made him, if not a completely reputable character, at least a minor hero.

 だがそれにもかかわらず、カーラスは――その高潔さはソラムニア騎士にも高く評価されていた――良心の痛みを感じずにはいられなかった。スマッシャーはずいぶん前に過ちの償いをし、王のために仕えて、令名を馳せるとまではいかずとも、ちょっとした英雄扱いされているということを思い出して、心を慰めるのだった。

“Let them settle in,” the old thief advised. “Let them start their evening meal, relax. Then”--drawing his hand across his throat, he chortled--“two hundred and fifty-three steps....”

「やつらをくつろがせるんじゃ」年老いた盗賊は助言をした。「やつらが夕食をはじめて、くつろぐのを待つ。それから」――喉に手をあてて横に引いて見せ、声高に笑う――「二百五十三歩じゃ……」

***

 固いですねレオルクスの英雄。そんなことじゃ、RPGでバランスのいいパーティ組めませんよ。もちろんダンカン王は全く気にしてないでしょうね。


Planning to end it quickly, the archmage turned his attention to his enemy, who stood before him, regarding him with eyes that were unafraid.

 さっさと終わらせてしまおうと敵に注意を向ける。敵は前に立ち、おびえない目でじっと魔法使いを見つめていた。

Feeling no fear himself, calm in the knowledge that nothing could kill him since he was protected by time, Raistlin called upon his magic in cool, unhurried fashion.

 レイストリン自身も少しもおびえてはいなかった。時に守られ、自分が殺されることはけっしてないと知っていたため、落ち着きはらって、急ぎもせず冷静な動作で魔法を唱えはじめる。

“Oh, look! It’s Raistlin! We made it, Gnimsh! We made it! hey, Raistlin! Bet you’re surprised to see me, huh? And, oh, have I got the most wondered story to tell you! You see, I was dead. Well, I wasn’t actually, but--“

「わっ、見て! レイストリンだ! やったんだよ、ニムシュ! うまくいったんだ! やあ、レイストリン! びっくりしたでしょ、ぼくを見て、ねえ? そうだ、とびきりすばらしい話があるんだよ! ねえねえ、ぼく、死んでたんだ。でもね、本当は死んでたんじゃなくて――」

The first--a kender! Time could be altered!
The second--Time can be altered....
The third--I can die!

 最初は――<ケンダー>だ! 時が変えられた!
 次に――時は変えることができるのだ……
 その次は――ぼくが死ぬこともありうるのだ!

But it was too late...and too little.

 だが遅すぎた……ほんの少し遅すぎた。

2016年6月25日土曜日

伝説4巻p142〜《ties》

WAR OF THE TWINS p301
You know me well my brother. the blood that flaws in our veins speaks louder than words sometimes.

伝説4巻p142
『ぼくのことはよくわかっているでしょう、兄さん。ぼくたちの血管に流れる血は、時には言葉以上に雄弁に語りますからね』

I have fought it for one purpose only, and that is to reach the Portal. These fools will carry me that far. Beyond that, what does it matter to me whether we win or lose?

『ぼくがこの戦をしたのはただひとつの目的のため――<扉>に到達するためなのです。ここにいる愚か者たちは、ぼくをそこまで連れていってくれることでしょう。その先は、わが軍が勝とうが負けようが、ぼくになんの関係があります?』

I have allowed you to play general, Caramon, since you seemed to enjoy your little game.

『ぼくは兄さんに将軍ごっこをさせてあげたんですよ、キャラモン。このささやかな遊びが気に入ってたみたいでしたからね』

“I’ll tell them,” Caramon said forcing the words put through clenched teeth. “I’ll tell them the truth!”

「みんなに言ってやる!」キャラモンはくいしばった歯のあいだから、言葉を押しだした。「みんなに本当のことを言ってやる!」

“Tell them what? That you have seen the future? That they are doomed?”

『何を言うのです? 未来を知っていることを? みな死ぬ運命にあるということを?』

All he could think of at that moment, was Raistlin ...laughing with him by the tree...Raistlin holding the rabbit...That camaraderie between them had been real. he would swear it!

 その瞬間、考えることができたのはレイストリンのことだけだった……木のそばでかれと一緒に笑っているレイストリン……うさぎを抱いているレイストリン……二人のあいだのあの友愛意識は本物だった。それは誓って言えた!

Ad yet, this, too, was real. Real and cold and sharp as the blade of a knife shining in the clear light of morning.

 だがこちらのレイストリンもまた本当の姿なのだ。朝の澄んだ光のなかできらめくナイフの刃のように、なまなましく、冷たく、鋭い。

And, slowly, the light from that knife blade began to penetrate the clouds of confusion in Caramon’s mind, severing another of the ties that bound him to his brother.

 ゆっくりと、そのナイフの刃が放つ光がキャラモンの錯乱した頭の霧を貫き、双子の弟と結びつけていた絆を断ち切った。

The knife moved slowly. There were many to ties to cut.
The first gave in the blood-soaked arena at Istar, Caramon realized. And he felt another part as he stared at his brother in the frost-rimed courtyard of Pax-Tharkas.

 ナイフはゆっくりと動いていった。断ち切らねばならない絆がたくさんあったのだ。
 まず最初は、イスタルの血に濡れた闘技場だ。キャラモンはそれをさとった。そして、パックス・タルカスの霜の降りた中庭で弟を睨みつけながら、ほかの部分も手探りしていた。

***

 日本語の「絆」というと、助けあったり守りあったりする良い関係を感じさせます。しかしここではイスタルの闘技場での、変わり果ててしまった愛しい弟を殺す決意も「絆」と表現されています。原文では”ties”、良い意味もあれば、束縛やしがらみ、執着といったマイナスの意味も併せ持つ言葉です。

「イスタルではおまえを殺してやりたかった」と言いながら、その気持ちの整理もつかないままに、弟の(レアな)思いの表現に一喜一憂していたキャラモンが、ここにきてついにレイストリンを正面から見据えました。どちらのレイストリンも本物であり、いくら近しくとも、自分とは違う人間なのだと。

 実にきわどいタイミングでした。ここでキャラモンが独立していなかったなら、次次回(予定)のレイストリンの懇願を聞いてしまったに違いないのですから。ゴブリンの野営地や、タルシスの宿屋のときと同じように。


“It seems I have no choice,”
“None,”

「選択の余地はないようだな」
「まったくね」

“Open the gates!”
Pushed by eager hands, the gates swing, open. Casting a final glance around to see that all was in readiness, Caramon’s eyes suddenly encountered those of his twin.

「門を開け!」
 熱のこもった手に押され、門が開いた。最後に一瞥して全員準備が整っていることをたしかめていたとき、キャラモンの目は不意に双子の弟の目と合った。

Raistlin sat upon his black horse within the shadows of the great gates. He did not move nor speak. he simply sat, watching, waiting.

 レイストリンは大きな門の陰のなか、黒馬の背に乗っていた。動きもせずしゃべりもしない。ただじっと座って見まもり、待ち受けている。

For as long as it took to draw a shared, simultaneous breath, the twins regarded each other, intently, then Caramon turned his face away.

 二人同時に息を吸いこむあいだだけ、双子の兄と弟はじっと見つめあっていた。それからキャラモンが顔を背けた。

Raistlin’s eyes were not on the Dewer, nor on the army marching past him. They were on the gleaming golden figure riding at the army’s head.

 レイストリンの目は<デュワー>にも、前を通りすぎてゆく軍隊にも注がれていなかった。その日は、軍隊の先頭に立つ金色に輝く姿に向けられていた。

And it would have taken a sharper eye than the Dewer’s to note that the wizard’s hands gripped the reins with an unnatural tightness or that the black robes shivered, for just a moment, as if with a soft sigh.

 そして<デュワー>よりも鋭い目の持ち主であれば、手綱を握る魔法使いの手が不自然なまでにこわばっていることや、ほんの一瞬、まるで小さくため息をついたかのように黒いローブが震えたことが見てとれたことだろう。

***

 第七章のカット、マギウスの杖を手に黒馬に乗るレイストリンの顔が、まるで死神のように見えます。死の顎へと送り出したキャラモンを見送る姿。産みの苦しみを、切り離される痛みを感じたのはキャラモンだけではないのです。

 蛇足ですが、"ties"という英単語の音に「臍帯」を連想しました。生まれた直後に切り離されるはずだったものを、二人はこの時まで引きずっていたのかもしれません。

2016年6月24日金曜日

伝説4巻p128〜《No one cared》

WAR OF THE TWINS p290
The Highgug stared at the approaching army horrified fascination. Over and over echoed in his mind Duncan’s last command to him--“You Stay Here.”

伝説4巻p128
 ハイガグは恐怖に魅せられたかのように、どんどん近づいてくる軍隊を見つめていた。頭のなかで、ダンカンが自分に向けて言った最後の命令がこだましていた――「おまえたちはここにいろ」

“Now,” he shouted, ”what you give me?”
“Un-undy...dying loy...loy...alty.”

「さあ」ハイガグは叫んだ。「おまえたち、おれになにをやくそくする?」
「し、しせ……しせざるちゅ……ちゅ……せい」

***

 ダンカン王はどぶドワーフのハイガグにも礼儀正しく接することで、かれの”undying loyalty”を勝ち得ていました(5月31日《同胞》)。周囲には「いつ必要になるかわからないぞ」と答えて。ただ、この「必要となる」=”come in handy”、奈落でタッスルが出現させた帽子掛けを見てニムシュが言った皮肉「こりゃ便利だ」”Now that’s handy”と同じではありますが(5月26日《祈り》)。


Many had escaped, the charge of the knights having been effectively held up by a small group of pikesmen, who had stood their ground when the gates were breached, stubbornly refusing to budge.

 逃げた者は大勢いた。騎士たちの突撃が、門が破られてもなお頑強にその場を動こうとしないで踏みとどまっている、矛をもった小部隊のおかげでかなり阻まれたからだった。

Thus, few saw the single, black-robed figure entering the open gates of Pax-Tharkas. It rode upon a restive black horse that shied at the smell of blood. Pausing, the figure spoke a few words to his mount, seeming to soothe the animal.

 黒ローブをまとった人影が、たった一人でパックス・タルカスの開かれた門からはいってくるのを目にした者はほとんどいなかった。その人影が乗っている黒い馬は血の匂いに尻込みし、落ち着きを失っていた。人影は馬にふたことみこと、なだめるように話しかけた。

Those that did see the figure paused for a moment in terror, many having the fevered (or drunken) impression that it was Death in person, come to collect the unburied.

 その人影を目にした者は恐怖のあまりすくみあがり、相手は<死>そのもので、まだ埋葬されていない死人を集めにきたのだと、熱に浮かされたような(もしくは酔っ払ったあげくのような)考えを抱いた。

Then someone muttered, “the wizard,” and they turned away, laughing shakily or breathing a sigh of relief.

 そのとき、誰かがつぶやいた。「魔法使いだ」そして人々は目をそらし、震えながら笑ったり、安堵の息を漏らしたりした。

His eyes obscured by the depths of his black hood, yet intently observing all around him, Raistlin rode forward until he came to the most remarkable sight on the entire field of battle--the bodies of a hundred or more gully dwarves, lying (for the most part) in even rows, rank upon rank.

 黒いフードの奥に隠れた目で熱心に周囲を見まわしながら進んできたレイストリンは、この戦場全体でもっとも人目をひくことがらに行きあたった――幾列もの(大部分は)整然とした列をつくり、折り重なるように累々と倒れている百人あまりのどぶドワーフの死体である。

Most still held their pikes (many upside down) clutched tightly in their dead hands. There were also lying among them, though, a few horses that had been injured (generally accidentally) by the wild stabs and slashings of the desperate gully dwarves.

 ほとんどの者は死んでもなお矛を両手にしっかりと(さかさまに持っている者も多かった)握りしめている。またそのあいだには、どぶドワーフが死にものぐるいで突いたり切ったりしたのが(たいていは偶然に)あたって、けがをした馬が数頭倒れていた。

More than one animal, when hauled off, as noted to have teeth marks sunk into its forelegs. At the end, the gully dwarves had dropped the useless pikes to fight as they knew best--with tooth and nail.

 逃げのびた馬も、前脚にくっきりと歯型がついているものがかなりある。最後のほうではどぶドワーフたちは役に立たない矛を捨て、いちばんよく知っている武器――歯と爪――で闘ったのだった。

“This wasn’t in the histories,” Raistlin murmured to himself, staring down at the wretched little bodies, his brow furrowed. His eyes flashed. “Perhaps,” he breathed, “this means time has already been altered?”

「こんなことは歴史には語られていなかった」みすぼらしく貧弱な死体を見おろしながら、眉をひそめてレイストリンは一人つぶやいた。目がきらりと光る。「このことは時がすでに変化したということではないのか?」

For long moments he sat there, pondering. then suddenly he understood.

 長いあいだ、魔法使いはそこにたたずみ、考えこんでいた。やがて、不意にさとった。

None saw Raistlin’s face, hidden as it was by his hood, or they would have noted a swift, sudden spasm of sorrow and anger pass across it.

 フードの奥に隠されたレイストリンの顔を見ている者は一人もいなかった。もし誰か見た者がいれば、その顔に突然一抹の悲しみと怒りがよぎったことに気づいたことだろう。

“No,” he said to himself bitterly, “the pitiful sacrifice of these poor creatures was left out of the histories not because it did not happen. It was left out simply because--“

「いや」苦々しく、レイストリンは自分に言い聞かせた。「この哀れな生き物たちの痛ましい犠牲が歴史から除外されているのは、起こらなかったからではない。ただ単に――」

He paused, staring grimly down at the small broken bodies. “No one cared....”

 声をとぎらせ、かれは冷酷な顔で小さな死せる肉体の群れを見下ろした。「誰も気にかけなかったからなのだ……」


2016年6月23日木曜日

伝説4巻p113〜《開戦》

WAR OF THE TWINS p201
Kharas had shaved his beard.

A beard is a dwarf’s birthright, his pride, his family’s pride.

伝説4巻p113
 カーラスは顎鬚を剃ってしまっていた。

 ドワーフの顎髭は生得権であり、本人の誇りであり、家族の誇りである。

“But as, I fight, I want all to know that I find no honor in killing my kinsmen, nor even humans who have, more than once, fought at my side. Let all know. Kharas goes forward this day in shame.”

「ですが戦いながら、わたしは同族や、一度ならずわが側について戦ったこともある人間たちを殺すことには、なんの名誉も見いだせないということをみなに知らせたいのです――この日、カーラスは恥じながら前進する、と」

 But he, too, had seen the four figures, tiny as toys from this distance, detach themselves from the army and ride toward Pax Tharkas.

 ずっと遠くにいるため、おもちゃのように小さい人影が四つ、隊を離れて馬でパックス・タルカスに向かってくるのが見てとれた。

Three of the figures carried fluttering flags. The fourth carried only a staff from which beamed a clear, bright light that could be seen in the growing daylight, even at this distance.

 そのうち三人がひるがえる旗を掲げ、四人目は澄んだ明るい光を放つ杖だけを持っている。その光はだんだん明るくなっていく夜明けの陽射しのなか、これほど遠くからでもはっきりと見えた。

“Humpf!” Duncan snorted, eyeing the banner with its symbol of the nine-pointed star with scorn.

「ふん!」ダンカンは鼻を鳴らし、九芒星の図象のついた旗を軽蔑の眼差しで見やった。

“You sharpshooters--a bag of gold to the one whose arrow lodges in the wizard’s ribs!”

「おまえたち狙撃兵――あの魔法使いのあばらに矢を突きたてた者に金ひと袋を進呈するぞ!」

But the laughter died on their lips. The figures did not move as the arrows arced toward them. The black-robed wizard raised his hand. Simultaneously, the tip of each arrow burst into flame, the shaft became smoke and, within moments, all dwindled away to nothing in the bright morning air.

 だが、笑いは唇の上で凍りついた。たくさんの矢が自分たちめがけて飛んでくるというのに、四人は微動だにしなかった。黒ローブの魔法使いが片手をあげる。それと同時に矢の先端が火を吹いて燃え、矢柄が煙と化した。そして見る間にすべての矢がまばゆい朝の空気のなか、消え失せてしまった。

***

 ゴールドムーンとリヴァーウィンドの婚礼で、松明を持った花婿の付き添いの中でひとりだけマギウスの杖を掲げていた姿をふと思い出しました。
 五芒星はpentagram、六芒星はhexagramですが、九芒星はnonagramとは言わないんですね。この図象は誰が考えたものでどういう意味があるんでしょう。「九英雄」だったらいいなと思いつつそれはないんだろうな、うん。

 戦況は、どぶドワーフの長、ハイガグの視点からの中継になります。


Unlike many of the dwarves who had returned from the field of battle, whose heavy plate mail was so dented it looked like they had tumbled down a rocky mountainside, Kharas’s armor was dented only here and there.

 戦場から戻ってきたドワーフの多くが岩山からころがり落ちでもしたように甲冑をへこませているというのに、カーラスの鎧はほんの数箇所へこんでいるだけだった。

Countless were the dead that fell by Kharas’s hand, though many wondered, in their last moments, why the tall dwarf sobbed bitterly as he dealt the killing blow.

 カーラスの手にかかって無数の人間が死んだが、その多くは死のまぎわに、この長身のドワーフが必殺の打撃をふるいながら苦い涙を流しているのを見て不思議に思ったことだろう。

“Close the god-cursed gates then!” Duncan shouted in a rage.

「神に呪われた門を閉じよ!」怒り狂って、ダンカンは叫んだ。

The Highgug caught his breath at the next sight, very nearly strangling himself. Looking, at the gate, he could see beyond it, and what he saw was paralyzing.

 次の光景を見てハイガグは息をつめ、窒息死しそうになった。門の向こうに見える者は、どぶドワーフを凍りつかせた。

A vast army was racing toward him. And it was not his army!
Which meant it must be the enemy, he decided after a moment’s deep thought, there being--as far as he knew--only two sides to this conflict--his and theirs.

 巨大な軍隊がこちらに突進してくる。味方の軍隊ではない!
 ということは敵の軍隊にちがいない。ちょっとのあいだ真剣に考えこみ、この戦に参加しているのは――かれが知っているかぎりでは――味方と敵のふたつしかいないとさとって、ハイガグはそう結論を出した。

The Highgug swallowed nervously. He didn’t know much about military maneuvers, but it did seem to him that this would be an excellent time for the gates to shut.

 ハイガグはあせってつばをのんだ。戦略のことはよくわからないが、門を閉じるのはいまをおいてないはずだ。

Suddenly, Kharas’s face grew pale.
“Duncan,” he said quietly, “we have betrayed. You must leave at once.”

 不意に、カーラスの顔が蒼白になった。
「陛下」静かに言う。「裏切り者がいたのです。すぐに逃げなければ」

“The Dewer, my Thane,”

“Slay them!”
“I’ll personally--“

“It is too late!”

「<デュワー>です、陛下」

「殺してしまえ!」
「わしがこの手で――」

「もう手遅れです!」

But Duncan was beyond all reason.
Finally, the younger dwarf, with a grim face, doubled his great fist and punched his king squarely on the jaw.

 だがダンカンの理性は消し飛んでいた。
 とうとうカーラスは厳然たる顔をして大きなこぶしをかためると、王の顎にまっすぐ一発見舞った。

“I’ll have your head for this!”

「手打ちにしてやる!」

Calling for some of those still able to stand and fight to cover him, Kharas hurried off toward where the griffons waited, the comatose king hanging, arms dangling, over his shoulder.

 まだ立ちあがって王を守るために戦える者を呼び集めながら、カーラスは急いでグリフォンが待機している場所へと向かった。意識を失った王は両手をだらりと垂らし、その肩にぐったりとぶらさがっていた。

2016年6月22日水曜日

伝説4巻p105〜《呪い》

WAR OF THE TWINS p276
Argat ran his fingers through his black beard. Drawing out his knife, he flipped it into the air and caught it deftly. Glancing at the mage, he stopped suddenly, spreading his hands wide.

伝説4巻p105
 アルガトは長い顎鬚を指でしごいた。ナイフを抜き、宙に投げあげて器用に受けとめる。ちらりと魔法使いに目を向けて、かれはすぐにそれをやめ、両手を広げて見せた。

“I sorry. A nervous habit,” he said, grinning wickedly. “I hope I not alarm you. If it make you uneasy, I can--“

「すまない。悪い癖でな」歪んだ笑みを浮かべる。「警告の必要はないかと思ってな。もしこれが怖いっていうんなら、やめても――」

“If it makes me uneasy, I can deal with it,”
“Go ahead.”

「もしそれが怖いっていうんなら、やめさせることができるさ」
「さあ。続けるがいい」

A slender, white hand snaked out of the darkness, snatched the knife by the hilt, and deftly plunged the sharp blade into the table between them.

 ほっそりした白い手が蛇のように闇のなかからのび、ナイフの柄をつかんで鋭い刃を二人のあいだの卓に器用に突き刺した。

“Magic,”
“Skill,” said Raistlin coldly. “Now, are we going to continue this discussion or play games that I excelled at in my childhood?”

「魔法か」
「手技だよ」レイストリンは冷ややかに言った。「さて、話を続けるかね? それともこちらが子供のころに得意だった遊びをいくつかやってみるか?」

“What does your kind consider ‘impressive’?” Raistlin asked his lip curling. “A few dozen hacked-up bodies--“
“The head of your general.”

「おまえたちの種族が『印象的』と考えるのはどういうものだ?」唇を歪め、レイストリンはたずねた。「めった切りにされた死体が二、三十とか――」
「そっちの将軍の首だよ」

There was a long silence. Not a rustle, not a whisper of cloth betrayed Raistlin’s thoughts. He even seemed to stop breathing. the silence lasted until it seemed to Argat to become a living entity itself, so powerful was it.

 長い沈黙が漂った。レイストリンが考えているときにおこるさらさらいう衣ずれの音すらなかった。魔法使いは呼吸すらやめているように見えた。あまりに長く続く沈黙に、アルガトは沈黙そのものが生きているような気がしてきた。それほど強力な沈黙だった。

***

 この沈黙の間、かれの内にあったものはなんでしょう。もしかしたら、聞いたときには有頂天のあまり気にも留めなかったことを、この時思い出し、初めてその意味を理解したのかもしれません。

 ダラマールが何も知らずに読み上げた、アスティヌスの著書の一節。フィスタンダンティラスがデヌビスと<扉>に向かう前に、かれがイスタルから伴った元剣闘士のフェラーガス将軍が、デュワーに殺害されていたということを。

 あるいは。
I killed him once. I can do it again.
ぼくは一度かれを殺している。もう一度だってできるんだ。

“Agreed,” Raistlin’s voice was level, without tone or emotion. But, as he spoke, he leaned over the table. Sensing the archmage gliding closer, Argat pulled back.

「承知した」レイストリンの声は平静で、抑揚もなければ感情もあらわれていなかった。だが、しゃべりながらかれは卓の上に身を乗りだした。大魔法使いが近寄ってくるのを感じて、アルガトは身を引いた。

He could see the glittering eyes now, and their deep, black chilling depths pierced him to the very core of his being.

 きらめく目が見える――深く黒々とした、凍りつくような深淵が。<デュワー>を貫き、深奥までのぞきこむ。

“You not called the Dark One without reason, are you, my friend?” he said, attempting a laugh as he rose to his feet, thrusting the scroll in his belt.

「あんた、理由もなく<黒き者>と呼ばれてるわけじゃなかったんだな、ご友人?」<デュワー>は立ちあがりながら笑おうとした。

Raistlin did not answer, indicating he had heard only by a rustle of his hood.

 レイストリンは答えなかった。ローブの衣ずれの音で聞こえたことを示しただけだった。

“Do not worry, friend. We not fail you.”
“No, friend,” said Raistlin softly. “You won’t.”
Argat started, not liking the mage’s voice.

「心配はいらんぜ、ご友人。おれたちは失敗しない」
「そうだな、ご友人」静かにレイストリンは言った。「あんたは失敗しない」
 アルガトはぎくっとした。魔法使いの声の調子が気にいらなかった。

“You see, Argat, that money has been cursed. If you double-cross me, you and anyone else who has touched that money will see the skin of your hands turn black and begin to rot away.”

「いいか、アルガト。あの金には呪いがかかっている。もしもぼくを裏切ったら、おまえろうがほかの誰だろうがあの金にふれた者は手が真っ黒になり、腐れ落ちることになるぞ」

“And when your hands are a bleeding mass of stinking flesh, the skin of your arms and your legs will blacken. And, slowly, as you watch helplessly, the curse will spread over entire body. When you can no longer stand on your decaying feet, you will drop over dead.”

「両手が臭い匂いのする血まみれの肉のかたまりになったら、次は両腕と両足が黒くなる。そしてじわじわと呪いは全身に広がっていくんだ。おまえがなすすべもなく見まもるうちにな。腐っていく両足の上に立っていられなくなったら、倒れて死ぬんだ」

***

 みんなの大長虫キャティルペリウスははったりでしたが、この呪いは効力を発揮したのではないかという気がします。

2016年6月21日火曜日

伝説4巻p89〜《遊戯》

WAR OF THE TWINS p267
Shining in the firelight, their crossed handles flashing, were a sword and a battle-axe. But these were not the crude iron weapons many carried. These were of the finest wrought steel, their exquisite workmanship apparent to those who stood twenty feet below, staring up at them,

伝説4巻p89
 火明かりを受けてきらめいているのは、持ち手の部分を交差させたひと振りの剣と戦斧だった。だが、その場にいる多くのものが持っているような粗末な鉄製のものではない。極上の錬鉄でできたもので、精緻な細工ぶりは六メートル下から見上げる人々の目にもはっきりと見てとれた。

“These weapons are yours!”
“If--“ Caramon continued, “you can get them down!”

「あの武器をあなたがたにさしあげよう!」
「だがそれは――」キャラモンは続けた。「あなたがたがあれを下まで持ってこれたらのことです!」

“You know,” said Reghar, wiping mud from his eyes, “that I’m the only one who can fit through that hole.”

「おい、わかるか」目から泥をぬぐいながら、レガールが言った。「あの穴を抜けられるのはわしだけだ」

“And you know,” said Darknight through clenched teeth, “that I’m the only who can get you up there.”

「そして」ダークナイトは歯がみしながら言う。「あんたをあそこへとどかせてやれるのはおれだけだ」

The dwarf grabbed the Plainsman’s hand. The two moved quickly over to the human pyramid. Darknight climbed first, providing the last link to the top. Everyone cheered as Reghar climbed up onto the human’s shoulders and easily squirmed through the hole.

 ドワーフは平原人の手を握った。二人はすばやく人間のピラミッドをのぼっていった。ダークナイトが先にのぼり、頂上への橋渡しとなる。かれの肩にレガールが乗り、やすやすと穴をくぐり抜けるのを見て、全員が歓呼の声をあげた。

Scrambling up onto the platform, the dwarf grasped the hilt of the sword and the handle of the axe and raised them triumphantly over his head. The crowd fell silent. Once again, human and dwarf eyed each other suspiciously.

 ドワーフは台の上に這いあがると、剣の柄と斧の持ち手とをつかみ、勝ち誇ったように高々と頭上に掲げた。群衆は静まり返った。ふたたび、人間とドワーフは疑わしそうな目で互いを見つめている。

This is it! Caramon thought. How much of Flint did I see in you Reghar? How much of Riverwind in you, Darknight? So much depends on this!

 これなのだ! キャラモンは思った。あなたのなかにどれほどフリントの面影があることか、レガールよ。あなたのなかにどれほどリヴァーウィンドの面影があることか、ダークナイトよ。このゲームには多大な成果がかかっているのだ!

Reghar looked down through the hole at the stern face of the Plainsman, “This axe, which must have been forged by Reorx himself, I owe to you, Plainsman. I will be honored to fight by your side. And, if you’re going to fight with me, you need a decent weapon!”

 レガールは穴をとおして平原人の長のいかめしい顔を見おろした。「レオルクスご自身の手で鍛えられたにちがいないこの斧を手に入れることができたのはそなたのおかげだ、平原人よ。慎んでそなたと同じ側で戦う名誉を担おうぞ。そして、そなたがわしとともに戦うというのなら、りっぱな武器が必要となるな!」

Amid cheers from the entire camp, he handled the great, gleaming sword down through the hole to Darknight.

 天幕じゅうにわきおこる喝采のなかで、レガールはきらめくりっぱな剣を穴から降ろし、ダークナイトに手わたした。

***

 キャラモン将軍のお見事な手腕。ソレースに鍛冶屋が戻ってくる前、真似事をしていた経験も活きましたか。

2016年6月20日月曜日

伝説4巻p80〜《賛辞》

WAR OF THE TWINS p261
“Reghar Fireforge and party,”

“Not a word!”
“But he--he looks...and the name!”
“Of course,”
“this is Flint’s grandfather.”

伝説4巻p80
「何も言うんじゃありませんよ!」
「だがあれ――あの顔は……それに名前も!」
「もちろんですよ。あれはフリントの祖父なんだから」

Flint’s grandfather! Flint Fireforge--his old friend. The old dwarf who had died in Tanis’s arms at Godshome, the old dwarf--so gruff and irascible, yet so tender-hearted, the dwarf who had seemed ancient to Caramon. He had not even beenborn yet! This is his grandfather.

 フリントの祖父!フリント・ファイアーフォージ――旧友である。<神宿り>でタニスの腕に抱かれて死んだ老ドワーフ。ぶっきらぼうですぐ怒るが、非常にやさしい心をもった老ドワーフ。キャラモンからすると、ひどく年老いて見えたドワーフ。だがフリントはまだ生まれてもいない! ここにいるのはかれの祖父なのだ。

The tent tilted before Caramon’s eyes. He was more than half afraid he might be sick. Fortunately, Raistlin saw the pallor of his brother’s face. Knowing intuitively what his twin’s brain was trying to assimilate, the mage rose to his feet and, moving gracefully in front of his momentarily befuddled brother, spoke suitable words of welcome to the dwarves.

 キャラモンの目の前で、幕屋がぐらりと傾いた。今にも吐きそうな気がしてきた。さいわい、レイストリンが兄の顔が蒼白になったことに気づいた。双子の片割れの脳みそが何を理解しようとしているのかを敏感に察して、魔法使いは立ちあがった。困惑している兄の前に優雅な仕草で進み出て、ドワーフたちに的を射た歓迎の言葉を述べる。

“You’re a big one, ain’t you?” he said. Snorting, he shook his head dubiously. “I mistrust there’s more muscle in your head than brain.”

「ずいぶん大男じゃの?」レガールは鼻を鳴らし、うさんくさそうに首を振った。
「おまえさんの頭のなかは脳みそよりも筋肉のほうが多いんじゃないかね」

“My brother has an excellent mind for military matters,” the mage said coldly and unexpectedly. “When we left Palanthas, there were but three of us.”

「わが兄の頭は軍事には非常に長けております」魔法使いは冷ややかに、思いがけないことを言った。「パランサスを出てきたときには、われわれはたったの三人でした」

It is due to General Caramon’s skill and quick thinking that we are able to bring this mighty army to your shores. I think you would find it well to accept his leadership.”

「あなたがたの土地にこの強力な大軍を連れてくることができたのは、ひとえにキャラモン将軍の手腕と頭の回転の速さのおかげなのです。将軍の統率力はあなたがたにもじきにのみこめることと思います」

Overwhelmed and astounded by his brother’s unaccustomed praise, Caramon couldn’t answer. But he managed to nod.

 キャラモンは弟のいつにない賛辞に仰天し、気押されて、返事ができないでいた。だがどうにかうなずいて見せた。

The dwarf snorted again, but there was a glint of grudging admiration in his eyes as he clanked and rattled his way out of the tent.

 ドワーフはまたもや鼻を鳴らした。しかし、鎧をがちゃがちゃいわせて幕屋を出ていくかれの目には、不承不承ながらも賛辞の色がきらめいていた。

***

 後にも先にもこれっきりでしょうか、レイストリンのキャラモンへの手放しの賛辞。それも頭の出来に関して。立場、なりゆき上、これくらいは言ってくれて当たり前なのに、驚きと嬉しさのあまりフリーズしそうになるキャラモンが不憫です。


“I--I just want to say...thank you.” Caramon swallowed, then continued huskily. “For what you said. You--you never said...anything like that about me...before.”

「その――ちょっと言いたかったんだ……ありがとう」キャラモンはごくりと唾をのみ、かすれた声で続けた。「口添えしてくれてな。おまえは――いままでけっして……おれのことをあんなに言ってくれたことはなかった」

“It is only the simple truth, my brother,”

“We are twins after all,” the mage added sardonically, “I did not think we could be so unlike as you had convinced yourself.”

「ぼくはただ真実を述べただけだよ、兄さん」

「結局ぼくらは双子なんだから」魔法使いは皮肉っぽく言い添えた。「兄さんが自分で思ってるほど、ぼくらは似てないわけじゃないと思うよ」

“You are doing this for yourself, I know that. But--I think, somewhere, some part of you cares, just a a little.”

「おまえはこれを自分のためにやっているんだ。だが――おまえのどこか、おまえの一部に、ほんの少しだけおれのことを気にかけてくれている部分があると思う」

Withdrawing his arm from his brother’s grasp, the mage stalked to the entrance to the tent. Here he hesitated. Half-turning his hooded head, he spoke in a a low voice, his words exasperated, yet tinged with a certain sadness.

 兄の手から腕を引き抜き、魔法使いは大股で幕屋の入り口に歩いていった。そこでためらった。フードをかぶった頭を少しこちらに向け、低い声でしゃべりだす。言葉はいらだたしげだったが、いくぶん悲しみが漂っていた。

“You never did understand me, Caramon.”

「兄さんはいままで、ぼくを理解してくれたことはないんだよ」

***

“It’s just that I don’t understand--“
“Nor will you,”
“Ever.” 
「おれはその、ただ、おれにはわからんと言いたかっただけで――」
「兄さんにはわかるもんか」
「永遠に」
これまでわからなかったように、今わからないように、これから先も、永遠に、わかるはずがない――本当にそうでしょうか?

2016年6月19日日曜日

伝説4巻p66〜《掟》

WAR OF THE TWINS p252
the captain was an older man, not a Knight but a mercenary of thirty years’ experience. His face was seamed with scars, he was missing part of his left hand from a slashing sword blow, and he walked with a pronounced limp.

伝説4巻p66
 隊長は年配の男で、騎士ではないが傭兵歴三十年の猛者だった。顔には縫い傷があり、左手の一部は剣に切り落とされてなくなっている。歩くときは片足をひどく引きずっていた。

The old mercenary said just two words: “The wizard.”

 老傭兵はひとこと、言った。「あの魔術師です」

Instead, he saw one young man standing guard and Lady Crysania pacing in front of the closed tent flap.

 だが、かれが目にしたのは、じっと立っている衛兵の若者と閉じた垂れ幕の前を行きつ戻りつしているレディ・クリサニアだけだった。

“Michael, isn’t it?”
“Yes, general,” the young Knight said. Drawing himself up straight, he attempted a salute. But it was a feeble attempt. The young man’s face was pale and haggard, his eyes red-rimmed. He was clearly about to drop from exhaustion, but he held his spear before him, grimly barring the way into the tent.

「マイケル、だったな?」
「はい、将軍」若き騎士は答え、きりっと直立して敬礼しようとした。だが体がいうことをきかなかった。若者の顔はげっそりとやつれて青く、目は充血している。今にも疲労のあまり倒れそうだったが、前に槍を構えて幕屋への入り口を頑強にふさいでいる。

“The Code and the Measure.”

「<掟>と<典範>か」

Michael would stand at his post until he dropped and then, when he awoke to find he had failed, he’d kill himself. There had to be some way around this--around him!

 マイケルは倒れるまでいまいる場所に立っているだろう。そして目覚めて自分が失敗したことを知ったら、自害するにちがいない。そうなる以外に何か方法があるはずだ――ほかに方法が!

And then as he thought about Sturm, suddenly he could see the Knight’s face once again, so clearly that he marveled. But it was not as he had seen it in life--stern, noble, cold. And then Caramon knew--he was seeing Sturm’s face in death!

 それからスタームのことを考えていると、不意にかの騎士の顔が浮かんできた。ぎょっとするほどはっきりと見えた。だがそれは生前の顔――厳格で冷ややかながらも気高い顔――とはちがっている。そのときキャラモンは察した――いま見ているのはスタームの死顔なのだ!

Marks of terrible suffering and pain had smoothed away the harsh lines of pride and inflexibility. There was compassion and understanding in the dark, haunted eyes and--it seemed to Caramon--that the Knight smiled on him sadly.

 恐ろしい苦悶に歪んだ面からは誇りと厳格さだけの深い皴が消えさっていた。暗いうつろな目には憐れみと理解が浮かんでいる。キャラモンには、騎士が悲しげに微笑みかけているように見えた。

“Michael,” Caramon said, keeping his hands raised, “I had a friend once, a Knight of Solamnia. He--he’s dead now.”

「マイケル」両手をあげたまま、キャラモンは言った。「おれにはかつて、一人の友がいた。ソラムニアの騎士だ。いまは――もう死んでしまった」

“But, at the end, he found out there was something more important than the Code and the Measure, something that the Code and the Measure had forgotten.”

「だがついに、かれは<掟>と<典範>以上に大切なものがあることをさとったよ。<掟>と<典範>が忘れ去っているものがあることをな」

Michael’s face hardened stubbornly. He gripped his spear tighter.
“Life itself,” Caramon said quietly.

 マイケルの顔は頑なにこわばった。騎士は槍をさらに強く握りしめた。
「それは生命そのものなのだ」キャラモンは静かに言った。

He saw a flicker in the Knight’s red-rimmed eyes, a flicker that was drowned by a shimmer of tears. Angrily, Michael blinked them away, the look of firm resolution returning, though--it seemed to Caramon--it was now mingled with a look of desperation.

 騎士の充血した目にゆらぎが見えた。そのゆらぎは涙のきらめきにのみこまれた。マイケルは怒ったように目をしばたたいて涙を押しもどした。不屈の決意の表情が戻ってきたが、それは――キャラモンの目には――死にものぐるいの表情とない混ざって見えた。

Caramon caught hold of that desperation, driving his words home as if they were the point of a sword seeking his enemy’s heart. “Life, Michael.”

 キャラモンはすかさずそこを捉え、剣のきっ先で敵の心臓を探すかのように言葉を打ちこんだ。「それは生命だ、マイケル」

“It’s what the Code and the Measure were designed to protect, but something along the line that got all twisted around and the Code and the Measure became more important than life.”

「<掟>と<典範>はもともとそれを守ろうとしてつくられたものだった。だが長年のあいだにすっかりねじくれてしまい、生命そのものよりも大切になってしまった」

“I must go to him. Let me pass, Michael. There is nothing dishonorable in that.”

「おれは弟のもとに行かねばならん。通してくれ、マイケル。そうしても不名誉なことは何もないのだ」

Michael stood stiffly, his eyes straight ahead. And then, his face crumpled. His shoulders slumped, and the spear fell from his nerveless hand. reaching out, Caramon caught the young man in his big arms and held him.

 マイケルはまっすぐ前方に目をすえ、身をこわばらせて立っていた。が、やがて、顔が歪んだ。がっくりと肩が落ち、力の抜けた手から槍が落ちた。キャラモンは腕をのばして太い両腕に若者を抱きとめ、抱きしめた。

***

 戦記4巻、大司教の塔でのスタームの名台詞

“To the Abyss with the Measure!”
「<典範>など奈落へ落ちろ!」

 がありありと思い出されます。そしてつい出来心でbing自動翻訳をクリックしてしまい、迷訳「奈落の底へとメジャー!」が表示された時の衝撃も。ちょっとこれは忘れられそうにありません。ごめんスターム。

2016年6月18日土曜日

伝説4巻p52〜《守護者》

WAR OF THE TWINS p243
“Ta-tum, ta-tum,” Bertrem sang in a thin, off-key voice, pitched low so as not to disturb the echoes of the vast, vaulted halls of the Great Library.

伝説4巻p52
「タ、タン、タ、タン」ごくごく小さな調子っぱずれの声は大図書館の広大な丸天井に反響しないようにひどく低められていた。

***

「戦記」では死にかけのレイストリンを拾ったり、「伝説」開幕ではクリサニアの発言に驚かされたりといろんな目に遭わされている、文人代表バートレム氏。こんな出会いですが、序曲「レイストリンと兄」ではレイストリンの業績を世に著わすべく、ダラマールと文通したりしてます。


“My name is Dalamar. I serve--“
“Raistlin Majere!” Bertrem gasped.

「わたしの名前はダラマール。わたしは――」
「レイストリン・マジェーレに仕える者だな!」バートレムは息をのんだ。

Dalamar smiled. The elven features were delicate, handsome. But there was a cold, single-minded purposefulness about them that chilled Bertrem.

 ダラマールは笑みを浮かべた。繊細なエルフの面立は美しく整っている。だがその顔にあらわれた、目的のためならなんでもしそうな冷たい表情に、バートレムは戦慄を覚えた。

“Here is what you want”--Astinus gestured--“the Dwarfgate Wars.”
“All these?”

「そなたの探しているものはここだ」――アスティヌスは身振りで示した――「<ドワーフゲイト戦争>についてのものは」
「これ全部ですか?」

“Perhaps I can help,”
“Take this with you. Give him the information he seeks. And tell him this--‘The wind blows. The footsteps in the sand will be erased, but only after he has trod them.’”

「手伝ってもよろしかろうな」
「これを持ってゆくがいい。レイストリンが求めている情報が得られるだろう。それからこう伝えなさい――『風が吹く。砂の上の足跡は消される。だがそれは、かの者が踏みつけてからだ』」

“What Astinus gave me is his own commentary on the Dwarfgate Wars, Shalafi.”

「アスティヌスがわたしにくれたのは、かれ自身が記した<ドワーフゲイト戦争>についての注釈書です、シャラーフィさま」

Astinus would know what I need. Proceed.

(アスティヌスはぼくが求めているものを知っているのだ。続けろ)

The undertaking would have been successful!

『その企ては成功していたであろう!』

Raistlin felt a sharp tug on his hands.
“Stop!” he ordered, cursing himself for losing control. But the orb did not obey his command. Too late, Raistlin realized he was being drawn inside....

 レイストリンは両手が鋭く引っぱられるのを感じた。
「やめろ!」思わず自制を失ってしまったことをいまいましく思いながら命じる。
 だがオーブは命令には従わなかった。遅すぎた――オーブの中に引きずりこまれながら、レイストリンはさとった――

Desperately, Raistlin struggled to pull away, to break the grip that seemed so gentle yet was stronger than the bonds of his life force. Deep he delved into his soul, searching the hidden parts--

 レイストリンは死にものぐるいで離れようともがいた。この上なくやさしく見えて、その実かれの生命への執着力以上に強力な手を振りほどこうと、かれは心の奥深くをかきまわし、秘められた部分を探した――

--but for what, he little knew. Some part of him, somewhere, existed that would save him....

――だが探しているものが何かはほとんどわからなかった。かれの内のある部分に、どこかに、かれを救うものがあるのだ……

An image of lovely white-robed cleric wearing the medallion of Paladine emerged. She shone in the darkness and, for a moment, the hands’ grasp loosened--but only for a moment. Raistlin heard a women’s sultry laughter. the vision shattered.

 パラダインのメダリオンをつけた白いローブをまとう美しい僧侶の姿が浮かんできた。闇のなかでその姿が光り輝き、つかのま手の力がゆるんだ――が、それはほんの一瞬にすぎなかった。官能的な女の笑い声が響き、僧侶の姿は砕け散った。

“My brother!” Raistlin called through parched lips, and an image of Caramon came forward. Dressed in golden armor, his sword flashing in his hands, he stood in front of his twin, guarding him. But the warrior had not taken a step before he was cut down--from behind.

「兄さん!」乾いてひび割れた唇で、レイストリンは呼んだ。キャラモンの姿があらわれた。金色の鎧を着て輝く剣を両手で持っている。兄は双子の弟の前に立ちはだかり、守ろうとした。だが戦士は足を一歩も踏みださないうちに切り倒されてしまった――背後から。

Raistlin’s head slumped forward, he was rapidly losing strength and consciousness. And then, unbidden, from the innermost recesses of his soul, came a lone figure. It was not robed in white, it carried no gleaming sword. It was small and grubby and its face was streaked with tears.

 レイストリンの頭ががっくりと前に垂れた。体力と意識が急速に失われてゆく。そのとき、魂のもっとも奥の部分からひとりでに、ひとつの姿が浮かんできた。白いローブを着てもおらず、輝く剣を持ってもいない。小さく汚らしい姿で顔には涙のすじがついている。

In its hand it held only a dead...very dead...rat.

 その手に握られているのは一匹の死んだ……完膚なきまでに死んだ……ネズミだった。

2016年6月17日金曜日

伝説4巻p46〜《合意》

WAR OF THE TWINS p240
“And what is it you will do, if he succeeds in entering the portal?” Kitiara’s hands rested lightly on Dalamar’s chest, where her half-brother had left his terrible mark.

伝説4巻p46
「で、もしレイストリンがうまく<扉>にはいりおおせたら、おまえは何をするつもりなのだ?」キティアラの両手がダラマールの胸に軽くふれた。異父弟のつけた恐ろしい印のあるところに。

Her eyes, looking into the elf’s, were luminous with passion that almost, but not quite, hid her calculating mind.

 エルフの目をのぞきこむキティアラの目は熱っぽく輝き、計算高い本心はほとんど――だが完璧ではない――隠されていた。

“I am to block the Portal so that he cannot come through.” His hand traced her crooked, curving lips.

「あの方が通れぬように<扉>を封鎖します」エルフの手がキティアラのにんまりと歪んだ唇をなぞる。

“I could help you,” Kitiara said with a sigh, moving her fingers over Dalamar’s chest and up over his shoulders, kneading her hands into his flesh like a cat’s paws. Almost convulsively, Dalamar’s hands tightened around her, drawing her nearer still.

「わたしが手伝ってやろう」ため息まじりに言い、キティアラは指先をダラマールの胸から両肩へと這わせていった。そして両手で猫の前足のようにエルフの筋肉を軽くなでる。とっさにダラマールの両手が彼女にまわされ、さらに間近に引き寄せた。

“I could help,” Kitiara repeated in a fierce whisper. “You cannot fight him alone.”

「わたしが手伝ってやろう」熱いささやきがくりかえされた。「おまえ一人で闘うのは無理だ」

“Ah, my dear,”--Dalamar regarded her with a wry, sardonic smile--“who would you help--me or him?”

「それはどうも」――拗ねた表情を浮かべて、ダラマールは彼女を見つめた――「どなたをお手伝いになるのですかな――わたしか、それともあの方か?」

***

“convulsively”「とっさに」ですが、”convulse”は「けいれん」「ひきつけ」そして「身悶え」、”convulsive”で「発作的な」だったりします。
 そして繰り返される「わたしが手伝ってやろう」。二度目は”I could help,”と、目的語が消えてます。問わせたい、確認させたいんですねダラマールの口から。とどめの一言を繰り出すために。


“Now that,” said Kitiara slipping her hands beneath the tear in the fabric of the dark elf’s black robes, “would depend entirely upon who’s winning!”

「それは」キティアラの両手が黒エルフの黒いローブの破れ目からなかにもぐりこむ。
「どちらが勝つかにかかっているだろうな!」

Dalamar’s smile broadened, his lips brushed her chin. He whispered into her ear, “Just so we understand each, lord.”

 ダラマールの笑みがいっそう広がり、唇がキティアラの頬を軽くかすめる。かれは女卿の耳もとでささやいた。「ではお互いに了解をとりつけましたな、女卿どの」

“There is something I would ask. Something I have long been curious about. What do magic-users wear beneath their robes, dark elf?”

「ひとつ聞きたいことがある。前々から知りたいと思っていたことだが、魔法使いというものはローブの下に何を身につけているのかな。黒エルフよ?」

“Very little,” Dalamar murmured. “And what do warrior woman wear beneath their armor?”
“Nothing.”

「ほとんど何も」ダラマールはささやいた。「では、女戦士は鎧の下に何を身につけておられるのですかな?」
「まったく何も」

***

「素肌にじかに鎧なんて着るわけないでしょう、それも女戦士が!」とぷりぷり怒りながら文句つけていた初読時の自分のお子ちゃまぶりを思い出して苦笑しております。この会話の後に「じゃあ、本当にそのとおりか確かめてみる?」と続くのが読めなかったのです。大人にはなってみるものだ、うん。


She would betray him, he had no doubt that. And she knew he would destroy her in a second, if necessary, to succeed in his purpose. Neither found the knowledge bitter. Indeed, it added an odd spice to their lovemaking.

 キティアラは裏切るだろう。それは確信できた。そして彼女の方も、ダラマールが目的を達成した暁には、必要とあらば一瞬で自分を滅ぼすだろうとわかっている。どちらもそれを知りながらひどいとは思っていない。それどころか情を交わす営みに奇妙な興趣が加わったくらいだ。

Dalamar!
The voice again, this time unmistakable.

Shalafi, I hear you,”

(ダラマール!)
 ふたたび声がした。今度はまちがいない。

「シャラーフィさま、聞いております」

I have an assignment for you.
Act at once. No time must be lost. Every second is precious....

(おまえにひとつ任務を与えよう)
(すぐに行うのだぞ。むだにできる時間はいっさいないのだから。一秒一秒がこの上なく貴重なのだ……)

Outside the gates of Old City, bonfires burned, young people exchanged flowers in the light and kisses in the dark. The air was sweet with rejoicing and love and the smell of spring blooming roses.

<旧市街>の門の外にはいくつもの篝火が焚かれ、若者たちが明るいところでは花を捧げあい、暗がりでは口づけを交わしている。歓喜と愛と春咲きの薔薇の香りが空気を甘く彩っていた。

But then Raistlin began speaking and Dalamar headed none of these. He forgot Kitiara. He forgot love. He forgot springtime. Listening, questioning, understanding, his entire body tingled with the voice of his Shalafi.

 だが、レイストリンがしゃべりはじめると、ダラマールの意識からはすべてが消え去った。キティアラのことも、情愛も、今が春だということも。かれは全身を緊張させてシャラーフィさまの声に耳を傾け、質問をはさみ、言われたことを理解しようとした。

***

 クリサニアの件で怒った双子の兄に浴びせられた罵声の数々、そっくりそのまま弟子に投げつけてやっていいですよシャラーフィさま。え、それどころではない?失礼しました。実は、この展開もすっかり予想済みだったとしたら怖いなあ。姉上が弟子に関心を抱いているのに気がついていたばかりか、「ぼくの姉を与えてやってもいい」とまでのたまってましたからね。誰かどうにかしてください。

2016年6月16日木曜日

伝説4巻p31〜《訪問》

WAR OF THE TWINS p232
But there were times, particularly in the spring, when his elven soul longed for the woodland home he had left forever.

伝説4巻p31
 だが時おり――特に春――かれのエルフの魂が、今生の別れを告げてきた故郷の森林に焦がれるのを感じることがあった。

A dark elf--one who is cast from the light. Such was Dalamar to his people.

 黒エルフ――光から放逐された者。それが、自らの種族に対するダラマールの立場だった。

Deprived of his sight, Dalamar’s last memories of Silvanesti were the smells of aspen trees, blooming flowers, rich loam. it had been spring then, too, he recalled.

 目隠しをされていたせいで、ダラマールがもつシルヴァネスティの最後の思い出はポプラの木々の香り、花々や豊かな土壌の匂いだった。あのときもやはり春だった――それが思い出される。

Would he go back if he could?

 もしも戻れるなら自分は戻っていくだろうか?

Dalamar stared out the window with a grim, twisted smile, reminiscent of Raistlin, the Shalafi. Almost unwillingly, Dalamar’s gaze went from the peaceful, starlit night sky back indoors, to the rows and rows of nightblue-bound spellbooks that lined the walls of the library.

 レイストリン――シャラーフィさま――を思わせる苦い歪んだ笑みを浮かべて、ダラマールは窓の外を見やった。やがて視線はしぶしぶながら、穏やかな星の輝く夜空から室内へと向けられ、書斎の四面の壁にぎっしりと何列にもなって並ぶ夜藍色の呪文書をなぞっていった。

No, he would never return. Never leave....

 いや、帰ることはないだろう。ここを去ることは絶対にない……

But Kitiara was, in another respect, different from most warriors--the main reason she had outlived all who opposed. her. She was skilled at assessing her opponents.

 だが、また別の点では、キティアラはたいていの戦士とはちがっていた――それが、彼女がすべての敵よりも長く生き永らえてきた理由でもある。彼女は敵の力量を正確に見ぬく目をもっていたのだ。

One look at Dalamar’s cool eyes and composed stature--in the face of her anger--and Kitiara wondered if she might not have encountered a foe worthy of her.

 彼女はダラマールの冷ややかな眼差しと自分の怒りに面しても落ち着きを保っている態度とを見てとり、自分に匹敵するほどの敵に出あったのではないかと考えた。

“Forgive me, Dalamar--that’s your name, isn’t it?”
“That damned Grove unnerves me. You are right. I should have notified my brother I was coming, but I acted on impulse.”
“I...often act on impulse.”

「許せ、ダラマールよ――そういう名だったな?」
「いまいましい原林のせいで気がたっていた。おまえの言うとおりだ。ひとことくると弟に知らせておけばよかった。だが急に思いたったものでな」
「わたしは――衝動的に行動することがよくあるのだ」

“Remove your glove, lord.”

「手袋をおとりなさい、女卿どの」

Shrugging, Kitiara jerked one by one at the fingers of the leather glove, baring her hand.
“There,”
“you see that I hold no concealed weapon.”

 肩をすくめ、キティアラは指を一本、また一本と革手袋から抜き、手をあらわにした。
「ほら」
「見てのとおり、武器は隠しもってはいないぞ」

“Oh, I already knew that,” Dalamar replied, now taking the hand in his own. His eyes still on hers, the dark elf drew her hand up to his lips and kissed it lingeringly. “Would you have had me deny myself this pleasure?”

「そのことなら、とっくにわかっていましたよ」その素手を握りながら、ダラマールは言った。キティアラの目をひたと見すえながら、黒エルフは剥きだしの手を引きよせ、慈しむように接吻した。「わたしにこの喜びを味わせまいというおつもりだったのですか?」

Slipping her hand from his grasp, Kitiara put it behind her back with a playful female gesture that contrasted oddly with her armor and her manlike, warrior stance. it was a gesture designed to attract and confuse, and she saw from the elf’s slightly flushed features that it had succeeded.

 キティアラは黒エルフの手から自分の手を引き抜き、背中にまわした。着ている鎧や戦士らしい男っぽい態度とは対照的な、はしゃいだ女性の仕草だった。男を惹きつけておいてまごつかせるよう意図された仕草であり、エルフの顔がかすかに赤らんだことからこれがうまくいったことが見てとれた。

“There are matters I should explain to you,”
“This way take some time. At least let us be comfortable. Will you come to my chambers?”

「お話ししなければならないことはいろいろあります」
「時間がかかりますよ。もう少し居心地のいいところに行きませんか。わたしの私室というのはいかがでしょう?」

He extended his arm. Kitiara hesitated, then laid her hand upon his forearm. Catching hold of her around her waist, he pulled her close to his body.

 ダラマールは腕をさしだした。キティアラはためらったが、黒エルフの腕をとった。ダラマールは彼女の腰に手をまわし、女卿を引き寄せた。

“In order for the spell to transport us,”
“I’m quite capable of walking,”
“I have little use for magic!”

「移動の呪文のためです」
「わたしには足があるのだぞ」
「魔法など必要ないわ!」

“Very well,” Dalamar shrugged and suddenly vanished.
“Up the spiral staircase, lord. After the five hundred and thirty-ninth step, turn left.”

「ではどうぞ」ダラマールは肩をすくめ、忽然と消え失せた。

「螺旋階段をのぼっていらっしゃい、女卿どの。五三九段でつきますよ」

***

 レイストリンとクリサニアがまごまごしてる一方、こちらは百戦錬磨同士の対決ですよ。ダラマールが一歩リードしてるように見えるのは自分のホームだからですね。五百三十九段とかって、パランサスの塔は何階建てなんでしょうか。レイストリンの部屋はもっと上の階でしょうし、前に来た時はレイストリンの移動の呪文に乗ったのではないですかね。その前のクリサニア訪問時にも特にコメントはないですし…ダラマール、呪文のためといいながらしっかり役得を狙ってるのは明らか。まったく師匠が大変な時にこの弟子は!(次回も大荒れの模様です)

2016年6月15日水曜日

伝説4巻p20〜《騎士》

WAR OF THE TWINS p224
Raistlin took a step nearer the guard. Casting his hood back slightly from his face, he let the light of red moon strike his eyes.

伝説4巻p20
 レイストリンは一歩衛兵に近よった。フードをうしろに少しずらして顔を見せ、赤い月の光が目にあたるようにする。

Raistlin felt the man’s body stiffen. He saw the reaction and smiled again. Raising a slender hand, he laid it upon the guard’s armored chest.

 レイストリンは男の体がこわばるのを感じた。その反応にもう一度微笑む。それからほっそりした手をあげ、衛兵の鎧をつけた胸に置いた。

 “No one is to enter my tent for any reason,” the archmage repeated in the soft, sibilant whisper he knew how to use so effectively.

「どんな理由があっても、誰もぼくの幕屋にいれるんじゃない」大魔法使いは低い、歯をこすりあわせるような声でささやいた。かれはその効果をよく心得ていた。

“I--I understand, my lord,” Michael stammered.

“You are--or were--a Knight of Solamnia?”

「り――了解しました、閣下」

「おまえ――ソラムニア騎士なのか? いまでなくとも昔に?」

Michael seemed uncomfortable, his gaze wavered. His mouth opened, but Raistlin shook his head. “Never mind. You do not have to tell me. Though you have shaved your mustaches, I can tell it by your face. I knew a Knight once, you see.”

 マイケルは困ったような顔をして視線をずらせた。そして口を開いたが、レイストリンはかぶりを振った。「気にするな。答える必要はない。口髭は剃っていても、顔つきでそれとわかる。昔、ある騎士を知っていたんだ」

“I swear, by the Code and...the Measure...” Michael whispered.

「誓います、<掟>と……<典範>にかけて……」マイケルはつぶやいた。

“Sir Knight,” he whispered.
Michael turned.

「騎士どの」魔法使いは小声で言った。
 マイケルは振り返った。

“If anyone enters this tent,” the mage said in a gentle, pleasant voice, “and disturbs my spellcasting and--if I survive--I will expect to find nothing but your corpse upon the ground. That is the only excuse I will accept for failure.”

「もし誰かこの幕屋に入ってきて」魔法使いはやさしげな声で楽しそうに言った。
「呪文の邪魔をしたら、あとでぼくは――もし生きていたら――おまえの死骸がそこに横たわっているのを見つけることになるだろうな。失敗の言い訳はそれしか認めないからな」

“Yes, my lord,” Michael said, more firmly, though he kept his voice low. “Est Sularas oth Mithas. My Honor is My Life.”

「はい、閣下」マイケルはいちだんとはっきり言ったが、声は低いままだった。「エスト・スラールス・オス・ミサス。わが名誉はわが命」

“Yes,” Raistlin shrugged. “So it generally ends.”

「そうだな」レイストリンは肩をすくめた。「命はたいてい終わるものだ」

***

 マイケルの中にあの騎士の面影を見てとるレイストリン。ちょっといじめ過ぎじゃあないですか?気持ちはわかるけど(笑)
 英名「マイケル」の由来は大天使ミカエルだと知った時は驚きましたが、綴りはミカエルそのものですね。仏ミシェル、独ミヒャエル、露ミハイル、西ミゲル、伊ミケーレ。


His gaze passed quickly over all the items, including one slim, well-worn book that might have made the casual observer pause and stare, wondering that such a mundane item was kept with objects of arcane value.

 魔法使いはさっと中身を一瞥した。そこには一冊の薄い、すりきれた本も混ざっていた。ふと目にした者がいればこれに目を止め、じっと見つめて、凡人には不可解な値打ちをもつ品々の中に、どうしてこんなありふれたものがあるのかといぶかることだろう。

The title--written in flamboyant letters to attract the attention of the buyer--was Sleight-of-Hand techniques Designed to Amaze and Delight! Below that was written Astound Your Friends! Trick the Gullible! There might have been more but the rest had been worn away long ago by young, eager, loving hands.

 本の題名は――購買客の目を惹くよう、派手はでしい飾り文字で書かれていた――『これはびっくり、拍手喝采の手品の数々!』その下には、『友達をびっくりさせよう! のろまなやつをひっかけよう!』ほかにも書かれていたようだが、熱心に愛読した少年の手によってとうの昔にすりきれてしまっている。

Ast bilak moiparalan/Suh akvlar tantangusar.”

「アスト・ビラク・モイパラーラン/スー・アクヴラール・タンタングサール」

“I am your master still. I was the one who rescued you from Silvanesti and Lorac, the mad elven king. I was the one who carried you safely from the Blood Sea of Istar.”

「おまえの主人はまだこのぼくだ。シルヴァネスティとロラック――あの狂ったエルフの王――からおまえを救いだしてやったのはこのぼくなのだぞ。<イスタルの鮮血海>から無事におまえを持ちだしてやったのもこのぼくだ」

“I am Rai--“ he hesitated, swallowed the suddenly bitter taste in his mouth, then said through clenched teeth, ”I am...Fistandantilus--Masnter of Past and of Present--and I command you to obey me!”

「ぼくはレイ――」魔法使いはためらった。口のなかに不意にわいてきた苦い味をのみくだし、歯ぎしりしながら言い直す。「ぼくは……フィスタンダンティラス――過去と現在の主――だ。汝がぼくに従うよう命ずる!」

We obey, master.

“Very well,” he said, keeping his voice stern, a parent speaking to a chastened child(but what a dangerous child! hi thought).

(従おう、主人どの)

「それでいい」いかめしい声を保ち、レイストリンは罰を受けた子どもにいいきかせる親のようにしゃべった(だが、なんと危険な子どもだろう!)

“I must contact my apprentice in the Tower of High Sorcery in Palanthas. Heed my command. Carry my voice through the ethers of time. Bring my words to Dalamar.”

「ぼくはパランサスの<上位魔法の塔>にいる弟子に連絡をとらなければならない。ぼくの命令をよく聞けよ。ぼくの声を時の間隙に送りこめ。ぼくの言葉をダラマールにとどけるのだ」

Speak the words, master. he shall hear them as he hears the beating of his own heart, and so shall you hear his response.
Raistlin nodded....

(とどける言葉をしゃべるがよい、主人どの。その者は己れの心臓の鼓動を聞くようにその言葉を聞くだろう。そして同じようにそなたもその返事を得るだろう)
 レイストリンはうなずいた……

2016年6月14日火曜日

伝説4巻p11〜《海》

WAR OF THE TWINS p219
But now, one hundred years after the fiery mountain had struck Krynn, Caergoth was a town in confusion. Once a small farming community in the middle of the Solamnic Plain, Caergoth was still struggling with the sudden appearance of a sea at its doorstep.

伝説4巻p11
 だがいま――猛火の山がクリンを直撃してから百年後――ケルゴスの都市はまだ、混乱のさなかにあった。かつてはソラムニア平原のただなかの小さな農村だったケルゴスは、いきなり門口に出現した海を相手に四苦八苦しているところだった。

Caramon thought--incongruously--of Tarsis. The Cataclysm had robbed that town of its sea, leaving its boats stranded upon the sands like dying sea birds, while here, in Caergoth, New Sea lapped on what was once plowed ground.

 キャラモンは――全然状況はちがっていたが――タルシスを思い浮かべた。<大変動>のおかげでタルシスの町からは海が消え失せ、たくさんの船が死にゆく海鳥のように砂の上に取り残されていた。いっぽうこのケルゴスでは、きれいに耕されていた土地の上に<新海>がひたひたと波を打ち寄せている。

Caramon thought with longing of those stranded ships in Tarsis.

 タルシスに置き去りにされていたたくさんの船がここにあれば、そうキャラモンは思った。

***

 あの懐かしい「海がない!」のシーンですね。本当に、なんて懐かしい。


The war itself, in fact, was beginning to give Caramon an eerie feeling. piercing together what he had heard Raistlin and Crysania discussing, it suddenly occurred to Caramon that everything he was doing had all been done before.

 実をいうと、この戦争自体がキャラモンに落ち着かない気持ちを抱かせはじめていた。かつて耳にしたレイストリンとクリサニアとの会話を考えあわせると、今自分がやっていることはすべて、以前なされたとおりのことなのだと思いあたったのだ。

The thought was almost as nightmarish to him as to his brother, though for vastly different reasons.
“I feel as though that iron ring I wore round my neck in Istar had been bolted back on.”

 その考えは、キャラモンにとって、理由はまったく異なっていたが、やはり、弟と同じく悪夢にほかならなかった。
「まるで、イスタルで首にはまっていたあの鉄の輪がまた舞いもどってきたみたいな気がするよ」

Day and night, Raistlin pondered his problem. If only he could learn Fistandantilus’s fatal mistake, he might be able to correct it!

 夜昼問わず、レイストリンはある問題を考えつづけていた。フィスタンダンティラスの犯した致命的な過ちがわかりさえすれば、それを正すことができるかもしれない!

And then, just when he had almost given up in despair, the answer came to him....

 だがそのとき――レイストリンが絶望してあきらめようとした矢先に、答えがあらわれた……

2016年6月13日月曜日

伝説3巻p368〜《試練》

WAR OF THE TWINS p211
From the fiery inferno in which he stood, the mage beckoned.

“Come to me, Revered Daughter!” Raistlin’s soft voice touched her through the chaos and she knew she was hearing it in her heart. “Come to me through the flame. Come taste the power of the gods....”

伝説3巻p368
 火炎地獄のただ中から、魔法使いが手招きした。

「こちらにおいでなさい、聖女どの!」炎の海の向こうからレイストリンのやわらかな声が聞こえる。自分は心で聞いているのだと、クリサニアは知った。「炎を超えてぼくのところへおいでなさい。神々の力を味わいに……」

Raistlin’s thin face glistened with sweat, his eyes reflected the pure, white flame of the burning bodies, his breath came fast and shallow.

 レイストリンのやせた顔に汗が光っている。目には炎上する死体の純白の光が映され、呼吸は浅く早かった。

He seemed lost, unaware of his surroundings. And there was a look of ecstasy on his face, a look of exultation, of triumph.

 魔法使いはわれを忘れているようだった。周囲の様子に気づいているふうではない。顔には恍惚とした表情が浮かび、勝ち誇った喜びの色が宿っていた。

“I understand,” Crysania said to herself, holding onto his hands. “I understand. This is why he cannot love me. He has only one love in this life and that is his magic. To this love he will give everything, for this love he will risk everything!”

「わかったわ」クリサニアは一人つぶやき、かれの手を取った。「わかったわ。これが、レイストリンがわたしを愛せない理由なんだわ。かれが愛しているのはただひとつ、それは魔法なのよ。愛する魔法のためなら、かれはすべてを投げうつわ。愛する魔法のためなら、どんな危険も冒すのよ!」

The thought was painful, but it was a pleasant kind of melancholy pain.

 その思いに痛みが走ったものの、そこには一種甘美な憂鬱も存在していた。

Raistlin closed his eyes. Crysania holding onto him, felt the magic drain from him as though his life’s blood were flowing from a wound.

 レイストリンの目が閉じた。クリサニアはレイストリンを抱きとめ、あたかも傷口から生気をもつ血が流れ出てしまうように、レイストリンの体から魔法が引いてゆくのを感じていた。

The rain resumed. Crysania could hear it hiss as it struck the charred remains of the still-smoldering village. Steam rose into the air, flitting among the skeletons of the buildings, drifting down the street like ghosts of the former inhabitants.

 雨が再び降りはじめた。まだいぶっている村の、焼け焦げた残骸を雨が打ち、じゅうじゅうと音をたてるのがクリサニアの耳に聞こえた。あたり一面に蒸気がたち昇り、建物の骨組みのあいだを抜けて通りに漂っている。それは以前の住民の亡霊のようだった。

And in them she saw deep, undying sorrow--the look of one who has been permitted to enter a realm of deadly, perilous beauty and who now finds himself, once more, cast down into the fray, rain-swept world.

 その目の奥深くに、消えることのない悲嘆が見てとれた――一度、死ぬほどに危険な美の王国に入ることを許され、今また灰色の、雨に濡れたこの世に投げだされた者が見せる表情だった。

“He’ll be fine. This always happens.” Caramon’s voice died, then he muttered. “Always happens! What am I saying? I’ve never seen anything like that in my life!”

「大丈夫だ。いつものことさ」キャラモンの声が消えた。それから、大男はつぶやいた。「いつものことだと! いったいおれは何を言ってるんだ? おれは生まれてこのかた、こんなものは見たことなかったぞ!」

“Name of the gods”--he stared at his twin in awe--“I’ve never seen power like that! I didn’t know! I didn’t know....”

「神々の名にかけて」――畏敬の目で双子の片割れを見つめる――「これほどすさまじい力は見たことがない! 知らなかった! おれは知らなかった……」

“In Istar, you faced the trials of wind and water. You came through the trial of darkness within the Tower, and now you have withstood the trial by fire.”

「イスタルでは、あなたは風と水の試練にあいました。<塔>では闇の試練に耐え、今、火の試練をくぐり抜けたのです」

“But one more trial awaits you, Crysania! One more, and you must prepare for it, as must we all.”

「ですがまだあとひとつ、試練が残っています、クリサニア! もうひとつの試練を受ける準備を、あなたはしなければなりません。ぼくたち全員がしなければならないのですが」

“What did Raistlin mean--‘another trial.’ I saw the look on your face when he said it. You know, don’t you? You understand?”

「レイストリンが言ったことはどういう意味なのかしら――『もう一つの試練』といいのは。レイストリンがそう言った時、あなたの顔つきが変わったわ。あなたは知ってるんでしょう? ちゃんとわかったんでしょう?」

“It is an old legend that, before he faced the Queen of Darkness, Huma was tested by the gods. He went through the trial of wind, the trial of fire, the trial of water. And his last test,”

「いにしえの伝説では、ヒューマは<暗黒の女王>と対面する前に神々の試練を受けたと言われている。ヒューマは風の試練、火の試練、水の試練をくぐり抜けた。そして最後に彼が受けた試練は」

Caramon said quietly, “was the trial of blood.”

 キャラモンは静かに言った。「血の試練だった」

***

 あまり本を読まないキャラモンでさえ知っているヒューマの伝説。当然クリサニアも知っているでしょう。もちろん彼女が質問しているのは、キャラモンが答えかねているのは……

 伝説3巻「黒ローブの老魔術師」に26回はまあ通常ペースなんですが、後半「フィスタンダンティラスの軍団」に15回はなかなかの濃さでした。さあて、6巻はこれを超えますかどうか。

2016年6月12日日曜日

伝説3巻p363〜《炎》

WAR OF THE TWINS p208
“I’ll go bring him out and put him with the others,”
“Then I’ll fill in the grave--“

伝説3巻p363
「あの男を運びだしてほかの者たちと一緒に葬ろう」
「それから、墓をちゃんと埋めて――」

“No, my brother,” Raistlin said. “No. This sight will not be hidden in the ground.” He cast back his hood, letting the rain wash over his face as he lifted his gaze to the clouds.

「いや、兄さん」レイストリンが言った。「いいんだ。この光景は地中に埋めて隠さないでおこう」魔法使いはフードをかなぐり捨て、雨が顔を洗うにまかせて垂れ込めた雲をじっと見あげた。

“This sight will flare in the eyes of the gods! The smoke of their destruction will rise to heaven! The sound will resound in their ears!”

「この光景は神々の目にかっと焼きつくことだろう!この者たちの死骸を燃やした煙は天にまで昇っていくだろう!その音は神々の耳に鳴り響くことだろう!」

Caramon, startled at this unusual outburst, turned to look at his twin, Raistlin’s thin face was nearly as gaunt and pale as the corpse’s inside the small house, his voice tense with anger.

 レイストリンのいつにない激昂ぶりに、キャラモンはびっくりして振り返った。その痩せこけた顔は、この小さな家のなかの亡骸と変わらないくらいにげっそりとし、青白かった。声は怒りでこわばっている。

Rastlin’s eyes closed. Lifting his face to the heavens, he raised his arms, palms outward, toward the lowering skies. his lips moved, but--for a moment--they could not hear him.

 レイストリンは目を閉じた。顔を天に向け、てのひらを上にして両腕を広げ、低く垂れ込めた空に向けてさしのべる。唇が動いていた。しばらくのあいだ、二人にはその声が聞こえなかった。

Then, though he did not seem to raise his voice, each could begin to make out words--the spidery language of magic.

 が、やがて、レイストリンが声を大きくしているふうでもないのに、一語一語が聞きとれるようになってきた――蜘蛛の巣のように入り組んだ魔法の言語だ。

He repeated the same words over and over, his soft voice rising and falling in a chant. the words never changed, but the way he spoke them, the inflection of each, varied every time he repeated the phrase.

 魔法使いは同じ言葉を何度も何度もくりかえした。やわらかな声が詠唱にのって上がったり下がったりする。言葉は変わることがなかったが、文句をくりかえすごとにその言い方、抑揚がすべてちがっていた。

Raistlin lifted his hands higher, his voice rising ever so slightly. He paused, then he spoke each word in the chant slowly, firmly. The winds rose, the ground heaved. Caramon had the wild impression that the world was rushing in upon his brother, and he braced his feet, fearful that he, too, would be sucked into Raistlin’s dark vortex.

 レイストリンは両手をさらに高くさしのべ、声をほんのわずか高くした。風が起こり、地面がうねった。全世界が弟に向かって押し寄せようとしている猛々しい印象を、キャラモンは感じた。大男は足をふんばった。自分もまた、レイストリンの黒い渦のなかにのみこまれそうな不安を覚えたからだ。

Raistlin’s fingers stabbed toward the gray, boiling heavens. the energy that he had drawn from ground and air surged through him. Silver lightning flashed from his fingers, striking the clouds.

 レイストリンの指が、灰色にたぎる天を突き刺した。大地と大気から引き寄せられたエネルギーがかれのなかに充満した。指先から銀色の稲妻が迸り、雲を貫いた。

Brilliant, jagged light forked down in answer, touching the small house where the body of the young cleric lay. With a shattering explosion, a ball of blue-white lame engulfed the building.

 それに答えるかのように、まばゆく輝くぎざぎざした光が突き刺すように降りてきて、若い僧侶の亡骸が横たわるあの小さな家に触れた。はじけるような爆発音が轟き、青白い火の玉が家をすっぽりとのみこんだ。

Again, Raistlin spoke and again the silver lightning shot from his fingers. Again another streak of light answered, striking the mage! this time it was Raistlin who was engulfed in red-green flame.

 もう一度、レイストリンは呪文を唱え、もう一度指から銀色の稲妻が迸った。もう一度、それに答えて光の矢が降りてきて、魔法使いを打った!今度は、レイストリンが赤緑の炎にのみこまれた。

Standing amidst the blaze, Raistlin lifted his thin arms higher, and the black robes blew around him as though he were in the center of a violent wind storm.

 レイストリンは火炎のただ中に立ち、ほっそりした両腕を高々とさしあげていた。黒いローブが、まるで哮り狂う嵐の中心にいるかのように激しくはためいていた。

he spoke again. Fiery fingers of flame spread out from him, lighting the darkness, ran through the wet grass, dancing on top of the water as though it were covered with oil. Raistlin stood in the center, the hub of a vast, spoked wheel of flame.

 またもや、レイストリンは呪文を唱えた。炎の指がかれを中心に四方八方に広がってゆき、闇を照らし、濡れそぼった草の上を走っていく。まるで水面が油で覆われているかのように、それは草の上で躍りあがっていた。その中心に立つレイストリンは、さながら、巨大な炎の車輪の軸頭のようだ。

Traveling through the streets, the fire reached the buildings and ignited them with one bursting explosion after another.

 炎は通りという通りを走り抜け、家々に触れて火をつけた。次から次へと爆発の音が起こった。

Purple, red, blue, and green, the magical fire blazed upward, lighting the heavens, taking the place of the cloud-shrouded sun.

 紫、赤、青、緑。魔法の炎が空に向かって燃えあがり、雲に隠されてしまった太陽のかわりに天を明るく照らした。

Raistlin spoke again, one last time. With a burst of pure, white light, fire leaped down from the heavens, consuming the bodies in the mass grave.

 レイストリンはもう一度呪文を唱えた。それが最後だった。混じり気のない白色光が炸裂し、天からくだってきた火は巨大な墓穴の死骸たちをのみこんだ。

***

 蜘蛛の巣のように入り組んだ魔法の詠唱、村を焼き尽くす怒りの炎。『ドラゴンランス』全編を通じて、二番目に華々しく印象的な場面だと思っています(一番は意外なことに、レイストリンの場面ではありません。総合点でいったらもちろんレイストリンの圧勝なんですが。ご紹介するのはまだ遠い先の話です)。

『そなたの弟は神になろうとしている』

 初出時にはあまりにも大それていて、なんだか人間離れしていて、理解の範疇を超えていた望みでした。それが、切れば血が出る生身の人間の思いとして鮮やかに叫ばれたのがここです。

“This sight will flare in the eyes of the gods! The smoke of their destruction will rise to heaven! The sound will resound in their ears!”

「この光景は神々の目にかっと焼きつくことだろう!この者たちの死骸を燃やした煙は天にまで昇っていくだろう!その音は神々の耳に鳴り響くことだろう!」

《奈落》の暗黒の女王のみならず、天(heaven)にましますすべての神々に対する怒りに満ちた挑戦、宣戦布告。己らの無力さをしかと嚙みしめろとばかりに。大気が、大地が、世界の力の全てがかれの元に集い、魔法の炎は太陽に代わって曇天を照らします。

 かれには本当にそれができたのです。神々に取ってかわることが。ただ、最後にそうしないことを選んだだけで。

 ついでながら、二年前の全編再読時にあげた感想文でも曝しておきましょう。今でもこの気持ちは変わりません。

http://bookmeter.com/b/482914145X

2016年6月11日土曜日

伝説3巻p355〜《受難》

WAR OF THE TWINS p203
Other than the drops of water from the leaves, there was no sound at all.

伝説3巻p355
 木の葉の先から滴り落ちる水の音のほかに、聞こえるものはなかった。

“You will not need your sword, my brother,” Raistlin said without turning.

「剣は必要ないと思うよ、兄さん」振り向きもせずに、レイストリンが言う。

A dog came dashing up to him hopefully, licking his hand and whimpering.

 一匹の犬が期待をこめたように飛び出してきて、ぺろぺろとキャラモンの手をなめ、くんくん鳴いた。

***

 戦記1巻「ケ・シュの村」でも同じようなシーンがありましたね。期待をこめてキャラモンの手をなめる、生き残りの子犬。この犬たちはこの後どうなったのでしょう。


Neither spoke. With croaks of anger at their approach, the carrion birds rose into the air, black wings flapping.

 どちらも口を開かなかった。人間が近づいたことに腹をたて、屍肉喰らいの鳥どもがギャアギャアと怒りの声をあげながら、黒い翼をばたばたいわせて宙に飛びたった。

Caramon gagged. His face pale, he turned hurriedly away. Raistlin continued to stare at the sight a moment, his thin lips tightening into a straight line.

 キャラモンは吐き気がこみあげてくるのを感じた。蒼白になった顔をあわててそむける。レイストリンはその惨状をしばらくじっと見つめていた。薄い唇がきっと一文字に結ばれている。

A young man lay upon a rumbled bed. His eyes were closed, his hands folded across his chest. There was a look of peace upon the still, ashen face, though the closed eyes were sunken into gaunt cheekbones and the lips were blue with the chill of death.

 しわくちゃの寝床に若い男が横たわっていた。目を閉じ、両手は胸の上で組みあわされている。動かない土気色の顔には穏やかな表情が浮かんでいたが、閉じた目はやつれはてた頬骨のなかに落ちくぼみ、唇は冷たい死人の青い色をしていた。

A cleric dressed in robes that might once have been white knelt on the floor beside him, her head bowed on her folded hands. Caramon started to say something, but Raistlin checked him with a hand on his arm, shaking his hooded head, unwilling to interrupt her.

 かつては白かったローブをまとった僧侶がかたわらの床にひざまずき、手を組んで頭を垂れている。キャラモンは口を開きかけた。が、レイストリンはその腕をつかんで制止し、フードをかぶった頭を横に振ってみせた。クリサニアの邪魔をしたくないというように。

Her eyes met Raistlin’s eyes, the light of the falling fire causing them to gleam in the depths of his hood. When she spoke, her voice seemed to her to blend with the sound of the falling raindrops.

 クリサニアの目がレイストリンの目と合った。消えかけた火の光で、フードの奥の暗がりに目がきらりと光るのが見えた。クリサニアは口を開いた。自分の声が、ざあざあ降る雨の音に融けこんでいるように思えた。

“I failed,” she said.
Raistlin appeared undisturbed. He glanced at the body of the young man. “He would not believe?”

「だめでした」クリサニアは言った。
 レイストリンは落ち着きはらっているように見えた。ちらりと若者の亡骸を見やる。「この男は信じようとしなかったのですか?」

“Oh, he believed.” She, too, looked down at the body. “He refused to let me heal him. His anger was...very great.”

「いいえ、信じていました」クリサニアも亡骸を見下ろす。「わたしが癒すのを拒んだのです。この人はひどく……怒っていたのです」

“Do you?”

「で、あなたは?」

Crysania’s head bowed, her dark hair fell around her face. She stood so still for so long that Caramon, not understanding, cleared his throat and shifted uneasily.

 クリサニアは頭を垂れた。黒髪が顔を隠す。クリサニアがあまりに長いあいだそうしているので、わけがわからなくなったキャラモンは咳払いして、もじもじと落ち着きなく体を動かした。

“That sight will be before my eyes,” she said softly, coming to stand before the archmage, ”as I walk with you through the Portal, armed with my faith, strong in my belief that together you and I will banish darkness from the world forever!”

「この光景がわたしの目から失せることはないでしょう」クリサニアは静かに言いながら、大魔法使いの前に立った。「信仰で身をかため、あなたとともに<扉>をくぐってゆくときも。わたしはあなたと二人でこの世から永遠に闇を追放できると信じていますわ!」

Reaching out, Raistlin took hold her hands. They were numb with cold. He enclosed them in his own slender hands, warming them with his burning touch.

 レイストリンは手をのばし、クリサニアの手を握った。彼女の手は冷たくかじかんでいた。レイストリンはほっそりした両手で包みこみ、燃えるような自分の熱で暖めてやった。

“We have no need to alter time!”
“Fistandantilus was an evil man.”
“But we care, you and I. That alone will be sufficient to change the ending.”

「時を変える必要はありません!」
「フィスタンダンティラスは邪悪な男でした」
「でも、わたしたちは他の人々を気にかけています――このことだけでも、結末を変えるには充分でしょう」

Slowly, smiling his thin-lipped smile, Raistlin brought Crysania’s hands to his mouth and kissed them, never taking his eyes from her.

 薄い唇に笑みを浮かべ、ゆっくりとレイストリンはクリサニアの手を自分の口もとに持ちあげた。そして彼女から目を離さずに口づけした。

He seeks to become god. He seeks to become god!

『そなたの弟は神になろうとしている。神になろうとしている!』

What if Par-Salian is wrong, what if they are all wrong? What if Raist and Crysania could save the world from horror and suffering like this?

 もし、パー=サリアンがまちがっていたとしたら? あの魔法使いたちがみなまちがっていたとしたら? もし、レイストリンとクリサニアがこのような恐怖と受難からこの世を救えるとしたら?

2016年6月10日金曜日

伝説3巻p346〜《吊られた男》

WAR OF THE TWINS p198
Before him, hanging upside down by one leg from a rope suspended over a tree branch, was Caramon. Suspended next to him, scrabbling in fear while flaming leaves fell about him.

伝説3巻p346
 目の前でキャラモンが、木の枝からさがっている縄に片足をからめとられ、さかさまにぶらさがっている。その横に同じようにぶらさがり、炎におびえて死にものぐるいでもがいているのは、一匹のウサギだった。

“Raist!” He was still yelling. “Get me--Oh--“
Caramon’s next revolution brought him within sight of his astounded twin. Flushing, the blood rushing to his head. Caramon gave a sheepish grin. “Wolf snare,” he said.

「レイスト!」キャラモンはまだ叫んでいる。「助けてくれ――うわ――」
 キャラモンの体がさらに回転し、呆然としている弟の姿がその目にはいった。頭に血が降りているせいで大男の顔は真っ赤になっている。かれは照れくさそうな笑いを浮かべた。「狼罠だったか」

Raistlin snickered.

 レイストリンはくっくっと笑いだした。

Now it was Caramon’s turn to stare in hurt astonishment at his brother. revolving back around to face him, Caramon twisted his head, trying to see Raistlin right side up. He gave a pitiful, pleading look.

 今度はキャラモンが気分を害したような驚きの目で弟を見つめる番だった。体が回転して再びこちらを向くと、首をねじってすぐそばにいる弟をのぞきこむ。大男は哀願の眼差しでレイストリンを見つめた。

“C’mon, Raist! Get me down!”
Raistlin began to laugh silently, his shoulders heaving.

「頼む、レイスト! 降ろしてくれ!」
 レイストリンは声を出さずに全身で笑いはじめた。肩が波うっている。

“Damn it, Raist! This isn’t funny!”

「くそっ、レイスト! 笑いごとじゃないぞ!」

The rabbit, on the other end of the snare, started swinging, too, pawing even more frantically at the air. Soon, the two of them were spinning in opposite directions, circling each other, entangling the ropes that held them.

 罠の反対側にいるウサギも一緒に揺れはじめ、いっそう必死になって前足を宙でばたばたさせている。やがてキャラモンとウサギは逆方向にきりきりまわりはじめ、たがいにからみあって縄がもつれてしまった。

“Get me down!” Caramon roared. The rabbit squealed in terror.

「降ろしてくれよお!」キャラモンがどなる。ウサギは恐怖にかられて鳴き声をあげた。

This was too much. Memories of their youth returned vividly to the archmage, driving away the darkness and horror that had clutched at his soul for what seemed like years unending.

 これだけ見れば充分だった。大魔法使いの胸に若い頃の思い出が鮮やかによみがえり、何年も、いつ果てることもないと思えるあいだ、かれの魂をがっちりとつかんでいた闇と憂鬱を駆逐していた。

Once again he was young, hopeful, filled with dreams. Once again, he was with his brother, the brother who was closer to him than any other person had ever been, would ever be.

 今ひとたび、かれは夢と希望に満ちた若き日にたち返っていた。今ひとたび、かれは兄とともにいた。兄は誰よりも近しい存在で、これからもずっとそうだろうと思えた。

his bumbling, thick-headed, beloved brother....Raistlin doubled over. Gasping for air, the mage collapsed upon the grass and laughed wildly, tears running down his cheeks.

 間の抜けた鈍い頭だけれど、最愛の兄だ……レイストリンの体がふたつ折りになった。空気を求めてあえぎながら、魔法使いは草の上にころがってげらげら笑いつづけた。頬に涙が流れていた。

Caramon glared at him--but this baleful look from a man being held upside down by his foot simply increased his twin’s mirth. Raistlin laughed until he thought he might have hurt something inside him,

 キャラモンは弟を睨みつけた――だが、さかさ吊りになった男が恨めしそうに睨んでも、単に双子の弟の笑いを助長するだけだった。体のどこかがおかしくなるのではないかと思うぐらい、レイストリンは笑いつづけた。

Raistlin laughed harder, feeling the merriment sparkle through his body like fine wine. And then Caramon joined in, his booming bellow echoing through the forest.

 レイストリンはますます激しく笑った。喜びが極上のワインのように泡だちながら全身を駆けめぐるのが感じられる。やがてキャラモンもつられて笑いだした。吠えるような低い笑い声が加わり、森じゅうに響きわたった。

***

 聞くものを皆(キャラモンでさえ!)どん引きさせる、恐怖のレイストリン笑いではない、つられて笑っちゃうような腹の底からの笑い。恨めしげなキャラモンの視線。恐怖にかられて手足をばたばた(pawing)させるウサギ。ごめんキャラモン&うさぎちゃん、これは笑うしかないです。笑うのは精神衛生ばかりでなく、免疫細胞を活性化させることで体の健康増進にも役立つんですよ。


“Well, we took him alive,” Raistlin said, his lips twitching. He held up the rabbit. “I don’t think we’ll get much information out of him, however.”

「で、こいつを生け捕りにしたってわけだ」レイストリンは唇を歪めて皮肉な笑みを浮かべ、ウサギを持ちあげて見せた。「だが、こいつからはたいした情報は得られないな」

“Nice spell,”
“I’ve always liked it,”
“Fizban taught it to me. You remember?”
“I think that old man would have appreciated this.”

「たいした魔法だ」
「ずっとやってみたかったんでね」
「フィズバンに教わったんだ。覚えてるかい?」
「あのご老体もこの魔法を高く評価していたと思うよ」

“do...do you remember how, when we were children, I’d have those...those horrible dreams?”

「ねえ……覚えてるかい? 子どものころ、ぼくが怖い……怖い夢を見てたことを……」

“Caramon,” Raistlin began, but he could not finish.

「キャラモン」レイストリンは言いかけたが、みなまで言うことができなかった。

“Go to sleep, Raist,”
“I’ll stay up and keep watch....”

「ぐっすり眠れ、レイスト」
「おれが寝ずの番をして見張っててやる……」

***

 みなまで言わなくてもわかっているのです。

“But you stay awake, Caramon. Guard my sleep. Keep them away. Don’t let them get me.”

「でも、キャラモンは起きていてくれる?ぼくの夢を守っていてよ。悪い夢が近づかないように。悪い夢にぼくをつかまえさせないでね」

2016年6月9日木曜日

伝説3巻p339〜《夢》

WAR OF THE TWINS p193
“There is no escape!” laughs my executioner, and I know it is myself speaking! My laughter! My voice!

伝説3巻p339
「逃げるすべはないぞ!」死刑執行人が笑う。しゃべっているのはぼく自身だ! ぼくの笑い声! ぼくの声!
I can hear his black robes rustling around his ankles, I can hear the blade being lifted...lifted....
 執行人の黒いローブがくるぶしにまとわりつく衣ずれの音、刃の振りあげられる音……刃の振りあげられる音が……
“Raist! Raistlin,” Wake up!”

「レイスト! レイストリン! 起きろ!」

Strong hands held him firmly, a familiar voice, warm with concern, blotting out the whistling scream of the executioner’s falling axe blade....

 がっしりした手がしっかりとかれをつかむ。聞き慣れた声。心配そうなその声の暖かさが、死刑執行人の振り下ろす風を切るような斧の刃の音を遮ってくれたのだ……

“Caramon!” Raistlin cried, clutching at his brother. “Help me! Stop them! Don’t let them murder me! Stop them! Stop them!”

「キャラモン!」レイストリンは叫び、兄にすがりついた。「助けて! やつらを止めてくれ! ぼくを殺させないで! 止めて! やつらを止めて!」

“Shhhh, I won’t let them do anything to you, Raist,” Caramon murmured, holding his brother close, stroking the soft brown hair. “Shhhh, you’re all right. I’m here...I’m here.”

「よしよし、おまえに手だしはさせないよ、レイスト」キャラモンは言い、弟をしっかりと抱きしめた。やわらかな茶色の髪の毛をなでてやる。「さあさあ、もう大丈夫だよ。おれがいる……おれがいるさ」

Laying his head on Caramon’s chest, hearing his twin’s steady, slow heartbeat, Raistlin gave a deep, shuddering sigh. Then he closed his eyes against the darkness and sobbed like a child.

 キャラモンの胸に顔を埋め、双子の兄のしっかりした心臓の鼓動がゆっくり打つのを聞きながら、レイストリンは胸の底から顫える吐息をついた。それから目を閉じて闇を閉めだし、子どものように泣きじゃくった。

***
 かれらは、あいつが子供のころ夜中に悲鳴を上げて飛び起きるのを聞いたことがないんだ。
戦記5巻p345〜、影絵のシーンが思い出されます。ずっとこうだったんですね。鮮血海で別れるまでずっと。



“Ironic, isn’t it?”
“The most powerful mage who has ever lived, and I am reduced to a squalling babe by a dream!”

「皮肉なもんだね、ええ?」
「史上最強の魔法使いともあろうものが、夢におびえて赤ん坊みたいに泣きわめくんだから!」

“So you’re human,”
“You said it yourself.”

「そりゃ、おまえが人間だからさ」
「おまえが自分でそう言ったじゃないか」

“Yes...human!”

「そう……人間なんだ!」

Your brother intends to challenge the gods! He seeks to become a god himself!

『そなたの弟は神々に挑むつもりなのだ! 自分自身が神になろうとしているのだ!』

But even as Caramon looked at his brother, Raistlin drew his knees up close to his body, rested his hands upon his knees, and laid his head down upon them wearily.

 だが今キャラモンが見ている弟は、膝を引き寄せ、両手をそこにのせてぐったりと頭を垂れている。

Feeling a strange choking sensation in his throat, vividly remembering the warm and wonderful feeling he had experienced when his brother had reached out to him for comfort, Caramon turned his attention back to the water.

 弟が慰めを求めて自分に手を差しのべてきたときの暖かなうれしさが鮮やかによみがえってきた。キャラモンは息がつまるような奇妙な感覚を覚え、注意を弟のほうに戻した。

***

 膝を抱えてぐったりと座るレイストリンとその駄目な兄。戦記の頃ですら、ここまで駄目な描写はあったでしょうか。いや、盲目だったあのころよりも、ある程度弟のことがわかってきた現在だからこそ、いっそう駄目さが際立つのかもしれません(駄目って3回言った)。


“Goblins!”

「ゴブリンだ!」

Gripping his sword, he and his brother exchanged glances. The years of darkness, of estrangement between them, the jealousy, hatred--everything vanished within that instant. Reacting to the shared danger, they were one, as they had been in their mother’s womb.

 剣をつかみ、弟と目くばせを交わす。この一瞬、二人のあいだにあった長年のよそよそしい確執が、嫉妬が、憎悪が――すべて消えさった。ともに危険に直面し、二人は母親の胎内でそうだったように、ひとつになっていた。

Caramon scowled. “I’ll take it alive!” He indicated this with a gesture of his huge hand wrapping itself around an imaginary goblin neck.

 キャラモンは渋い顔をした。「一匹生け捕りにしてやろう」そう言いながら、キャラモンは大きな手でゴブリンの首を絞める手つきをして見せた。

Raistlin smiled grimly in understanding. “And I will question it,” he hissed, making a gesture of his own.

 レイストリンは了解したというようにすごみのある笑みを浮かべた。「尋問ならこちらがするよ」声を殺して言い、自分なりの手つきをした。

“Wait here!” Caramon signed.
A rustle of his black hood was Raistlin’s response.

「ここで待ってろ!」キャラモンが合図した。
 レイストリンの返事は黒いフードの衣ずれの音だった。

***

 どなたか、ハンドサインジェネレータで「マジェーレ兄弟のハンドサイン」作ってくれませんか。
「生け捕りにしてやろう」
「尋問ならこちらがするよ」
「ここで待ってろ」などなど。


A horrible shriek rang through the night, followed by a frightful yelling and thrashing sound, as if a hundred men were crashing through the wilderness.

 夜気をつんざいて、恐ろしい絶叫が響きわたった。そのあとにぞっとするような叫び声と鞭を打つような音が続く。まるで百人ほどの人間が原野を突進して行くような音だ。

“Raist! Help! Aiiihh!”

「レイスト! 助けてくれ! うわああっ!」

Racing through the woods, the archmage ignored the branches that slapped his face and the brambles that caught at his robes.

 大魔法使いは枝が顔を打つのも、ローブの裾が茨にひっかかるのもかまわず、森のなかを突っ走った。

Ast kiranann Soth-aran/Suh- kali Jalaran.”

「アスト・キラナン・ソス−アラン/スー・カリ・ヤララーン」

2016年6月8日水曜日

伝説3巻p329〜《answer》

WAR OF THE TWINS p188
“It strikes quickly, without warning. Yesterday, the children were playing in the yard. Last night, they were dying in their mother’s arms.”

伝説3巻p329
「病がいきなり襲ってきたのです、何の前触れもなしに。つい昨日は、子どもたちが庭で遊んでいました。そして昨夜、母親の腕のなかで死んでいったのです」

“Prayers!” The young man laughed bitterly. “I am their cleric!”
“You see what good prayer have done!”

「祈るですって!」若者は苦い笑いをあげた。「わたしはこの村の僧侶だったのですよ!」
「お祈りがどんなにきいたかご覧になったでしょう!」

“What?”
“I am going to heal you,”
“I am a cleric of Paladine.”

「何ですって?」
「あなたを癒すのですよ」
「わたしはパラダインの僧侶なのです」

“No!” the young man cried, his hand wrapping around hers so tightly it hurt.

「まさか!」若者は叫んだ。手が、クリサニアの手を痛いほどきつく握りしめる。

“I am a cleric, too, a cleric of the Seeker gods. I tried to heal my people”--his voice cracked--“but there...there was nothing I could do. They died!” His eyes closed in agony. “I prayed! The gods...didn’t answer.”

「わたしも僧侶なのです――シーク教の神々の。わたしも村の人々を癒そうとした」――声がしわがれた――「だが……できることは何ひとつなかった。みな死んでしまった!」苦悩にかられて、若者は目を閉じた。「わたしは祈ったのに! 神々は……答えてはくださらなかった」

“You know of Paladine, of the ancient gods?”

「パラダインのことは知っているでしょう?いにしえの神々の一人です」

“Yes,” he said bitterly. “I know of them. I know they smashed the land. I know they brought storms and pestilence upon us. I know evil things have been unleashed in this land.”

「ええ」苦々しく言う。「知っていますとも。その神々がこの世界を滅ぼしたってことはね。その神々は嵐と疫病をわれわれにもたらしたのです。悪しきものどもがこの地に解き放たれたことも知っていますよ」

”And then they left. In our hour of need, they abandoned us!"

「そのあげくに、その神々は去ってしまったのです。われわれが必要としているときに、神々はわれわれを見捨ててしまったのです!」

She had expected denial, disbelief, or even total ignorance of the gods. She knew she could handle that. But this bitter anger? this was not the confrontation she had been prepared to face.

 神々への否定や不信、完全な無視などは予期していた。そういうものなら、なんとかできるという自信があった。だが、この辛辣な怒りはどうだろう? こんなものに向かいあうことになるとは思ってもみなかった。

“The gods did not abandon us,” she said, her voice quivered in her earnestness.

The story of Goldmoon healing the dying Elistan and thereby converting him to the ancient faith came vividly to Crysania filling her with exultation.

「神々はわたしたちを見捨てたわけではないのです」クリサニアの声は真剣さのあまり、顫えていた。
 ゴールドムーンが死にかけていたエリスタンを癒し、いにしえの神々への信仰に立ち戻らせたという話がまざまざとよみがえり、クリサニアは歓びでいっぱいになった。

“I am going to help you,”
“Then there will be time to talk, time for you to understand.”

「あなたを助けてあげましょう。話はそれからです。たっぷり時間をかけて理解させてあげますわ」

“No,” he said steadily, ”you must understand. you don’t need to convince me. I believe you!” He looked up into the shadows above him with a grim and bitter smile.

「いいえ」きっぱりと言う。「あなたのほうこそ、理解しなければなりません。わたしを説得する必要はありません。わたしはあなたの言うことを信じているのですから!」若き僧侶は苦い、辛辣な笑みを浮かべて、頭上によどむ暗がりを見あげた。

“Yes, Paladine is with you. I can sense his great presence. Perhaps my eyes have been opened the nearer I approach death.”

「そう、パラダインはあなたとともにおられます。その偉大な存在はわたしにも感じられます。きっと、死に近づくにつれてものがちゃんと見えるようになってきたのでしょう」

“Wait!”
“Listen! Because I believe I refuse...to let you heal me.”

「待ってください!」
「聞いてください! 信じているからこそ、わたしは……あなたに癒していただくことを拒みます」

“Because,” he said softly, each breath coming from him with obvious pain, “if Paladine is here--and I believe he is, now--then why is he...letting this happen! Why did he let my people die? Why does he permit this suffering? Why he cause it?”

「それは」僧侶は静かに言った。ひどく苦しそうに、ひと息ひと息押しだしている。「もしパラダインがここにおられるのなら――今は、いることがわかります――なぜ……このようなことをお起こしになったのです! なぜこの民人を死なせるようなことをなさったのです? なぜこのような苦しみをお与えになるんです? どうしてこのようなことを?」

“Answer me!” He clutched at her finger angrily. “Answer me!”

「答えてください!」僧侶は怒りをこめてクリサニアをつかんでいた。「答えてください!」

Her own questions! Raistlin’s questions! Crysania felt her mind stumbling in confused darkness. how could she answer him, when she was searching for these answers herself?

 それこそわたし自身が抱いていた問いだ! そしてレイストリンが抱いていた問いなのだ!
 クリサニアは自分の心が混沌とした闇のなかで揺らぐのを感じた。どうして答えることができるだろう――

Suddenly, Crysania realized bleakly that time could not be altered, at least not this way, not by her.

 不意に、クリサニアはそら寒い思いでさとった。時を変えることはできない――少なくとも、このようなやりかたでは。クリサニアの手では。

“I’m sorry,” he said gently, his fever-parched lips twitching. “Sorry...to disappoint you.”

「すみません」熱のためにひび割れた唇を動かし、若者はやさしく言った。「すみません……あなたをがっかりさせてしまって」

“I understand,”
“and I will respect your wishes.”

「わかりました」
「あなたの願いを尊重しましょう」

“Thank you,”

「ありがとう」

“Do one thing for me,”

「わたしのために、ひとつしていただけますか」

“Anything,”

「なんでもいたしますわ」

“Stay with me tonight...while I die....”

「今夜はそばについててください……わたしが死ぬまで……」







2016年6月7日火曜日

伝説3巻p315〜《マージョラム》

WAR OF THE TWINS p180
“Well, what do we do now?”
You’re the expert on women,”
“All right, I made a mistake,”
“Can’t you magic up something?”
“I would have ‘magicked up’ brains for you long ago,”

伝説3巻p315
「で、これからどうすればいいんだ?」
「女についちゃ玄人なんでしょう」
「わかったよ、おれがまちがってた」
「魔法でなんとかできないものか?」
「できるものならとっくの昔に兄さんの脳みそを『魔法でなんとか』してますね」

“She has placed herself in grave danger,”
“She is going there to tell of the true gods!”

「クリサニアはひどく危険な状態にあります」
「村の人々にまことの神々について話をしにいこうとしてるんです!」

Caramon waited until the spasm eased. “Look, Raist,” he said in milder tones, I’m just as worried about her as you are--but I think you’re overreacting. Let’s be sensible.”

 キャラモンは発作が治まるのを待った。「いいか、レイスト」穏やかな調子で言う。「おれだってクリサニアのことを心配しているんだ。おまえの心配もわかるが――ちょっとおおげさなんじゃないか。少しは分別を働かせろよ」

“You are right, my brother,” he said, when he could speak.

「そのとおりだよ、兄さん」口がきけるようになると、レイストリンは言った。

Startled at this unusual display of weakness, Caramon almost went to help his twin, but checked himself in time--a show of concern would only bring a bitter rebuke.

 常にない弱々しさを見せつけられて、キャラモンはぎょっとした。もう少しで手を貸しにいきそうになったが、自分を押しとどめる――気遣って見せても、手痛いしっぺ返しが戻ってくるだけなのだ。

Acting as if nothing were at all amiss, he began untying his brother’s bedroll, chatting along, not really thinking about what he was saying.

 まったく何事もなかったかのような顔をして、キャラモンは弟の寝袋をほどきはじめた。そのあいだもずっとしゃべりつづけていたが、自分が何を言っているかはっきりわかっているわけではなかった。

“By the gods!” He paused a moment, grinning. “Even through we never knew where our next steel piece was coming from, we still ate well in those days!”

「ほんとうになあ!」ちょっと口をつぐみ、にやりとする。「次の小銭がどこからわいてくるか皆目わからなくたって、あのころはよく食ってたなあ!」

“Do you remember? There was a spice you had. You’d toss it in the pot. What was it?” He gazed off into the distance, as though he could part the mists of time with his eyes.

「覚えてるか? おまえが持ってたあの香料。おまえがよく鍋に投げこんでた。何だっけなあ、あれは?」視線が遠くにさまよいはじめる。まるで時の薄靄をかきわけることができるとでもいうように。

“Do you remember the one I’m talking about? You use it in your spellcasting. But it made damn good stews, too! The name...it was like ours--marjere, marjorie? Hah!”

「おれが言ってるもののこと、覚えてるか? おまえが呪文をかけるときに使うやつだ。あれはシチューをおいしくつくるのにも使えたもんだ! なんていったっけ……おれたちの名字に似てた――マージェレ、マージョリーかな? はは!」

“I’ll never forget the time that old master of yours caught us cooking with his spell components! I thought he’d turn himself inside out!”

「呪文に使う材料で料理してたところを、おまえの昔の師にとっつかまった時のこと。あれは忘れられん! 先生、ひっくり返っちまうかと思ったよ!」

Sighing, Caramon went back to work, tugging at the knots. “You know, Raist,” he said softly, after a moment, “I’ve eaten wondrous food in wondrous places since then--palaces and elf woods and all.”

 キャラモンはため息をつき、作業に戻った。結び目をしっかりと引っぱる。「なあ、レイスト」しばらくして、静かに言った。「あのころからこっち、おれはいろんなすばらしいところでいろんなすばらしいものを食べてきた――たくさんの宮廷やエルフの森なんかでな」

“But nothing could quite match that. I’d like to try it again, to see if it was like I remember it. It’d be like old times--“

「だが、あれにまさるものはなかった。またやってみたいなあ。覚えてるとおりの味か、見てみたいもんだ。本当にまるで昔に返ったみたいな――」

There was a soft rustle of cloth. Caramon stopped, aware that his brother had turned his black hooded head and was regarding him intently.

 静かな衣ずれの音がした。キャラモンは口をつぐんだ。弟が黒いフードをかぶった頭をこちらにめぐらし、じっと自分を見ているのに気づいたのだ。

Swallowing, Caramon kept his eyes fixedly on the knots he was trying to untie. He hadn’t meant to make himself vulnerable and now he waited grimly for Raistlin’s rebuke, the sarcastic gibe.

 キャラモンはごくりとつばをのみ、ほどこうとしている結び目にじっと目を注いだ。うっかり口をすべらせてしまった。そんなつもりではなかったのに。大男はむっつりと、レイストリンの非難の声が、嘲りに満ちた横槍がはいるのを待ち受けた。

There was another soft rustle of cloth, and then Caramon felt something soft pressed into his hand--a tiny bag.

 もう一度、衣ずれの音がした。それからキャラモンは何かやわらかなものが手に押しつけられるのを感じた――小さな袋だった。

“Marjoram,” Raistlin said in a soft whisper. “The name of the spice is marjoram....”

「マージョラムだよ」レイストリンはそっとささやいた。「その香料はマージョラムというんだ……」