2016年4月30日土曜日

伝説2巻p95〜《闘技》

TIME OF THE TWINS p262
One, the young woman might be a cleric, but she was involved with magic-users and was, therefore, suspect.
Two, the Kingpriest was in danger. That was not surprising, the magic-users had good reason to hate and fear the man.
Three, the young man who had been found with Crysania was, undoubtedly, an assassinn. Crysania, herself might be an accomplice.

伝説2巻p95
一、あの若い娘は僧侶ではあるが、魔法使いたちと関わりを持っており、従って怪しい。
二、神官王の身が危険である。これは驚くべきことではない、魔法使いたちには王を憎み恐れる充分な理由があるのだから。
三、クリサニアと一緒に見つかった若者は、疑う余地なく刺客である。クリサニア自身も仲間かもしれない。

***

 さすがのクァラスと言えども、あの文面から時間遡行までは理解できませんでしたか。できなくて幸いでしたが。パー=サリアンが手紙に日付を記さなかったのは、こうした事態を予測してのことだったのかもしれません。

“What games?”
“Why, the Games,” Arak snapped in exasperation.

「何のゲームなの?」
「だから、闘技だよ!」アラックはいらだちのあまりどなった。

“So have I,” the big man said slowly. “and you can forget it, dwarf. I’ve killed men before, I admit--but only when it was my life or theirs.”

「おれも聞いたよ」大男はゆっくりと言った。「いいか、ドワーフ。おれはこれまで何人も人を殺してきた、それは認めよう――だがそれはおれの生命か向こうの生命かという時だけだ」

“I never enjoyed killing. I can still see their faces, sometimes, at night. I won’t murder for sport!”

「おれは殺すのを楽しんだことなどない。今でもまだときどき、夜中にやつらの顔が浮かんでくる。おれは遊びで人を殺したりしないからな!」

***

 やむなく”kill”することはあっても“murder”は決してしなかったキャラモン。しかし…


“Just as a volcano must erupt to let the steam and poisonous vapors escape from the ground,” said one elflord, “so it seems that humans, in particular, use the Games as an outlet for their baser emotions.”

「火山が噴火して蒸気やガスを地面から放出しなければならないように、特に人間は、あさましい感情を発散させるものとして闘技を行うのです」エルフ貴族の一人はこう言った。

“And then it was me gave’em their answer,” Arak said smugly.

「その時、かれらに答えを与えてやったのがこのわしなのさ」アラックは気取った調子で言った。

“Well, the Kingpriest, he went for it and”
“he even made me Master. And that’s my title, now. Master of the Games.”

「で、神官王も賛成した、そして」
「わしを名人に任命までしてくれた。だから今じゃそれがわしの称号さ。<闘技の名人>ってのがな」

***

「血を見たいんじゃない。有史以前から男達には不治の病がかかってるのさ。
『ステゴロ最強』という病気にな」

 内藤泰弘『血界戦線4 拳客のエデン』より。今後まんまと闘技にノリノリになっちゃうキャラモン。全く男の子ってしょうがないですねー。


“You mean no one gets killed,” Caramon persisted, staring somberly at the arena with its bloody paintings.

「つまり誰も殺されはしないってことだな」闘技場の血なまぐさい絵を暗い目で見つめながら、キャラモンはしつこく言った。

“No one,” the dwarf said with a grin, patting Caramon’s big arm. “No one….”

「誰もな」ドワーフはにやりと笑って、キャラモンの太い腕を軽く叩いた。「誰もさ……」

2016年4月29日金曜日

伝説2巻p80〜《白衣》

TIME OF THE TWINS p254
“I wonder,” remarked Elsa, smoothng Crysania’s dark hair back from her slumbering face. “There was a young girl in pur Order who had the power of true healing. That young girl who was seduced by the Solamnic knight.”

伝説2巻p80
「そうでしょうか」エルサは、すやすやと眠るクリサニアの顔にかかる黒髪をそっとかきあげた。「わたくしたちの教団に、まことの癒しの力を持つ若い少女がおりました。ソラムニアの騎士にたぶらかされたあの少女です」

“You occasionally find some, particulaly among the very young or the very old, who have the power. Or think they do.”

「時おり、力をもつ者たち、もしくは自分が力をもつと思っている者たちが見出される。殊に非常に若い者と、非常に年老いた者とのなかに」

“Frankly, I am convinced most of it is simply a result of people wanting to believe in something so badly that they convince themselves it is true.”

「打ち明けて言うが、力というものは、人々があまりに激しく何かを信じようとするあまりに、それが本当のものだと信じこんでしまった結果にすぎないのだと、わしは確信しておるのじゃよ」

Her mind went suddenly to what Raistlin had shown her--the poverty and want so near the Temple--and she flushed uncomfortably.

 不意に、クリサニアはレイストリンが見せてくれたもの――神殿のすぐそばの貧困と困窮――を思い出し、ばつが悪い思いで顔を赤らめた。

Not at all like the plain, austere white robes worn by those of her Order in Palanthas.

 パランサスの彼女の教団の人々が着ている飾りけのない簡素な白いローブとは似ても似つかない。

More extravagance. Crysania bit her lip in displeasure, but she also took a peep at herself in a gilt-framed mirror. It certainly was becoming, she had to admit, smoothing the folds of the gown.

 ずいぶん贅沢だ。クリサニアは不快そうに唇を噛んだが、金縁の鏡にちらりと目を向けてもいた。確かに映りがいいわ。ローブの襞をなでつけながら、そう認めないわけにはいかなかった。

I can only caution you of one thing--beware of Raistlin.

 わたしにできるのは、あなたにひとつのことを警告するだけだ――レイストリンに用心しなさい。

You are virtuous, steadfast in your faith, and proud of both your virtue and your faith. This is a deadly combination, my dear. He will take full advantage of it.

 あなたは徳高く、不変の信仰をもっており、その高潔さと信仰とを誇りとしている。これは下手をすれば致命的な取り合わせになるのだよ、クリサニア。レイストリンはそこに最大限につけこむことだろう。

But you, Crysania, are in danger of both your life and your soul. I foresee that you will be forced to choose--to save one, you must give up the other.

 しかしあなたは、クリサニア、生命も魂も危険に脅かされているのだ。わたしが予見したところでは、あなたは選択を強いられるだろう――片方を救おうとすれば、もう片方は諦めねばならぬ。

There are many ways for you to leave this time period, one of which is through Caramon. May Paladine be with you.

 あなたがこの時代を去る方法はいくつもあるが、そのひとつはキャラモンを通してである。パラダインがあなたとともにおわしますように。

Par-Salian
Order of the White Robes
The Tower of High Sorcery
Wayreth

ウェイレスの上位魔法の塔
白ローブの魔法使い
パー=サリアン

***

 毎回、エントリタイトルをつけるのに楽しく頭を悩ませてます。考えるまでもなくこれしかない!という時もあればこじつけもあり、なるべく漢字二文字に収めるようにしつつも、台詞をまるごと持ってくることもあったり。今回のは割と気に入ってます。イスタルの僧侶たちの豪奢な白ローブに戸惑うクリサニア。枢密会議の長ではなく、一介の「白ローブの魔法使い」として署名するパー=サリアン。

2016年4月28日木曜日

伝説2巻p64〜《標的》

TIME OF THE TWINS p244
Tas tugged miserably at his collar and winced in sympathy for Caramon’s suffering.

伝説2巻p64
 タッスルは惨めな面持ちで自分の首輪を引っ張り、キャラモンの痛みを感じ取ってやはり縮みあがった。

 “I didn’t know he meant ‘on the block’! I thought he said ‘down the block.’ Like, we’re going to take a walk ‘down the block.’”

「『売りに出す』って言ってただなんて知らなかったんだ! ただ『出す』って言ったと思ったんだよ。ほら、街に『出し』てもらえるってふうにね」

***

 しょげるなタッスル。人気闘士キャラモンのマネージャーが務まるのは君だけだ。


“You’re right,” Caramon said, a gleam of life flickering in his dull eyes. The gleam became a flash, igniting a smoldering fire. “Raistlin,” he murmured. “He knows I’m going to try and stop him. He’s done this!”
“I’m not so sure,”

「確かにそうだ」キャラモンのどんよりした目にちらりと生気の光が閃いた。その閃きが火つけとなって、炎がくすぶりながら燃え上がった。「レイストリンか」キャラモンはつぶやいた。「あいつはおれが止めようとすると承知している。これはあいつの仕業なのか!」
「そうかなあ」

“What makes you think Raistlin’s not behind this?”

「この件の裏にいるのはレイストリンじゃないと考える根拠は何なんだ?」

“Raistlin must have been awfully busy, what with traveling back here and all. Why, it took Par-Salian days to cast that time-traveling spell and he’s a really powerful mage.”

「レイストリンはきっとひどく忙しかったと思うんだ。ここへ戻ったり、何やかやでさ。だってね、本当に強大な力を持つ魔法使いのパー-サリアンでも、この時間遡行の呪文をかけるのに何日も必要としてたんだよ」

“So it must have taken a lot of Raistlin’s energy. How could he have possively done that and done this to us at the same time?”

「だからレイストリンだってずいぶんエネルギーを使ったはずなんだ。同時にぼくらにこんなことをするなんて、できると思う?」

“If he didn’t, who did?”

「やつでないとしたら、誰なんだ?」

“What about--Fistandantilus?” Tas whispered dramatically.

「フィスタンダンティラス――でどうかな?」芝居がかった言い方で、タッスルはささやいた。

“Look, I’ve got this all figured out. He can’t murder his own pupil’s brother. Especially if Raistlin’s brought you back here for a reason.”

「いい、これは確かだと思うけど、かれには自分の弟子の兄を殺すことができないんだ。レイストリンがなんらかの理由でキャラモンをここへ連れてきたんだからなおさらだ」

“Why, for all Fistandantilus knows, Raistlin may love you, deep down inside.”
Caramon’s face paled, and Tas immediately felt like biting off his tongue.

「きっとフィスタンダンティラスは知ってるんだよ、レイストリンが心の奥底ではキャラモンを愛してるってことをさ」キャラモンの顔が蒼白になった。とたんにタッスルはしまったと思った。

Caramon suddenly saw everything quite clearly. Tasslehoff’s right! We’re being set up. Fistandantilus will do away with me somehow and then explain my death to Raistlin as an accident.

 突然、何もかもがきわめてはっきりと見えるようになった。タッスルホッフの言ったとおりだ! おれたちは泳がされているのだ。フィスタンダンティラスは何かでおれを殺し、それからレイストリンにおれが死んだのは事故だったのだと説明するつもりなのだ。

“All this means is that I’ve got to get to this Fistandantilus before he gets to me,” he said to himself softly.

「つまるところ、フィスタンダンティラスがおれを手にかける前にやつを殺らねばならんということだ」かれは静かに自分に言いきかせた。

This man needed none. His power sprang from within--so great, it had spanned the centuries, spanned even planes of existence. It could be felt, it shimmered around him like the heat from the smith’s furnace.

 だが、この男は何も必要としてはいなかった。内側からパワーが噴き出している――あまりにも強大なそれは何百年にもわたり、さまざまな異界にまで及んでいた。それは感じとることもできた。鍛冶屋の炉床から発散される熱のように男のまわりでゆらゆらと輝いているのだ。

“Who’s that?”
“Don’t you know?”
“I’m from out of town,”
“Why, that’s the Dark One--Fistandantilus. You’ve heard of him, I suppose?”
“Yes,” Tas said, glancing at Caramon as much as to say I told you so!  “We’ve heard of him.”

「あれ、誰?」
「知らないのか?」
「ぼく、市外から来たんだよ」
「いいか、ありゃ<黒きお方>だ――フィスタンダンティラスだよ。聞いたことぐらいはあるだろう?」
「うん」タッスルは『ほら、言ったとおりでしょ』と言わんばかりにキャラモンのほうを見た。「噂には聞いてるよ」

2016年4月27日水曜日

伝説2巻p32〜《innocence》

TIME OF THE TWINS p225
The beautiful elven voices rose higher and higher, their sweet notes spiraling up the octaves as though thei would carry their prayers to the heavens simply by ascending the scales.

伝説2巻p32
 エルフたちの美しい声はどんどん高くなっていき、甘い調べが何オクターブも上昇してゆく。まるで音階を昇っていくことで、かれらの祈りが天に届くとでもいうかのようだ。

When their song reached a crescendo of sweetness, a chorus of deep, male voices joined in, keeping the prayers that had been sweeping upward like freed birds tied to the ground--clipping the wings, so to speak.

 歌が甘やかさの絶頂に達した時、深い男声合唱が加わって、解き放たれた鳥のように舞い上がっていこうとする祈祷を地上に縛りつける――そう、羽根を切るように。

***

 この世界にも賛美歌はありました。天に届けよとばかりに高く高く昇ってゆく歌声と聞くと、いろいろ想い出される響きがあります。その多くは甘やかな調べではなく、救いを求める切実な訴えですが。
 一方で、低い男声が加わることで歌声が地に縛り付けられるような合唱って想像がつきません。むしろ男声が加わり支えてくれることで、安心してより高く、より遠くまで歌えるように感じたことが多いです。イスタルの神官たちはこの歌を通して信徒に何を伝えたいのでしょう。


Quarath smiled a delicate smile. His thin elven face with its finely sculpted features seemed to be made of fragile porcelain, and he always smiled carefully, as if fearing his face would break.

 クァラスは上品な微笑を浮かべた。美しく整った細面のエルフ顔は壊れやすい磁器ででもできているようだ。かれの微笑はいつも、まるで顔が壊れるのを恐れるかのように慎重に浮かべられた。

Denubis drew a deep breath. “My lord,” he said earestly, “about that young man. Will he be released? And the kender?” He was suddenly inspired.

 デヌビスは深く息を吸い込んだ。「師よ」真剣な顔で言う。「あの若者のことですが。あの者は放免されるのでしょうか? それからケンダーも?」突然奮いたった。

 “I thought perhaps I could be of some help, guide them back to the paths of good. Since the young man is innocent--“

「わたくしはあの者たちを善の道に呼び戻すように、いくらか手助けできるのではないかと思ったのです。あの者たちは無実なのですから――」

“Who of us is truly innocent?”

「われわれのうちで真に罪なき者とは誰ぞ?」

Quarath makes it sound like a charitable act, selling a man into slavery, Denubis thought in confusion.

 人を奴隷として売り飛ばすことを、まるで慈悲深き行いのように言う。デヌビスは戸惑いを覚えていた。

“And do not fear to question us. That is how we learn.”

「われわれに異議を唱えることを恐れることはない。われわれはそうして学んでゆくのだから」

“He fears him?” Denubis asked innocently.
Quarath’s porcelain smile became fixed for a moment,

「陛下はあの者を恐れておいでなのですか?」デヌビスは無邪気に尋ねた。
 クァラスの磁器の微笑がしばしのあいだ張りついた。

2016年4月26日火曜日

伝説2巻p13〜《聖者》

TIME OF THE TWINS p215
Denubis detested spiders. He hated all insects, in fact; something he never admitted and, indeed, felt guilty about.

伝説2巻p13
 デヌビスは蜘蛛が大嫌いなのだ。実をいうと、昆虫はどれもこれもみんな大嫌いだった。それはかれが決して認めようとはせず、また、うしろめたく思っていることであった。

Was he not commanded to love all creatures, except, of course, those created by the Queen of Darkness?

 生きとし生けるものすべてを愛せよ、そう命じられているのではなかったか? むろん、<暗黒の女王>に造られたものは除いてだ。

***

 蜘蛛が嫌いで、そのことにうしろめたさを感じ、自分の至らなさを常に自覚している聖者デヌビス。作中に登場するパラダインの僧侶の中で最も好感が持てる、この人の説教なら聞いてみたいと感じます。さすがフィスタンダンティラスに目をつけられるだけのことはあります。

「生きとし生けるもの全てを愛せ」と言いながら、でも邪悪な生き物は別、と、さっくり差別してのける神の教え。「人を殺してはならない、でも邪悪な人は別」との境目はどこにあるのでしょうか。私もいい加減視力が落ちて見えなくなってきましたよ。
 脱線ついでに「おら、けだものじゃない!」が”Me no creature!”だと知った時は驚きました。”creature”ってそんなひどい意味を込めて使われるのかと。”create”の結果として創造されたもの、まさしく生きとし生けるものに対し公平に使われる言葉かと思ってました。
 そこでまた久々にライトハウス英和辞典を引いてみますと。

creature 2 人.
語法:特に女性を指し、愛情・同情・軽べつなどの感情を含む形容詞を伴うのが普通。

 例文は省略しますが、これをそのままに受け取れば、パー=サリアンがブープーを”creature”呼ばわりしたのは、さほどひどい侮辱ではないように思えてしまいます。少なくとも、震え上がっていたブープーを激昂させ、あそこまでの啖呵を切らせるほどのことではないような。
 ああ、いい辞書欲しいなあ。”conjuration”をここまで解説してくれるものでなくてもいいですから。

https://twitter.com/MuseeMagica/status/692702732247937024


The figure within the shadows stirred, the dark line formed by the thin lips widened--the figure’s approximation of a laugh.

 影に沈んだ人影は身じろぎし、薄い唇のつくる黒い線が広くなった――それは笑っているといってよいものだった。

“Do you ask the wind how it blows? Dou you question the stars to find out they shine? I know, Denubis. Let that be enough for you.”

「おまえはどうして吹くのかと風に問うか? なぜきらめくのかと星々に尋ねるか? わしにはわかるのだ、デヌビス。おまえにはそれで十分だ」

“Yes,” Denubis replied, his eyes on Tas as the two guards led the kender and Caramon away through the rapidly thinning crowd in the marketplace. “I do know kender. And that’s a remarkable one.”

「ああ」デヌビスの目は、急にまばらになった市場の人ごみのあいだを縫って、キャラモンとともに衛兵に引き立てられていくタッスルに注がれていた。「わたしはケンダーというものをよく知っておる。あれは実に珍しいケンダーだよ」

***

謙虚な聖者の目に映る“Dark One”<黒きお方>、そしてかれが予告した、意識不明の聖女と巨躯の野蛮人の登場。そして予想外の、実に珍しいケンダー。再読なのにわくわくしてきます。

2016年4月25日月曜日

伝説1巻p367〜《遡行》

TIME OF THE TWINS p308
For one wild moment, Tas fought with himself. Everything inside of him that was logical and conscientions and Tanis-like told him--

伝説1巻p367
 一瞬、かれは激しく自分自身と争った。かれの内部にある論理的なもの、良心的なもの、タニス的なものが、こぞっとかれに忠告する――

Tasslehoff, don’t be a fool. This is Big Magic. You’re likely to really Mess Things Up!

『タッスルホッフよ、馬鹿な真似をするんじゃない。これは大がかりな魔法だ。おまえはすべてを台無しにしかねないんだぞ!』

“Don’t leave me, Caramon! Don’t leave me! You know what trouble you’ll get into without me!”

「置いてかないで、キャラモン! ぼくも連れてって! ぼくがいなけりゃきっと面倒に巻き込まれちゃうだろ!」

Weak and wxhausted, Par-Salian collapsed onto the floor. His last toought,before he took consciousness, was a terrible one.
He had sent a kender back in time.

 ぐったりと疲れきって、パー=サリアンは床にくずおれた。恐ろしい事態を脳裏に刻みつけたまま、かれは意識を失った。
 かれはケンダー族の者を過去へ送ってしまったのだ。


***

 以下蛇足です。WoCペーパーバック裏表紙の導入文を勝手に訳してみましたよ。

Sequestered in the blackness of the dreaded Tower of High Sorcery in Palanthas, surrounded by nameless creatures of evil, Raistlin Majere weaves a plan to conquer the darkness--to bring it under his control.

 パランサスの悍ましい<上位魔法の塔>の闇の奥、邪悪極まる怪物たちのただ中で、レイストリン・マジェーレは策を織りなす――暗黒を征服し支配下に置くべく。

Crysania, a beautiful and devoted cleric of Paladine, tries to use her faith to lead Raistlin from the darkness. She is blind to his shadowed designs, and he draws her slowly into his neatly woven trap.

 パラダインの忠実な僕、美しいクリサニアはその信仰をもってレイストリンを闇路から救おうとする。その秘められた目論見に、巧みな罠に絡め取られていることに目を閉ざしたまま。

Made aware of Raistlin’s plan, a distraught Caramon travels back in time to the doomed city of Istar in the days before the Cataclysm. There, together with the ever-present kender Tasslehoff, Caramon will make his stand to save Raistlin’s soul.

Or so he believes.

 レイストリンの企みを知り錯乱したキャラモンは、<大変動>を、滅びを目前にしたイスタルの都へと時を遡る。相変わらずのケンダー、タッスルホッフとともに、かれは決意する。レイストリンの魂を救うと。

 そう信じて。

2016年4月24日日曜日

伝説1巻p352〜《使い魔》

TIME OF THE TWINS p198
“Some magi have animals that are bound to do their bidding,” Raistlin had told him once. “These animals, or familiars as they are called, can act as an extension of a mage”s own senses. They can go place he cannot, see things he is unable to see, hear conversations he has not been invited to share.”

伝説1巻p352
『魔道士の中には動物を使って用事をさせるものもいる』とレイストリンがいつか言っていた。『それらの動物は“使い魔”と呼ばれ、魔導士自身の五感の拡張子として働く。かれらは魔道士の行けない場所に行き、見えないものを見、招かれていない会談を聞くんだ』

“It--it’s my n-night off,” Tas said in what he hoped was an indignat tone of squeak.

「ぼく――ぼく、夜は自由時間なんだ」タッスルはなんとか“怒ったちゅうちゅう声”を出そうとした。

The kender”s heart sank to his hind feet.

 タッスルの心臓は踵まで沈んだ。

But if he stayed a mouse, he’d end up eating corn with Faikus!

 といって、ネズミのままでは、フェイカスのもとで死ぬまでとうもろこしをかじる羽目になる。

This was by far the worst predicament he’d ever been in his entire life,

 これはかれの人生で最大最悪の窮地だった。

“The whole mistake lay in saying a prayer to Fizban,”

(そもそもフィズバンにお祈りしたのがいけなかったんだ)

***

 タッスルの最大最悪の窮地。というかフェイカスって実在するんですか。
 ところで、海外文学において、文中で人を指すのに名前を使わず「ケンダー」とか「ハーフ・エルフは」のように、種族や属性で呼ばれることがありますよね(ドラゴンランスに限らず、エルリックもよく「白子」と書かれてますし)。このシーンのタッスルは「ネズミは考えた」などと記述されてるのかな、と想像したんですが、ケンダーはどうあってもケンダーでした。


“Why can’t you just magic us up to this laboratory place?”

「なぜ魔法で直接その研究室とやらに運んでくれんのだ?」

“No!” Jusutarius answered softly, his voice tinged with awe. “I can feel the very air tingle and crackle with the power Par-Salian extends to perform this spell. I would have no minor spell of mine disturb the forces that are at work here this night!”
Tas shivered at this beneath his fur,

「とんでもない!」ユスタリウスが畏れのまじった声で低く答える。「パー=サリアンが例の呪文をかけるために展開した魔力のせいで、すでに大気そのものが過負荷状態で焼付きそうだ。今夜余計な呪文を使っては、この場に働いている力を乱してしまう」
 タッスルはこれを聞いて毛皮の下で身震いした。

“I wish I could say I thought your brother was worth it.”
“He is,” Caramon said firmly. “You will see.”
“I pray Gilean you are right….”

「それだけの価値が本当にそなたの弟にあるのやら」
「あるとも」キャラモンはきっぱりと言った。「いずれわかる」
「それが違わぬことを、わたしはギレアンに祈る」

***

“I wish I could say I thought…”
「そう考えていると言えたなら」なんて遠回しな薄い希望。
 答えた“He is,”の簡潔さ。

2016年4月23日土曜日

伝説1巻p339〜《探検》

TIME OF THE TWINS p190
“Promise me you won’t leave this room, Tasslohoff Burrfoot. Promise just like you’d promise…say, Tanis, if he were here.”

伝説1巻p339
「この部屋から出ないと約束するんだ。タッスルホッフ・バーフット。ちょうど……そうだ、タニスに約束するようにな――もしタニスがこの場にいたならだが」

***

 森で、しぶるキャラモンを説得しようとしたとき、タッスルはタニスを真似ていました。途方にくれたとき、判断に困ったとき、いつでも出てくるみんなの良識タニス。


Looking at Caramon’s pale, careworn, ant tear-strealed face, the kender felt a moment’s twinge of conscience. But kender are accustomed to dealing with twinges of conscience--just as humans are accustomed to dealing with mosquito bites.

 涙のあとの残る、キャラモンの青ざめてやつれた顔を見ると、タッスルは一瞬良心の呵責を感じた。しかし、ケンダー族たるもの、“良心の呵責”のさばき方には慣れている――かれらにとってそれは、人間が蚊に刺されたときのようなものなのである。

“And Highbulp is home. You send me home.”
“Yes, of course. Now where is home?”
“Where Highbulp is.”
“And where is the Highpul-bulp?” the red-robed mage asked in hopeless tones.
“Home,”

「それから、バルプ大王、うちにいる。だから、おらをうちに送ればいいの」
「もちろんだとも。さあ、うちはどこだね?」
「バルプ大王のいるとこよ」
「それで、パル――バルプ大王はどこにいる?」赤ローブの魔法使いの口調は絶望的である。
「うちだってば」

“Skroth,”
“I remember. The kender said it in the Conclave. Xak Tsaroth?”

「スクロス?」
「思い出した。あのケンダーが枢密院で言っていた。ザク・ツァロスだな?」

Please, Fizban! The kender whispered, if you remember me at all, which I don’t suppose you do, altough you might--I was the one who kept finding your hat.

 お願い、フィズバン! とタッスルはささやいた。もしぼくのこと憶えてくれてるなら。でもたぶん忘れてるだろうね――忘れるなんてひどいけど。だって、あんたの帽子をいつも見つけてあげてたのはぼくだもの。

Closing his eyes tightly so he wouldn’t see anything Horrible he might accidentally conjure up, tas thrust the ring over his thumb. (At last moment he opened his eyes, so that he wouldn’t miss seeing anything Horrible he might conjure up.)

 どんな恐ろしいものが出ても見ないですむように固く目を閉じると、タッスルは親指に指輪をはめた。(ただし、最後の瞬間にかれは目を開け、どんな恐ろしいものが出ても見逃すまいとした。)

“Now, then,” boomed a stern voice right in one of his ears, “answer me, little rodent! Whose familiar are you?”

「さあ、それじゃ」とかれの耳元で厳しい声が轟いた。「答えてもらおうか、小ネズミくん! 君は誰の使い魔なんだね?」

***

『英雄伝』ではリスに、今回はネズミに。素早く好奇心旺盛なケンダーといえば齧歯類なんでしょうか。用心深さ、臆病さは薬にしたくともありませんが。

2016年4月22日金曜日

伝説1巻p328〜《賢者たち》

TIME OF THE TWINS p184
“Forgive me if I do not trust you, old friend, as I might once have done. But your robes seem to be turning as gray as your hair.”

伝説1巻p328
「旧友のあなたを信用していないようなのは――以前にも一度あったこととはいえ――申し訳ないけれど、でも、あなたのローブはその髪の色と同じく灰色に転じつつあると思えるのでね」

Justarius smiled, as if this amused him.

 ユスタリウスがくすりと笑った。

***

as if this amused him--まるで楽しんでいるかのように。つまりはちっとも楽しくないということを、省略したのは何故なんでしょうね。


Reaching beneath his robes, he drew forth a silver key that he wore around his neck on a silver chain--the key that only the Master of a Tower of High Sorcery may use. Once there were five, now only two remained.

 ローブの内側に手を入れ、かれは首から銀の鎖で下げている銀の鍵を取り出した――<上位魔法の塔>の塔主のみが使用できる鍵である。かつては五本存在したこの鍵も、今はわずか二本が残るだけである。

As Par-Salian took the key from around his neck and inserted it into an ornately carved wooden chest standing near his desk, all three mages present were wondering silently if Raistlin was--even now--doing the same thing with the key he possessed, perhaps even drawing the same spellbook, bound in silver.

 パー=サリアンは鍵を首からはずして、机のそばにある美しい木彫りの箱に差し込んだ。三人とも無言だったが、皆、心の中では感じていた。もしやレイストリンも――今この瞬間にも――もう一本の同じ鍵で同じことをしているのではないか? 今、同じ箱から、同じ銀の装丁の呪文書を取り出しているのではないか?

Justarius said with a low whistle of surprise. “That was a well-kept secret.”
“They were fools to even try it,” Par-Salian said, “but they were desperate.”
“As are we,” Ladonna added bitterly.

 ユスタリウスが低く驚きの口笛を吹く。「よく隠されてきたものだ」
「試みるまでもない大それた愚行だよ」とパー=サリアン。「だが、かれらはそれほどやむにやまれぬ思いだったのだ」
「われわれと同じように」ラドンナが苦々しげに言い添える。

“I have an ancient one. I will give it Caramon.”
His emphasis on the man’s name was unconscious, but everyone in the room noticed it.

「わたしの手元に古来の魔導器が一つあるから、キャラモンにはそれを持たせる」
 かれは無意識にキャラモンの名前を強調したが、室内の誰もがそれに気づいた。

“The truth could destroy him,”
“There is very little left to destroy, if you ask me,”

「真実を知ればかれは人格崩壊するかもしれない」
「かれには崩壊するほどのものはほとんど残っていないわ、わたしに言わせればね」

“If you believe it will wash the blood from your robes, then help him, by all means,” She smiled grimly.

「あなたがもし、かれを救うことでその白いローブから血を洗い流すことができると信じているなら、どうぞ万全を尽くして救ってやればよい」彼女は苦い微笑を浮かべた。

“In a way, I find this quite funny. Maybe--as we get older--we aren’t so different after all, are we, my dear?”

「ある意味では、わたしは今回の件を至極愉快に思う。多分――歳をとって――わたしたち二人とも結局お互いさして違いはなくなったというわけではないかな、親愛なるパー=サリアン?」

“The differences are there, Ladonna,” Par-Salian said, smiling wearily. “It is the crisp, clear outlines that begin to fade and blur in our sight.”

「違いはあるとも、ラドンナ」パー=サリアンが疲れた微笑を返す。「だが、われわれの視力が衰えて、はっきりとした明確な輪郭線がぼやけはじめたのさ」

“If you fail--“
“Enjoy my downfall.”
“I will,”
“the more so as it will probably be the last thing I enjoy in this life.”

「もし貴殿が失敗すれば――」
「そのときは、わたしの転落を楽しんでくれ」
「そうしよう」
「大いに楽しむことにしよう。わたしの人生で楽しめる最後のことになりそうだから」

***

 あの消えた未来、キャラモンが見てきた世界において、果たして彼女は本当に楽しんだのだろうか。かの歴史書に書かれているなら確かめてみたい気がします。


“It is a strange charm Raistlin possesses! You never met him, did you? No. I felt it myself and I cannot understand….”

「なんと不思議な魅力をレイストリンはもっていることよ! 貴公はかれとは会ったことがなかろう? ないな。 わたしは自分でもその魅力を感じるのだが、どうにも理解ができん……」

“Perhaps I can,” Justarius said. “We’ve all been laughed at one time in our lives. We’ve all bee jealous of a sibling. We have felt pain and suffered, just as he has suffered. And we’ve all longed--just once--for the power to crush our enemies!”

「おそらく、わたしには理解できる」とユスタリウス。「われわれは皆、嘲笑を受けたことが過去に一度はある。われわれは皆、きょうだいに嫉妬をしたことがある。われわれは苦痛や苦難を経験したことがある。ちょうどかれと同じように。そして、われわれは皆――一度くらいは――敵を破壊しつくせるほどの力を望んだことがある!」

“We pity him. We hate him. We fear him--all because there is a little of him in each of us, through we admit it to ourselves only in the darkest part of the night.”

「われわれはかれを憐れみ、かれを憎み、かれを恐れる――それはひとえに、われわれ一人一人が自分の中に少しずつ“かれ”をもっているからだ。ただ、われわれがそれを自覚するのは暗い夜の闇の底でだけなのだ」

“If we admit it to ourselves at all.”

「いったい自覚することなどあるのだろうか」

Shuttering the door too hastily, he caught the hem of his red robe and was forced to open it again to free himself. Before he closed the door again, he heard the sound of weeping.

 扉を閉めるとき、かれはうっかりと赤いローブの裾をはさんでしまい、もう一度扉を開けた。裾を抜いて、かれは改めて扉を閉めたが、そのあいだ、中からは静かな泣き声が聞こえていた。


***

 子供の頃は、主人公や味方が若くして散っていくアニメ等を観て、華々しい死に憧れたりしたものですが。ある程度生きてみて、長生きするのも悪くないなあと思うようになりました。さらには、こんな会話を交わせるようになるまで生きてみたいとも思います。ただ長く生きているだけでは駄目でしょうけれど。

2016年4月21日木曜日

伝説1巻p320〜《首座たち》

TIME OF THE TWINS p181
“There are no creatures from Beyond lurking in the corners, Ladonna, I assure you,” the old mage said dryly. “Had I wanted to banish you from this plane, I could have done so long ago, my dear.”

伝説1巻p320
「部屋の隅に異界からの怪物どもは潜んでおらんぞ、わがラドンナ、わたしが保証する」老魔法使いはそっけなく言った。「この次元からそなたを追放したいと思っていたなら、わたしはとうの昔にそうしていたよ、なあ?」

“When we were young?” Ladonna cast aside her hood.

「わたしたち二人がまだ若いうちに?」ラドンナはフードをはずした。

Iron-gray hair, woven into an intricate braid coiled about her head, framed a face whose beauty seemed enhanced by the lines of age that appeared to have been drawn by a masterful artist, so well did they highlight her intelligence and dark wisdom.

 鉄灰色の髪が複雑な編み方で頭にきっちりと巻かれ、顔を縁どっている。その顔を一層美しく見せているのが老齢による皺で、名工の手で引かれたような見事なその皺は、彼女の知性と秘められた学識をくっきりと際立たせていた。

“That would have been a contest indeed, Great One.”
“Drop the title, Ladonna,” Par-Salian said. “We have known each other too long for that.”

「さぞやきわどい争いになっていたことでしょうね、ご大老」
「敬称はよしてくれ、ラドンナ」パー=サリアンは言った。「長いつきあいではないか」

“Known each other long and well, Par-Salian,” Ladonna said with a smile. “Quite well,” she murmured softly, her eyes going to the fire.

「長くて深いつきあいね、パー=サリアン」ラドンナはほほえんだ。「とても深い……」彼女は低くつぶやいて暖炉の火を見つめた。

“Would you go back to our youth, Ladonna?”
“To trade power and wisdom and skill for what? Hot blood? Not likely, my dear. What about you?”

「若い頃の二人に戻りたいのか、ラドンナ?」
「知識と力と技とを白紙に戻して、その見返りは? 熱い血潮? いいえ、遠慮しておくわ。あなたは?」

“I would have answered the same twenty years ago,”
“But now…I wonder.”

「二十年前ならわたしも同じ答えをしただろう」
「だが、今は……どうだか」

***

 白ローブの首座にして<枢密会議>の長、パー=サリアン。黒ローブの首座、ラドンナ。この二人の間に過去に何があったのか、あるいは今もあるのか。憶測の域を出ませんが、原文では”my dear”と呼び合う間柄だったようです。


“And that is why we must send her back in time.”
“I fail to see--“
“She must die, Ladonna!” Par-Salian snarled. “Must I conjure a vision for you?”

「さればこそ、われわれは彼女を過去へ送らねばならないのだ」
「よくのみこめないけれど――」
「過去へ送れば彼女が死ぬはずだからだよ、ラドンナ!」パー=サリアンが吐き捨てるように言った。「あからさまに言わせんでくれ」

“So you will send her death,”
“Your white robes will be stained red with blood, my old friend.”

「では、あなたは彼女を死ににゆかせるつもりなのね」
「あなたのその白いローブは血で赤く汚れることでしょうね」

“What truth?”
“You will have to show her,”
“Prove to her how great the danger is.”

「何の真実?」
「彼女にも見せてあげるべきでしょう」
「どれほど危険が大きいかを証明してあげねば」

“Go ahead!” Par-Salian snapped.
“You know I cannot lie to you, Ladonna.”
“Though you may lie to others,” Justarius said softly.

「さあ!」パー=サリアンが促す。
「ラドンナ、わたしがきみに嘘をつけんのは知っているだろう」
「他の者にはついてもね」ユスタリウスが低くあてこする。

Then it wavered and coalesced, forming into the shimmering image of the owner of the staff.

 そして、虹は揺れながら混ざりあい、杖の元の持ち主の幻像を宙に結んだ。

“Well, Ladonna,” Par-Salian asked quietly, after a moment. “Do we go ahead?”

「どうだね、ラドンナ」パー=サリアンが静かに尋ねた。「協力してくれるかね?」


***

 一度竜槍ファンの皆さんと語り合ってみたい、聞いてみたいことが一つあります(本当は一つどころではすまないのですが)。

「作中の登場人物の誰かになれるとしたら、誰を選ぶ?」

 私はやはり女性の魔法使いになりたいものですが、数が少ないせいもあり、これまでこれという理想がいませんでした。イエンナもいいけど恋人の趣味が合わないな(笑)。『秘史』のイオランゼも素敵ですが、アリアカスの愛人なんてさらにご免こうむりますし。だがしかし、ここで再発見したラドンナ様!いい!成熟した知性と美貌、空前の脅威に直面しながらも皮肉を言える度胸!かっこいい!それにパー=サリアンなら相手にとって不足なし!
 竜の卵の探索の際、ギルサナスとシルヴァラを助けたのも彼女でしたっけ(曖昧)なりかわるよりも、むしろ弟子にしてください。毎朝の髪結い、得意ですから私。

2016年4月20日水曜日

伝説1巻p311〜《ブープー》

TIME OF THE TWINS p175
“Me no creature!”

伝説1巻p311
「おら、けだものじゃない!」

Bupu lifted her tear-stained, mud-streaked face from the floor, her hair frizzed up like an angry cat’s. glaring at Par-Salian, she stood up and started forward, tripped over the bag she carried, and sprawled flat on the floor. Undaunted, the gully dwarf picked herself up and faced Par-Salian.

 ブープーが涙と泥で汚れた顔を床から上げた。髪が怒った猫のように逆立っている。パー=サリアンを睨みつけながらブープーは立ち上がり、前へ進み出かけて、自分の下げ袋につまずき大の字に床にころんだ。しかし、それにも屈せず、彼女は起き上がるとパー=サリアンに向かいあった。

“Me know nothing ‘bout big, powerful wizards.” Buou waved a grubby hand. “me know nothing ‘bout no charm spell. Me know magic is in this”--she scrabbled around in the bag, then drew forth the dead rat and waved it in Par-Salian’s direction--

「おら、つよくてえらいまじつしたちのこと、何もしらない」ブープーは汚い手で指した。「おら、まほうのじゅもんも、何もしらない。おらの知ってるまじつ、これだけ」――彼女は持ち物袋をかきまわしてネズミの死骸を引っぱり出すと、パー=サリアンのほうにそれを振った――

“and me know that man you talk ‘bout here is nice man. Him nice to me.” Clutching the dead rat to her chest, Bupu stared tearfully at Par-Salian. “The others--the big man, the kender--they laugh at Bupu. They look at me like me some sort of bug.”

「でも、おらにはわかる。あんたたちが今うわさしてるひと、とてもいいひと。あのひと、おらにとてもやさしい」ネズミの死骸を胸に抱き寄せ、ブープーは涙をためてパー=サリアンを見た。「ほかのひとは――あの大男も、このケンダーも――みんな、ブープーのこと笑う。みんな、おらのこと虫けらみたいに見る」

Bupu rubbed her eyes. There eas a lump in Tas's throat, and he felt lower than a bug itself.

 ブープーは両眼をこすった。タッスルは喉が詰まり、自分が虫けらよりも下等な気がした。

Bupu continued, speaking softly. “Meknow how me look.” Her filthy hands tried in vain to smooth her dress, leaving streaks of dirt down it. “Me know me not pretty, like lady lying there.”

 ブープーは低い声で続けた。「おら、じぶんがどんなふうに見えるか、しってる」彼女は汚い手でしわくちゃの服をなでつけようとしたが、かえって泥の筋を何本もつけただけだった。「おら、かわいくないの、しってる。あそこにねてる女のひととは、ずいぶんちがう」

The gully dwarf snuffled, but then she wiped her hand across her nose and--raising her head--looked at Par-Salian defiantly. “But him not call me ‘creature!’ Him call me ‘little one.’ Little one,” she repeated.

 どぶドワーフは鼻をすすったが、やがてぐいと手の甲で鼻水をふくと――顔を上げ――ひたとパー=サリアンを睨みつけた。「でもあのひとは、おらのこと、けだものなんて呼ばない! あのひとは、おらのこと、『おちびさん』と呼んでくれた。おちびさんって」彼女は繰り返した。

For a moment, she was quiet, remembering. Then she heaved a gusty sigh. “I-I want to stay with him. But him tell me, ’no.’ Him say he must walk roads that be dark. Him tell me, he want me to be safe.

 つかの間、ブープーはおし黙り、回想にひたっていた。やがて、大きくため息をついて、「おら――おら、あのひとのそばについていたかった。でも、あのひと、『だめ』って言った。ぼくは暗い道を歩かなくてはいけないからって。おらにしあわせでいてほしいって」

Him lay his hand on my head”--Bupu bowed her head, as if in memory--“and I feel warm inside. Then him tell me, ‘Farewell, Bupu.’”

「そう言って、あのひと、おらの頭に手をおいた」――ブープーは思い出の中でと同じように頭を垂れた――「すると、おら、からだの中があったかくなった。それから、あのひと、『さようなら、ブープー』って言った」

“Him call me ‘little one.” Looking up, Bupu glanced around at the semicircle. “Him never laugh at me,” she said, choking. “Never!”

「あのひとはおらのこと、『おちびさん』って呼んだ」目を上げて、ブープーは半円を見まわした。「あのひと、一かいもおらのこと笑ったりしなかった」彼女は喉を詰まらせた。「一かいも!」

***

 一昨年、『戦記』から通して再読していて、ここで声を上げて泣きました。涙したシーンは数あるものの、声に出たのはここだけです。そもそも声を上げて泣くこと自体、いったい何年振りのことだったか。記憶にありません。

2016年4月19日火曜日

伝説1巻p300〜《「予期していない?」》

TIME OF THE TWINS p169
“Expects?” Dalamar laughed until he could scarcely breath. “He planned all of this!”

伝説1巻p300
「予期していない?」ダラマールは笑いすぎて息を切らした。「かれはこれをすべて計画したのですよ!」

“I am caught in the middle, as he intended.”
“I don’t know who I serve anymore, if anyone.”

「わたしはかれの思惑どおり、すっかりからめとられてしまったようです」
「わたしには、自分がそもそも誰に仕えているのか、もはやわからないのです」

“Because--like me--he has you where he wants you,”

「なぜなら――わたしと同じように――あなたがたはかれにとってちょうどよい手駒だからです」

“As it turned out, however, Lady Crysania fell into his hands--one might say literally. She is good, strong in her faith, powerful--“
“And drawn to evil as a moth is drawn to the flame,”

「結局、蓋を開けてみると、レディ・クリサニアが――文字どおり、と言っていいほどに――かれの手中にころがりこんできたわけです。彼女は善良で、信仰篤く、強力で――」
「――そして、蛾が炎にひき寄せられるように、悪にひき寄せられた、と言うのか」

***

 レイストリンの力を、野心を誇り、そのために自分がいかに利用されているかをすら誇ってみせるダラマール。ここまで来てもまだ、自分の小さなレイストこそが真のかれだと信じ込もうとするキャラモン。聡明で善良であるがゆえに、レイストリンの全貌を捉えきれなかったパー=サリアン。善良で一途であるがゆえの悲劇をこれから繰り広げていくクリサニア。
 そして、一途さ以外何も持ち合わせないブープー。それぞれの目に映る一人の人物像が、これほど多彩に展開されていく様を、他に知りません。


Par-Salian’s eyebrows raised ever so slightly, and Tas stuttered.

 パー=サリアンの眉がわずかにひそめられたのを見て、タッスルはどもった。

The kender paused for breath. Par-Salian’s lips twitched, but he refrained from smiling.

 ケンダーは一息ついた。パー=サリアンがぴくぴくと唇をうごめかせたが、なんとか苦笑をこらえていた。

Par-Salian out his fingers on his lips to control them.

 パー=サリアンがほころびそうになる自分の唇に指を押しあてる。

“No offense meant, I’m certain, but did you ever stop to think that your Forest is really nasty? I mean, it is not friendly”--Tas glared at the mages sternly--“and I don’t know why you let it wander around loose! I think it’s irresponsible!”

Par-Salian’s shoulders quivered.

「いえ、あなたがたの悪口を言ってるんじゃないんですよ。でもね、ちょっとあの森はほんとにひどいな、なんて考えてみたりしませんか? ひどいというか、とにかく友達じゃありませんよね」――タッスルは魔法使いたちをじろりと睨んで――「それに、なぜあの森を勝手にふらふら歩きまわらせるんですか! そんなの無責任ですよ!」

 パー=サリアンの肩が小刻みに震えている。

***

 眉をひそめるだけでタッスルの脱線を止めるとは、さすが<枢密会議>の長。しかし我らがタッスルも負けてはいなかった!吹き出させるには至りませんでしたが、パー=サリアン並びに一同の腹筋をしっかりほぐしてくれたのでは。絶賛陶酔中の黒エルフと、聞いちゃいないキャラモンは別でしょうけれども。

2016年4月18日月曜日

伝説1巻p290〜《選択》

TIME OF THE TWINS p165
 “Perhaps what I did was wrong. And yet--did I have a choice? Where would we be today if I had not made the decision I made?”

伝説1巻p290
「おそらくわたしのしたことは邪道だろう。だが――他に道があっただろうか? わたしがあの決定をしていなければ、現在われわれはどうなっていたことか」

Tas saw Par-Salian turn to look at the mages who sat on either side of him, and suddenly the kender realized Par-Salian’s answer was for them as much as for Caramon.

 タッスルはパー=サリアンが左右の魔法使いたちを見やるのを見て、不意に悟った。パー=サリアンの返答は、キャラモンに対してだけでなかれらにも向けられたものなのだ。

“’One among your Order you will choose to help fight this evil.’ Paladine told me.”

「『この邪悪との闘いに役立つ者を一人、汝ら魔法使いの中から選び出せ』とパラダインはわたしに告げた」

“‘Choose well, for this person shall be as a sword to cleave the darkness. You may tell him nothing of what the future holds, for by his decisions, and the decisions of others, will your world stand or fall forever into eternal night.’”

「『心して選ぶがよい。その人物こそ、闇を切り裂く<剣>となるのだからな。その者には、未来に何が待ち受けているのか、一切語ってはならぬ。なぜなら、汝の世界が留まるも永遠の闇に堕ちるも、その者の心次第、そして他の者の心次第なのだから』」

Par-Salian glanced at them, his eyes flashing. Within that moment, Tas saw revealed the power and authority that lay within the feeble old mage.

 パー=サリアンはじろりとそちらを睨みつけた。そのわずかな一瞬に、タッスルは、弱々しい老人の体に潜む力と威厳をまざまざと目の当たりにした。

“I chose Raistlin,”
Caramon scowled. “Why?” he demanded.

「わたしはレイストリンを選んだ」
 キャラモンは眉を逆立てた。「なぜだ?」かれは迫った。

***

“Do you believe we were chosen, Raistlin?”
「おれたちは選ばれたのだと思うか、レイストリン?」  
The mage did not hesitate. “Yes. So I was given to know in the Tower of Sorcery. So Par-Salian told me.”
 魔法使いは即座に答えた。「ええ。ぼくは<上位魔法の塔>でそう知らされました。パー=サリアンはぼくにそう言いました」 
“But who chose us? And for what purpose? Consider that, Tanis Half-Elven!”
「でも、誰がぼくたちを選んだのです?なんの目的で?それを考えるんですよ、タニス」

<闇の森>での会話。タニスにも、レイストリンにも、この時わかるはずもありませんでした。


“I knew that nothing, not even the fear of death itself, would stop him from attaining his goals.”

「かれの行く手を阻めるものは何も――死への恐怖自体でさえも――ない」

“And I knew that the goals he sought to attain might well benefit world, even if he, himself, should choose to turn his back upon it.”

「しかも、かれのめざしている到達点は、かれの思惑がどうであれ、この世界の益となるのではないか、とわたしは予測した」

“Let me get this straight,”
“This Fistandantilus…took over Raistlin’s soul? He’s the one that made Raistlin take the Black Robes.”

「話をはっきりさせてくれ」
「そのフィスタンダンティラスが――レイストリンの魂を乗っ取ったのか? レイストリンに黒いローブをまとわせたのはそいつなんだな」

"Your brother made his own choice,”
“As did we all.”

「そなたの弟は自分で選択したのだ」
「われわれ皆と同じようにな」

“I don’t believe it!”
“Raistlin didn’t make this decision. You’re lying--all of you! You tortured my brother, and then one of your old wozards claimed what was left of his body!”

「そんなこと、信じられるか!」
「レイストリンはこんな決断はしていない。あんたは嘘をついている――あんたがた全員が!あんたがたは寄ってたかっておれの弟を責め苛み、その挙句、ずたずたになった弟の体まであんたがた老いぼれ魔術師の仲間の一人が奪い取ったんだ!」

“I’m going to get him back,”
“If he can go back in time to meet this old wizard, so can I. You can send me back. And when I find Fistandantilus, I’ll kill him.”

「おれは弟を連れ戻しに行く」
「もしレイストリンがその老魔術師に会うために時間をさかのぼれるなら、おれにだってできる。おれを過去に送ってくれ。そこでフィスタンダンティラスを見つけ出して、この手で殺してやる」


“Then Raist will be…”

“He’ll be Raist again.”

「そうすればレイストは……」
「あいつはもう一度レイストになれる」

2016年4月17日日曜日

伝説1巻p274〜《枢密会議》

TIME OF THE TWINS p155
The Art--Magic. It was parent, lover, spouse, child. It was soil, fire, air, water. It was life. It wad death. It was beyond death.

伝説1巻p274
 魔術――魔法。それは親であり、恋人であり、配偶者であり、子供である。それは土であり、火であり、大気であり、水である。それは生であり、死であり、死を超えるものである。

Who questions the gods? They demanded a sword. I found one. And--like all swords--it was two-edged.

 神々に異議を唱えるものがどこにいる?神々は<剣>を要求した。わたしはそれを見つけた。そして――どの剣もそうであるように――その剣は両刃の剣だったのだ。

Of all the Conclave, only the old man’s face was visible.

 この<枢密会議>全員の中で、唯一、例の老人の顔だけがフードから現れていた。

“You know of his evil?”

「そなたはかれの邪悪な噂を知っておろう?」

A sneering voice rang through the hall,”You know nothing, Great One. You are a fool!”

 そのとき、冷笑的な声が広間に響き渡った。「ご大老よ、あなたは何もご存知ではない。あなたは愚か者です!」

“Then what does he want?”

「では、何を求めておるのだ?」

Tas, peering out around Caramon’s arm, saw the delicate, cruel features of the dark elf relax in a smile--a smile that made the kender shiver.

 タッスルがキャラモンの腕のわきから覗いてみると、黒エルフの優美で残忍な顔がほころんで微笑を浮かべたところだった――ケンダー族のかれでさえ戦慄するほどの微笑。

“He wants to become a god,” Dalamar answered softly. “He will challenge the Queen of Darkness herself. That is his plan.”

「かれが求めているのは神になることです」ダラマールは穏やかに答えた。「かれは<暗黒の女王>自身に挑戦するつもりです。それがかれの計画です」

***

 たぶん、日本の一般的な宗教観を持つ人には、米国本国の読者にこの台詞が与えたであろう衝撃は十分味わえていないだろうと思います。いたるところに、人を神として祀った神社がある、人と神との間の敷居が低い国ですから。


“He said to give you his regards, Par-Salian!”

「パー=サリアン殿、かれは、あなたによろしくと言っておりました!」

The great mage’s head bent. The hand rising to support it shook as with a palsy. He seemed pld, feeble, weary. For a moment, the mage sat with his eyes covered, then he raised his head and looked intently at Dalamar.

 老魔法使いはがくりとうなだれた。頭を支えようと上げた手も、中風のように震えている。かれは急に、年老いて、弱々しく、疲れて見えた。一瞬、すわったまま目を覆ったが、また頭を上げると、まじまじとダラマールを見た。

“Your return?”
“But he knows you for what you are--a spy, sent by us, the Conclave, his fellows.”

「戻る、だと?」
「だが、かれはおまえの正体を見破っているのだろう?おまえがスパイであり、それを送り込んできたのはかれの傍輩たるわれわれ枢密会議だ、と」

“He knows me,”
“He knows he has ensnared me. He has stung my body and sucked my soul dry, yet I will return to the web.”

「かれはわたしを熟知しています」
「わたしがすでにかれにからめとられてしまったことを、承知しているのです。かれはわたしの体に毒牙を埋め、わたしの魂を吸い取ってしまったというのに、それでもわたしはその蜘蛛の巣に帰らずにはいられません」

“Nor will I be the first,”
“Will I, brother?”

「でも、そうなったのはわたしが初めてではないはず」
「そうでしょう、お兄さん」

“Yes, your brother’s hand did this,”
“It is no matter,”
“it was no more than I deserved.”

「そうだ、この傷はきみの弟につくられたものだ」
「こんなことは何でもない」
「当然の報いなのだから」

“Tell us, Dalamar,what he plans. Unless, of course, he has forbidden you to speak of it.” There was a note of irony in the mage’s voice that the dark elf did not miss.

「ダラマールよ、かれが何を企てているか教えてくれ。もちろん、口止めをされていないならばな」老魔法使いの声に皮肉な響きがあるのを、黒エルフは聞き逃さなかった。

“No,” Dalamar smiled grimly.” “I know his plans. Enough of them, that is. He evevn asked that I be certain and report them to you accurately.”

「喜んで」ダラマールは陰惨な微笑を浮かべた。「かれの計画なら承知しています。充分にお話ししましょう。むしろ、忘れずに正しくあなたがたに報告するよう、かれから言いつけられていますから」

***

 この辺りから物語の密度が急上昇し、息を呑むシーン、衝撃の台詞が連続で、どこで区切りをつけたものか悩みます。目安としては一章につき二回、くらいです。

2016年4月16日土曜日

伝説1巻p263〜《真の悪》

TIME OF THE TWINS p148
“What will I see?”
“Only what your eyes have been seen, but refused to look at.”

伝説1巻p263
「では、このオーブは何を映すのです?」
「あなたの目に映りながらも、あなたが見まいとしてきたもの。ただそれだけです」

“As for why?” Raistlin shrugged. They have nowhere else to go.”

「なぜ、ということに関しては」レイストリンは肩をすくめた。「ほかに行き場所がないからですよ」

“But this is terrible! I’ll tell Elistan. We’ll help them, give them money--“
“Elistan knows,”
“No, he can’t! That’s impossible!”
“You knew. If not about this, then you know of other places in your fair city that are not so fair.”

「でも、これはあんまりだわ! わたしはエリスタンにこのことを伝えます。わたしたちが力になって、お金を与え――」
「エリスタンなら知っていますよ」
「まさか、そんな! そんなはずはないわ!」
「あなただって知っていたでしょう? ここではなくとも、他の場所が、美しい都に似つかわしくない有様であるのを」

Crysania watched in agony as the mage ripped the pearl-white facade from the city, showing her blackness and corruption bebeath. Bar, brothels, gambling dens, the wharves, the docks…

 クリサニアが苦悶しながら見守る中、魔法使いは都の真珠のように白い外観をはぎ取って、その下の汚濁と腐敗を見せていった。酒場、売春宿、賭博部屋、波止場、桟橋……

“No,”
“Please show no more.”
But Raistlin was pitiless.

「もうやめて」
「どうかもう見せないで」
 しかし、レイストリンは無慈悲だった。

***

“brothel”が何なのか、クリサニアに理解できたんでしょうか。まさか現場を見せたわけではないと思いますが。
 そして、彼女の足が地についていないことを案じ、レイストリンに会いに行くことに反対していたエリスタンは、なぜ自らの手で彼女を導いてやろうとしなかったのでしょうね?


“We are not so very different.” Raistlin’s voice seemed to come from the flames.
“I live in my Tower, devoting myself to my studies. You live in your Tower, devoting yourself to your faith. And the world turns around us.”

「ぼくたち二人は存外似ているようですね」レイストリンの声は炎の中から聞こえるようだった。「ぼくはぼくの<塔>に住み、自分の学問に没頭している。あなたはあなたの<塔>に住み、自分の信仰に没頭している。そして、世界はその二人のまわりを回っている」

“And that is true evil,” Crysania said to the flames. “To sit and do nothing.”

「そして、それこそが真の悪なのですね」クリサニアは炎に向かって言った。「座したまま何もしない、ということが」

“You cannot do this,”
“It is wrong, you must be stopped.”

「こんな計画はできるはずがありません」
「間違っています。是が非でも、あなたの計画は阻止しなければなりません」

“Prove to me that this is evil.”
“Will you listen?”
“The darkness parted, and you came in.”

「間違っているということをぼくに証明してくれませんか」
「あなたは耳を傾けてくださいますか?」
「闇が二つに分かれて、そしてあなたが入ってきたではありませんか」

“Perhaps Paladine did not send you to stop me, Lady Crysania. Perhaps he sent you to help.”

「パラダインがあなたを送り込んできたのは、ぼくを阻止するためではないかもしれませんよ、レディ・クリサニア。ぼくを助けるためかも」

2016年4月15日金曜日

伝説1巻p248〜《動揺》

TIME OF THE TWINS p140
How was he capable of doing this to her? Never had ant man been able to humiliate her so! Never had any man cast her mind in such turmoil!

伝説1巻p248
(よくもこんな仕打ちを……。わたしにこれほど恥ずかしい思いをさせた男など、今までただの一人もいなかったわ! わたしの心をこれほど乱した男など、誰一人!)

She had looked forward to visiting the Tower this night, looked forward to it and dreaded it at the same time.

 今夜かれの<上位魔法の塔>を訪れるのを、彼女はずっと心待ちにしていた。心待ちであると同時に、恐れてもいた。

Somehow, she could not bring herself to tell Elistan that Raistlin had touched her, had--No, she wouldn’t mention it.

 どういうわけか、彼女はレイストリンに触れられたことをエリスタンに話す気になれなかった。もし――いや、やはり到底話せなかった。

--she took a hurried step forward and slipped her hand around Raistlin’s thin arm.

 彼女は慌てて足を速め、レイストリンの痩せた腕にとりすがった。

“I-I’m not afraid,” she said, though she knew he could feel her body quivering. “I…was just…unsure of my steps, that was all.”

「わ、わたしは恐れてなどいません」彼女は言ったが、体の震えはかれに伝わっているはずだった。「わたしは……ただ……足元がよく見えなくて――ただそれだけです」

***

 樫林を抜けてきたクリサニアの恐怖と動揺を、「吊り橋効果」に利用しているのは計算のうちですか。策士よのう。


“What marvelous hands you have,” Crysania said, without thinking. “How slender and supple the fingers are, and so delicate.”
“B-but I-I suppose that is requisite to your Art--“

「なんてきれいな手をおもちなんでしょう」クリサニアは深く考えることなく言った。「なんて細くてしなやかな指、それに繊細で」
「で、でも、き、きっと、魔術を操るにはそうでなければいけないのでしょうね――」

“Yes, they protected me. But some day, I vowed I wouldn’t need their protection! I would rise to greatness on my own, using my gift--my magic.”

「確かに、かれらはぼくを守ってくれた。けれどもぼくは、いつかかれらの保護を必要としなくなってやろうと誓った。自分の力で偉大になってみせる――ぼくに与えられた才能、つまり魔法を使って!」

“But this power is evil!”

「でも、その力は邪悪なものです」

“Is it?”
“Is ambition evil? Is the quest for power, for control over others evil? If so, then I fear, Lady Crysania, that you may as well exchange those white robes for black.”

「そうでしょうか?」
「野心が邪悪なものでしょうか? 力を探求することが、支配権を求めることが、邪悪でしょうか? もしそうだというならば、レディ・クリサニア、あなただってその白いローブを黒に着替えたほうがよいのではありませんか?」

“How dare you?”
“I don’t--“
“Ah, but you do,”

「なんですって!」
「わたしにはいったい何のことだか――」
「いや、おわかりのはずですよ」

How alike we are, he and I!

『わたしたちは瓜二つなのだわ、かれとわたしは!』

2016年4月14日木曜日

伝説1巻p229〜《ウェイレスの森》

TIME OF THE TWINS p129
The branches shimmeried in the early morning sunlight with the faint yellowgreen glow of spring. Wild flowers bloomed at their roots, the early flowers of spring--crocusses and violets.

伝説1巻p229
 枝々が早朝の日差しを浴びて、春らしい萌黄色をきらめかせていた。その根元には、野に咲く春の花々――クロッカス、すみれ。

These trees, mostly dead, stood side-by-side, lined up evenly, row after row. Here and there, as one looked deeper into the Forest, a living tree might be seen, watching like an officer over the silent ranks of his troops.

 こちら側の木は大部分が枯木だが、前後左右等間隔できれいに並んでいる。奥に目を凝らすと、生木がちらほらと混在しているのが見え、それらはちょうどもの言わぬ軍勢を率いている指揮官を思わせる。

Raistlin seemed to walk beside Caramon every step of the way into the Forest. The warrior could almost hear the soft whisper of his brother’s red robes--they had been red then!

 レイストリンがキャラモンにぴたりと寄り添って一緒に魔の森へ歩いているようだった。戦士には、弟の赤いローブの静かな衣ずれの音さえ聞こえるような気がした――ローブは当時まだ赤かったのだ!

He could hear his brother’s voice--always gentle, always soft, but with that faint hiss of sarcasm that grated so on their friends.

 かれには弟の声も聞こえた――いつも穏やかで静かな物言いだったが、そこには皮肉っぽい棘があり、それが友人たちにはひどく気に障ったものだった。

But it had never bothered Caramon. He had understood--or anyway thought he had.

 だが、キャラモンは弟の言葉に腹を立てたことなど一度もなかった。かれは弟を理解していたのだから――いや、ともかく、理解していると思い込んでいたのだから。

They will not bother me, brother….We have been invited! Raistlin’s words, spoken seven years ago.

『かれらはぼくたちを困らせるようなことはしないさ、兄さん……。ぼくたちは招かれているんだから』七年前の、レイストリンの言葉。

“Mages invite us. I don’t trust ‘em.” Caramon softly repeated the answer he had made then.

「おれたちを招いたのは魔法使いの連中だ。おれはあんな連中、信用しないぞ」キャラモンは七年前と同じ言葉をそっと繰り返した。

Suddenly, the air was filled with laughter--strange, eerie, whispering laughter. Bupu threw her arms around Caramon’s leg, clinging to him in terror. Even Tasslehoff seemed a bit disconcerted. And then came a voice, as Caramon had heard it seven years before.

 突然、大気に笑い声が満ちた――異様で、不気味な、ささやくような笑い声。ブープーがきゃっとキャラモンの脚にしがみついた。タッスルホッフでさえ、わずかに狼狽したように見える。やがて、声が聞こえた。キャラモンが七年前に聞いたのと同じ問いかけが。

Does that include me, dear brother?

「それはぼくも含めての話かい、大切な兄さん?」

2016年4月13日水曜日

伝説1巻p198〜《烙印》

 少しだけページを遡ります。

TIME OF THE TWINS p112
So dangerous was this job that--when They had deemed it necessary to plant a spy inside the mage’s household--They had asked volunteers, none of them willing to take responsibility for cold-bloodedly commanding anyone to accept this deadly assignment.

伝説1巻p198
 この仕事はあまりにも危険をともなうので、そのため“かれら”は――レイストリンのもとへスパイを送り込む必要を感じた際に――このような命がけの任務に誰かを指名するという冷酷な責任を負うのを嫌って、志願者を募ったのだった。

“I would risk my soul for the chance to study with the greatest and most powerful of our order who has ever lived!”
“You may well be doing just that,”

「史上最大最強の魔法使いのもとで学べるのなら、たとえ魂まで危険にさらしても本望です!」
「そなたならやってのけるわな」

“Do you know where that door leads?”
“Yes…Shalafi.” A whisper.
“And you know why it is not opened?”

「あの扉がどこへ通じているか知っているか?」
「はい――シャラーフィさま」ささやく。
「では、なぜ扉が閉ざされたままなのかも?」

“You cannot open it, Shalafi. Only one of great power-ful mage and one of true holy powers may together open--“

「誰にも開けられないからです、シャラーフィさま。開けられるとすれば、強大な魔力をもつ者と真に聖なる力をもつ者とが手を携えた場合のみ――」

“Yes,” Raistlin murmured, “you understand. ‘One of true holy powers.’ Now you know why I need her! Now you understand the heights--and depths--of my ambition.”

「そうだ」とレイストリン。「わかったようだな。『真に聖なる力をもつ者』。これで、君にもなぜぼくが彼女を必要とするかわかったわけだ! これで、ぼくの野心の高さ――そして深さ――もわかったろう」

“And so your journey will take you--“ Dalamar stopped in disbelief.

「すると、あなたの旅というのは――」ダラマールは信じられずに言い淀んだ。

“A toast to--how did you put it?--onr of true holy powers. This then, to Lady Crysania!”

「さあ、乾杯だ――君はなんと表現したっけ?――そう、真に聖なる力をもつ者、に。すなわち、レディ・クリサニアに乾杯!」

“You want them to help her?”
“She plots to destroy you!”

「あなたは彼女が助力を受けるのを、本当にお望みなのですか?」
「彼女はあなたの破滅を企んでいるのですよ!」

“Think about it, Dalamar,” he said softly, “think about it, and you will come to understand. But”--the mage set down his empty glass--“I have kept you long enough.”

「よく考えてごらん、ダラマール」かれは柔らかく言った。「よく考えてごらん。そうすれば、おまえにも理解できる。だが」――魔法使いは空になったグラスを置いて――「今夜はもう遅い」

“You must make your journey and be back before I leave in the morning,”

「おまえは、明朝のぼくの出発までに、自分の旅をすませて戻ってこい」

Slowly, Raistlin lifted his hand and laid it gently upon Dalamar’s chest, touching the young man’s black robes with the tips of five fingers.

 ゆっくりと、レイストリンは片手を上げると、優しくダラマールの胸に当て、五本の指先で若者の黒いローブに触れた。

“Relate to them accurately both what I have told you,” Raistlin whispered, “and what you may have guessed. And give the great Par-Sarian my regards…apprentice!”

「かれらに正確に伝えたまえ、ぼくがおまえに語ったことを残らず」レイストリンはささやいた、「それにおまえが推察したことも忘れずにな。それから、大パー=サリアンには、ぼくがよろしくと言っていた、と……わかったか、弟子よ!」

Dalamar collapsed upon the floor, clutching his chest, moaning. Raistlin walked around him without even a glance. The dark elf could hear him leave the room, the soft swish of the black robes, the door opening and closing.

 ダラマールは床にくずおれ、胸をつかんでうめいた。レイストリンはそれには目もくれず、かれの体をよけて行った。黒エルフの耳に、黒いローブのかすかな衣ずれの音、扉の開く音と閉まる音が聞こえ、師が部屋を立ち去ったのがわかった。

In a frenzy of pain, Dalamar ripped open his robes. Five red, glistening trails of blaad streamed down his breast, soaking into the black cloth, welling from five holes that had been burned into his flesh.

 痛みに駆りたてられるように、ダラマールは自分のローブを裂き開いた。胸には五つの穴が深々と焼き印され、穴から血があふれ、赤く光る五本の血条となって胸を流れ落ち、黒いローブを濡らしていた。

2016年4月12日火曜日

伝説1巻p201〜《物見》

TIME OF THE TWINS p113
“Events are transpiring in the outside world, Shalafi, that demand your attention.”
“Indeed?”
“Lady Crysania--“
Raistlin’s hooded head lifted quickly. Dalamar, reminded forcibly of a striking snake, involuntarily fell back a step before that intense gaze.

伝説1巻p200
「外の世界で、シャラーフィさまのお耳に入れておくべき事件が起きております」
「本当に?」
「レディ・クリサニアが――」
 フードをかぶったレイストリンの頭がさっと上がった。ダラマールは思わず蛇の襲撃を連想して、師の凝視の前に不覚にも一歩たじろいだ。

“What? Speak!”
“You--you should come, Shalafi,”
“The Live Ones report….”
The dark elf spoke to empty air. Raistlin had vanished.

「何と? 話せ!」
「直接――直接おいでいただいたほうがよいと思います、シャラーフィさま」
「<生ける者たち>の報告では……」
 黒エルフの眼前は無人になっていた。レイストリンはかき消えていた。

Though the most powerful mage living upon Krynn, Raistlin’s power was far from complete, and no one realized that more tha the mage himself.

 クリン上で最強の魔法使いとはいえ、レイストリンの力はまだ完成には程遠く、そしてそのことは本人が一番熟知していた。

He was always forcibly reminded of his weaknesses when he came into this room--one reason he avoided it, if possible.

 この部屋に来るたびに、かれは自分の弱さを思い知らされた――かれがなるべくこの部屋に来るのを避けているのは、それが一つの理由だった。

For here were the visible, outward symbols of his failness--the Live Ones.

 ここにあるものこそがかれの力不足の目に見える具現化した象徴――すなわち<生ける者たち>なのである。

Raistlin materialized within the Chamber of Seeing, a dark shadow emerging out of darkness.

 その<物見の部屋>に、レイストリンは暗黒の中から生じた黒い影のように実体化した。

***

 怪しくもおぞましい人工生命体。いかにも「邪悪な魔法使い」のやりそうな定番ですね。しかし、私はここにレイストリンの優しさを感じました。心底邪悪な魔法使いなら、見るも厭わしい失敗作など即刻処分してしまうはずです。それでも彼らを生かし続け、物見の池の見張りという仕事まで与えているのは、絶え間ない苦痛にもかかわらず、彼らが生きていたいと望んだから、それが最大の理由ではないんでしょうか。もちろん、己への戒めもあるのでしょうけれども。


“No mark, no wound, draconians coming out of nowhere…”

「死の兆候はなし。傷跡もなし。どこからと知れず現われたドラコニアン……」

“’Big dark, eyes of fire’--Lord Soth! So, my sister, you betray me,”

「『大キナ闇、炎ノ眼』――ソス卿か! では、姉上よ、あなたはぼくを裏切ったのですね」

“I could have made you queen of this world.”

「ぼくならあなたをこの世界の女王にもしてあげられたのに」

Raistlin stood quietly, pondering, staring into the still pond. When he spoke next, his voice was soft, lethal.

 レイストリンはじっと考えを凝らしながら、静かな池を見つめていた。ようやく口を開いたとき、かれの声は柔らかなくせに凶器のようだった。

“I will not forget this, my dear sister. You are fortunate that I have more urgent pressing matters at hand, or you would be residing with the phantom lord who serves you!”

「このことは決して忘れませんよ、愛する姉上。ぼくに、これ以上の急を要する仕事があるのは、あなたにとって幸運でしたね。さもなければ、あなたをその忠義な死霊の騎士の版図へ送り込んでさし上げたものを」

Raistlin’s thin fist clenched, then--with an obvious effect--he forced himself to relax.

 レイストリンは細い手で拳を固めたが、やがて――傍目にもわかるほど努力して――なんとか全身の緊張を解いた。

***

 クリサニアの危機に際して、レイストリンが緊張と感情を露わにする印象的なシーンです。一方で、キティアラ様急上昇中の今回は、今度こそ利害が一致し、一緒にやっていけると期待していた姉に裏切られた、という思いが強く突き刺さります。愛あればこそ、裏切られた反動の憎しみのなんと激しいことか。

“I could have made you queen of this world.”


“Bupu!” Raistlin whispered, the rare smile touching his lips. “Excellent. Once more you shall serve me, little one.”

「ブープー!」レイストリンがささやく。かれの唇に、めったに見られない微笑が覗いた。「素晴らしい。おちびさん、きみにはもう一度ぼくの役に立ってもらおう」

Lizard cure,” Bupu said in triumph. “Work every time.”

『とかげが効いた』ブープーが誇らしげに言う。『いつだって、よく効く』

“Yes, my little one,” Raistlin said, still smiling. “It works well for coughs, too, as I remember.”

「そうとも、ぼくのおちびさん」レイストリンはまだほほえんでいた。「それが咳にもよく効くのは、ちゃんと憶えているよ」

“And now, sleep, my brother, before you do anything else stupid. Sleep, kender, sleep, little Bupu. And sleep as well, Lady Crysania, in the realm where Paladine protects you.”

「さあ、眠るがいい、兄さん、これ以上また愚かなことをする前に。眠るがいい、ケンダー、眠るがいい、おちびさん。そしてレディ・クリサニアも、パラダインの守護下でいましばらく眠るがいい」

“And now come, Forest of Wayreth.”

「さあ、来たれ、ウェイレスの森よ」

“And you come, too, apprentice”--there was the faintest sarcasm in the voice that made the dark elf shudder--“come to my study. It is time for us to talk.”

「さあ、君も来るんだ、わが弟子よ」――その声に潜んだかすかな皮肉が黒エルフをわななかせた――「ぼくの書斎へ来たまえ。そろそろ二人で語りあおう」

***

 呪文の一節としての”And now come,”と、日常会話の”And you come,”と。呪文は本当に終わったのか、まだ続いているのか、それともこれから始まるのか…?

 明日はダラマールのターンですよー。

2016年4月11日月曜日

伝説1巻p170〜《倒錯》

TIME OF THE TWINS p96
“I’m Raistlin,” said the big man solemnly with another, unsteady bow. “A--a great and pow--pow--powerfulmagicuser.”

伝説1巻p170
「おれはれいすとりんだ」大男はもったいぶって言うと、ふらつきながらもう一度お辞儀した。「い、偉大で、きょ、きょ、強力な、魔術の使い手だ」

“Oh, come off it, Caramon!”

“Caramon’s dead. I killed him. Long ago in the Tow--the Twowr--the TwerHighSorcery.”

「おい、やめろよ、キャラモン!」
「きゃらもんは死んだ。おれがころした。もうずいぶんまえに、じょ、じょ、じょいまほの塔で」

“Him not Raistlin!” Snorted Bupu. Then she paused, eyeing him dubiously. “Is him?”
“N-no!”

「このひと、レイストリンとちがう!」ブープーが鼻息を荒くした。が、ふと立ち止まり、疑わしそうにじっと見つめる。「レイストリン?」
「違うってば!」

***

 癒し系ブープー。タッスルのライフはもう0ですが。
 ところで、ブープーの片言は、目的格を主語に持ってきたり、基本的にbe動詞を使わなかったりするんですが(もともとbe動詞が存在しないロシア語版ではどうしてるんでしょうね)ここでは珍しく使ってます。


“I’ll casht a magicshpell.”

“Up in flames! Up! Up! Burning, burning, burning…jusht like poor Caramon.”

「じゅもんをかけてみせよう」
「炎よあがれ! あがれ! あがれ! もえる、もえる、もえる……あわれなきゃらもんのようにもえてゆく」

secret magic word!”

“I’m definitely going back to Kenderhome,”

“You’ll forgive me if I’m not wildly greatful,”

『ひみつのまじつのじゅもん!』
(ぼく、何がなんでもケンダー郷に帰るぞ)
「わたしの感謝のしようが熱烈でなくても許していただけるわね」

“Tanis! Sturm! Come to me! Raistlin--your magic! We'll take turn.”

「タニス! スターム! こっちだ。レイストリン――呪文を!おれたちが連中をひきつけてるから」

“I’m not Caramon,” he said softly. “I’m his twin, Raistlin. Caramon’s dead. I killed him.”
“What am I doing with cold steel in my hands!”

「ぼくはキャラモンじゃない」かれはそっと言った。「ぼくは双子の弟レイストリンだ。キャラモンは死んだ。ぼくが殺したのだ」
「冷たい鋼鉄など握っていったいぼくは何をしているんだろう?」

***

 ドラコニアンの襲撃という脅威を目前にしながら、いっそう深まるキャラモンの狂気。
「おれはれいすとりんだ」から「ぼくは(双子の弟)レイストリンだ」への変化。震えがきます。


As it drew near Crysania, the figure stretched forth an arm that did not end in a hand. It spoke words that did not come from a mouth. Its eyes flared orange, its transparent legs strode right through the smoldering ashes of the fire.

 クリサニアに近づくと、人影は片腕を差しのべた。だが、その先に手はなかった。その言葉も口から語られるものではなかった。眼は橙色の炎と燃え、うしろが透けて見える脚は、たき火の熱い灰のただなかを踏んでくる。

The chill of the regious where it was forced to eternally dwell fowed from its body, freezing the very marrow in Tas’s bones.

 その体からは、永劫の棲処と定められた冥府の冷気が流れ出ており、タッスルを骨の髄まで凍えさせた。

The knight spoke one word.
“Die.”

 騎士はただ一言唱えた。
「死ね」

2016年4月10日日曜日

伝説1巻p164〜《蹴り》

前回《運命》の最後の方にちょっと考察を加筆しました。

TIME OF THE TWINS p93
 “It’s no game, you big ox!” the kender shouted. “I’ve decided to kick some sense into you, that’s all! I’ve had enough of your whining! All you’ve done, all these years, is whine!”

伝説1巻p164
「ふざけてなんかいるもんか、この鈍牛め!」ケンダーは叫んだ。「ぼくはあんたに分別ってものを蹴り入れてやることに決めたんだ、それだけさ。もうあんたのめそめそはたくさんだ。この数年間、あんたのしてきたことといえば、ただめそめそ泣いて愚痴をこぼすことだけじゃないか!」

“The noble Caramon, sacrificing everything for his ungrateful brother. Loving Caramon, always putting Raistlin first! Well--maybe you did and you didn’t.”

「弟思いのキャラモン、弟のためならすべてを犠牲にして我慢するキャラモン。愛情あふれるキャラモン、いつもレイストリンのことを先に考えるキャラモン。さあて――本当にそうだったんだろうか?」

“I’m starting to think you always put Caramon first! And maybe Raistlin knew, deep inside, what I’m just beginning to figure out!”

「ぼくは、あんたがいつもキャラモンのことを先に考えてたんじゃないか、と思いはじめたよ。それに、たぶんレイストリンも心の奥底で、ぼくが今気付きはじめたのと同じことを、わかってたんだ!」

“You only did it because it made you feel good! Raistlin didn’t need you--you needed him! You lived his life because you’re too scared to live a life of your own!”

「あんたが弟思いなのは、そうしてれば自分が気持ちいいからだったんだ。レイストリンがあんたを必要としてたんじゃない――あんたがかれを必要としてたんだ。あんたは、自分自身の人生を送る勇気がなくって、それでかれの人生につきまとってたんだ!」

***

 今回はこの、タッスルの口上だけで行こうと決めてました。初読時には喝采したものですが、今こうしてみると、ああ、一言言いすぎちゃいましたねタッスル。

“Raistlin didn’t need you--“

 この後キャラモンが陥る、目を背けたくなる最悪の惨状は、この言葉が引き金になったんではないかと思います。もちろんタッスルが切れるのも無理はない、当然の、必要なことだったんですけれど。

2016年4月9日土曜日

伝説1巻p139〜《運命》

TIME OF THE TWINS p79
Then, with a courtly gesture, the cursed Knight of Solamnia placed his hand over that portion of his anatomy that had once contained his heart.
“But I bow in the presence of a master,” Lord Soth said.

伝説1巻p139
 と、優雅な物腰で、呪われたソラムニア騎士はかつて心臓のあった胸の上に手を当てた。
「だが、わたしは主なる者の前では頭を垂れよう」ソス卿は一礼した。

Kitiara tewed her lip, checking an exclamation.

 キティアラは唇を噛みしめて叫びを堪えた。

“Dissapointed, my dear sister?”

「落胆なさいましたか、愛しい姉上?」

***

 落胆だったのか、それとも安堵だったのか。本人もわかっていないのでしょうね。ソス卿がレイストリンに触れんばかりに近づいたのを見て、呼吸を早めたその時も。

“And she came?”
“Oh,quite eagerly, I assure you.”

「それで、彼女はわざわざやって来た?」
「それはもう、いそいそとね」

“You don’t wanr the world,”
“Then that leaves only--“
Kitiara almost bit her tongue.

「世界が欲しくないとはね」
「ならば、残るはただ一つ――」
 キティアラは危うく舌を噛みかけた。

“Now you see the importance of this Revered Daughter of Paladine! It was fate brought her to me, just when I was nearing the time for my journey.”

「これで、このパラダインの聖女のもつ重要性もおわかりでしょう!ぼくの旅立ちの時が近づいているちょうどそのときに彼女が現われるとは、まさに天の配剤ですよ」

“How--how do you know she will follow you? Surely you didn’t tell her!”

「どう――どうして彼女がおまえについてゆくだろうとわかる?彼女にすべてを話したわけではあるまい」

“Only enough to plant the seed in her breast,” Raistlin smiled, looking back to that meeting. Leaning back, he put his thin fingers to his lips.

「彼女の胸に種子を撒くに充分なだけは話しましたよ」レイストリンは微笑しながら、例の邂逅を改装した。椅子の背にもたれ、かれは細い指で自分の唇に軽く触れた。

“my performance was, frankly, one of my best. Reluctantly I spoke, my words drawn from me by her goodness and purity. They came out, stained with blood, and she was mine…lost through her own pity.”

「率直に言って、ぼくの演技は上出来だったな。気乗りしない風にぼくが語っていると、彼女の善良さと純粋さがぼくから勝手に言葉を引き出してくれた。引き出された言葉には血のしみがついていて、そうなれば彼女はもうぼくのもの――彼女は自分の同情心に溺れたわけだ」

***

 かつてはキャラモンにしか通用しなかった(キャラモンにしか使っていなかった?)人誑しスキル、よく二年間で鍛えたものですね。クリサニア、ダラマール、危うく実の姉にまで。


What if he isn’t insane? What if hw really means to go through with this?

<かれが狂っていないとしたら?かれが本当にこれをやってのけるつもりだとしたら?>

In fact, her smile grew onlymore charming. Many were the men who had died, that smile their last vision.

 実際、彼女の微笑は一層魅力的になっただけだった。それを死への引導とされた男たちも数多いた凄絶な微笑。

And now! Kitiara studied him. She saw the man. She saw--in her mind’s eye--that whining, puking baby. Abruptly, she turned away.

 そして、今!キティアラはじっとその弟を見つめた。若い魔法使いの姿。しかしその内側に――彼女の心の目に――あの泣きじゃくり、乳を吐いていた赤ん坊の姿が蘇った。つと、彼女はそっぽを向いた。

“My little brother believs in that, apparently.”
“When he was small, I taught him that to refuse to do my bidding meant a whipping. It seems he must learn that lesson again!”

「弟は明らかに運命の存在を信じている」
「弟には、小さい頃、わたしの命令に逆らうと鞭でぶたれることを教えてある。どうやら、もう一度教え込んでやらねばならないようだな!」

***

(翌日加筆)
 約二十年前の初読時と、二年前の全巻通しての再読、そして現在原文と併せての精読。いろいろ自分の中で各キャラやシーンの印象が変化しましたが、最たるものはキティアラ様です。初読時は「(いろんな意味で)悪いお姉さん」でしかなかった彼女の魅力に浸ったり唸らされたりしています。

「弟には、小さい頃、わたしの命令に逆らうと鞭でぶたれることを教えてある」

 これだけ見ると、弟たちを力で支配し自分の意のままにする暴君、という印象です。ですがこの「命令」、原文では”command”ではなく”bidding”だったんですね。禁止、禁則事項。
「意に沿わぬことを鞭打ってやらせる」のではなく、
「やってはいけないと言われたことをやったらお仕置き」だったんです。
 なあんだ、幼い弟たちを危険から遠ざけるための、普通のしつけではないですか。子供のしつけに鞭が出てくるのは、海外文学では普通のことですし。愛情あふれるキティアラお姉ちゃんが、さらに存在感を増してきました。


"I, too, believe in fate, Kitiara," the death knight murmured. "The fate a man makes himself."

「わたしも運命の存在を信じておるぞ、キティアラ」死の騎士はつぶやいた。「運命とは自分で作り出すものだ、ということをな」

“Who will learn this lesson, I wonder?”

「教え込まれるのは、いったい誰のほうやら?」

2016年4月8日金曜日

伝説1巻p125〜《黒の女卿》

TIME OF THE TWINS p70
Palantas--fabled city of beauty.
A city that has turned its back upon the world and sits gazing, with admiring eyes, into its mirror.

伝説1巻p125
 パランサス――名にしおう美の都。
『世の中に背を向けて、うっとりとおのれの鏡像に見入っている都』

Who had described it thus? Kitiara, seated upon the back of her blue dragon, Skie, pondered idly as she flew within sight of city walls.

(そう評したのは誰だったか?)キティアラは青い騎竜スカイアにまたがって空中から市壁を望みながら、なにともなくそう考えた。

The late, unlamented Dragon Highlord Ariakas, perhaps. It sounded pretentious enough.

(惜しまれることなく死んだ、あのドラゴン卿アリアカスあたりか。このもったいぶった言いまわしは、あの男の言いそうなことだ)

 “No, my pet,”

He achieved some satisfaction, however, by breathing a bolt of lightning from his gaping jaws, blackening the stone wall as he soared past, keeping just out of arrow range.

「それはならぬ」

 そして、鬱憤晴らしに、矢の射程外ぎりぎりを保って胸壁を飛びかすめ、かっと開いた口から稲妻の息を吐いて壁石を焦げつかせ、慰めとした。 

***

 戦記4巻で、キティアラ様が人間の副官バカリスを”my pet”と呼んでいたときはひっくり返ったものですが(邦訳にはないんですこの言葉!)スカイアなら、まあ…ありか。


“And daily I grow in strength and in might,”

「わたしは日毎に力を貯えつつあるというのにな」

***

 日本語の色の語彙は豊富ですが、「力」の表現は英語に及ばないようです。powerもforceもenergyも。近代物理学を日本に紹介した人は苦労したことでしょうね。


And if his eyes laughed at her, what would those golden eyes of the mage reveal? Not laughter--triumph!

(ソスの眼でさえ嘲笑するくらいだ。かれの金色の眼なら、いったいどんな感情を見せることか。嘲笑どころではなく、勝利の陶酔感だろう!)

“See this you accursed creatures of living death?” she sxreamed shrilly. “You will not stop me! I will pass! Do you hear me? I will pass!”

「これが見えるか、生ける屍と化した呪われたる者どもよ?!」彼女は高らかに叫んだ。
「おまえたちにはわたしは阻めぬ!わたしはここを通るぞ。聞こえたか?無事通ってみせるぞ!」

***

 英語の「意志」と、未来を示す語が同一であることを強く感じさせる台詞。


“I should kill you, you damned bastard!” Kitiara said through numb lips, her hand on the hilt of her sword.
“I am overjoyed to see you, too, my sister,” Raistlin replied in his soft voice.

「おまえなぞ殺してくれるわ、この鬼子め!」キティアラは恐怖でかじかんだ唇で言い、剣の柄に手をかけた。
「ぼくも会えてうれしいですよ、姉上」レイストリンがもの柔らかに答える。

Raistlin smiled, the rare smile that few ever saw. It was, however, lost in the shadow of his hood.

 レイストリンはにっこりと微笑した。ほとんど人に見せたことのない、稀な微笑。しかしそれは、フードの陰にまぎれてしまった。

***

 このrareな表情は、ザク・ツァロスでブープーに向けたのと、あるいはネラーカでキャラモンに祝福とともに別れを告げた時と同じ種類の顔だったんでしょうか。皮肉屋が垣間見せる真実の一瞬。


“Knight of the Black Rose,” continued Raistlin, “who died in flames in the Cataclysm before the curse of the elfmaid you wronged dragged you back to the bitter life.”

「黒薔薇の騎士殿」とレイストリンは続けて、「大変動の炎の中で命を落としたものの、エルフ乙女の恨みの呪いで、死霊としてこの世に留まるを余儀なくされた、とはあなたのことですね」

“Such is my tale,” the death knight said without moving. “And you are Raistlin, master of past and present, the one foretold.”

「よくご存知だな」死の騎士は無表情に言った。「そして、そなたはレイストリン。過去と現在の主にして、予言されたる者」

The two stood, staring at each other, both forgetting Kitiara, who--feeling the silent,deadly contest being waged between the two--forgot her own anger, holding her breath to witness the outcome.

 二人は向かいあったまま、お互いを見つめあっていた。忘れられたキティアラは――二人の間に無言の壮絶な戦いが交わされているのを感じとって――自分の怒りを忘れ、息をつめて結果を待った。

2016年4月7日木曜日

伝説1巻p108〜《出発》

TIME OF THE TWINS p60
But, as he studied the room of her own, the kender faded. Above the door, he could see clearly, despite some weathering, the carefully crafted mark denoting a wizard’s residence.

伝説1巻p108
 が、その部屋にさらに目を凝らすと、かれの微笑は消えた。扉の上方に、少し風化しているにもかかわらず、はっきりと見える丁寧な細工――それは魔術を扱う者の住まいであることを示す紋章だった。

“A woman, a stranger, wasts to help Raist. And risk her life to do it.”

「見ず知らずの人間が、それも女の身で、レイストを助けようとしている。しかも、命がけで」

“He needed me…then.”
“And Crysania needs you now!”

「あいつはおれを必要としていた……あの時は」
「クリサニアは今あなたを必要としているのよ!」

“Me hungry,” said the bundle to Tas accusingly. “Whe we eat?”
“I went on a quest for Bupu,”

「おら、おなかすいた」包みは責めるようにタッスルに訴えた。「ごはん、いつ?」
「ぼく、ブープーを探し出してきたんだ」

***

 タッスル&ブープー登場!この後タッスルが語ったクリサニアの行動には感心させられました。ケンダーの話に真剣に耳を傾け、どぶドワーフに価値を見出す彼女はやっぱり並の人間ではないのです。


At this point, Tas was forced to look somewhere else. The kender thought he was going to laugh but was startled to find himself on the verge of tears.

 この姿を見て、タッスルは目を外らさざるをえなかった。笑ってはいけないと思ったからだが、タッスルは自分でも驚いたことに泣きそうになっていた。

“Him look just like my Highbulp, Phudge I,”

「このひと、おらのバルプ大王ファッジ一世に、そっくり」

“Raistlin himself told you to walk your own path and let him walk his.”

「レイストリン自身が忠告したじゃない、あなたはあなた自身の道を歩むように、と。そしてかれにもかれの道を歩ませてくれるように、と」

“You’re trying to walk both paths, Caramon. Half of you is living in darkness and the other half is trying to drink away the pain and the horror you see there.”

「あなたは二股をかけようとしているのよ、キャラモン。あなたの半身は闇の中にいる。そして、そこで目にする苦痛や恐怖をまぎらせようとして、残りの半身が酒にすがっているんだわ」

“But you are not coming back to me as husband or even friend until you come back at peace with yourself.”

「でも、あなたが自分自身と和解して戻ってくるのでない限り、あなたはわたしの夫でもなければ、友人でさえない」

Tas suddenly remembered her fighting draconians in the Temple at Neraka that last horrible night of the war. She had looked just the same.

 タッスルはふと、先の大戦のあの凄惨な夜にネラーカの<神殿>でドラコニアンたちと闘っていた彼女を思い出した。あの時の彼女は今とそっくりだった。

***

 ティカ、凄いよティカ、あの時も今も。キャラモンやクリサニアと違い、相手の欠点を直視した上でまるごと愛し、必要なことを言ってあげられる勇気と賢さ。本当にキャラモンにはもったいないです。

2016年4月6日水曜日

伝説1巻p48〜《need me》

TIME OF THE TWINS p48
“He was so happy, Tanis, for a while. People needed him.”

伝説1巻p86
「この人はとっても幸せだったの、タニス、しばらくの間はね。みんながかれを必要としてくれた」

“No one needed him,”
“Not even me….”

「かれを必要とする人が誰もいなくなったわけだ」
「わたしまでもが……」

***

They don’t understand. They don’t need me. Even Tika doesn’t need me, not like Raist needed me. 
 だが、かれらにはわかっていないのだ。かれらはおれを必要としていない。ティカでさえおれが必要ではない――レイストがおれを必要としたようには。

 鮮血海の底でのキャラモンの絶望。かれにとって最も重要なもの、力の源は「必要とされること」でした。自分でもあんまりな例えだとは思いますが、レイストリンの件がかれにとどめを刺した毒物や病原菌だとすれば、ティカやソレースの人々に必要とされなくなったことは、栄養失調や睡眠不足による体力の低下のようなものだったのかもしれません。


“Caramon wrote to him, Tanis. I saw the letter. It was--it tore my heart. Not a word of blame or reproach. It was filled with love. He begged his brother to come back and live with us. He pleased with him to turn back on the darkness.”

「噂を聞いて、キャラモンはあの人に手紙を書いたわ。わたし、その手紙を見たの。胸が張り裂けたわ。一言も非難や咎めだての言葉はなかった。愛情いっぱいの手紙だった。戻ってきておれたちと一緒に暮らそう、と頼んでたわ。どうか闇に背を向けてくれ、と書き連ねて」

“’I have no brother. I know no one named Caramon.’ And it was signed, Raistlin!”

「『ぼくには兄はありません。キャラモンという名の者など知りません』そして、レイストリン、と署名して!」

“Caramon…This is Caramon Majere? This is his brother?”

「キャラモン――これがキャラモン・マジェーレなのですか?これがあの人の兄?」

“Your ‘sensitive and intelligent perfectioninst’ had a hand in making this man the ‘pathetic wretch’ you see, Revered Daughter,”

「あなたのおっしゃる『鋭敏で知的な完全主義者』が、この男を、ご覧のような『情けない破廉恥漢』にするのに一役買ったのですけどね、聖女さま」

“Perhaps it was for lack of love that Raistlin turned from the light to walk in darkness.”

「愛情が欠けていたために、レイストリンが光に背を向けて闇の道へと歩み入るようなことになったのではありませんか?」

Tika looked up at Crysania, an odd expression in her eyes. “Lack of love?” she repeated gently.

 ティカがクリサニアを見上げた。奇妙な表情が瞳にうかんでいる。「愛情が欠けていた?」彼女は静かに繰り返した。

***

 うわっ、思わず頭抱えましたよここ。現代のネットスラングならDQN、KYというところでしょうか(実はあまり意味わかってません)。さっきの「愛情いっぱいの手紙」の話聞いてなかったんですか聖女さま。ティカ、よく掴みかからなかったものです。それは聖女さまへの尊敬の念ゆえか、それとも…


“Destroy!” Crysania regarded Tanis in shock, her gray eyes cold. “I do not seek his destruction.”

「滅ぼす?」クリサニアは驚いたようにタニスを見た。灰色の瞳が冷たい。「わたしはレイストリンの破滅を求めてなどおりません」

Tanis stared at her in amazement.
“I seek to reclaim him,”

 タニスが仰天して彼女を見つめる番だった。
「わたしはかれを回心させたいのですわ」

"You are very wise, Tanis Half-Elven. But this time you are wrong,"
"Lady Crysania isn't mad. She's in love."

「あなたはとても賢いわ、タニス。でも、今回はあなたは間違ってる」扉口に佇んで、彼女は胸の内でつぶやいた。「レディ・クリサニアは狂ってるんじゃないのよ。彼女は恋をしてるのよ」

2016年4月5日火曜日

伝説1巻p12〜《喝采》

TIME OF THE TWINS p37
“In many ways, she begins a journey much like your own years ago--seeking self-knowledge. No, you are right, she doesn’t know this herself yet.”

伝説1巻p67
「いろいろな意味で、彼女は旅立とうとしています。ちょうど数年前のあなたのように――自己認識を求めて。いや、あなたの思われるとおり、彼女は自分ではまだこのことに気づいていません」

Thouh he had come to a strong belief in the true gods--more through Laurana’s love and faith in them than anything else--he felt uncomfortable trusting his life to them, and he grew impatient with those Elistan who, it seemed, placed too great a burden upon the gods.

 かれはまことの神々に強い信仰を抱くようになっていた――それには、何にもましてローラナの愛情あふれる信仰心が影響していた――が、自分の人生を神々に委ねてしまうのには抵抗があり、そして、エリスタンのように神々にあまりにも多くの荷を負わせすぎているように見える人々に対しては、いらだちを覚えてしまうのだった。

Let man be responsible for himself for a change, Tanis thought irritably.

 少しは自分で責任を負ったらいいじゃないか、とタニスはいらだたしく考えた。

A murmur--both reverent and respectful--went through the crowd.
“A holy cleric!”

 群衆の中にさざめき――尊敬と崇拝の念の――が走った。
「聖なる僧侶さまだ」

“I am honored,”
“to meet two whose deeds of courage shine as an example to us all.”

「お目にかかれて光栄に思います」
「お二方の勇気ある行動は、わたくしどもすべてにとって輝かしい模範となっております」

Tika flushed in pleased embarrassment. Riverwind’s stern face did not change expression, but Tanis saw how much the cleric’s praise meant to the deeply religious Plainsman. As for the crowd, they cheered boisterously at this honor to their own and kept on cheering.

 ティカは面映ゆさで頬を染めた。リヴァーウィンドのいかめしい顔は表情を変えなかったが、タニスには、この敬虔な平原人にとって聖女である彼女からの褒め言葉がどれほど大きな意味をもつか察せられた。群衆はといえば、かれらは自分たちの英雄に対するこの名誉に大喝采し、それは止むことがなかった。

***

 ここ、釈然としない人多いんではないですかね。そもそも、困難な旅路の果てにミシャカルの啓示を受け、青水晶の杖をゴールドムーンの許に持ち帰ったのはリヴァーウィンド。そしてタニスたちの助力を得た二人の犠牲(二人ともザク・ツァロスで一度死んだも同然でした)の成果が<円盤>獲得なわけで。エリスタンを癒し希望を取り戻させたのはゴールドムーンで、クリサニアはそれら全てが片付いてからエリスタンの弟子になって、本人もここは自覚しているように、まだ何も成し遂げてはいない身なのです。
 我々の感覚からいったら、神々への貢献度は

ゴールドムーン&リヴァーウィンド>竜槍の英雄たち>エリスタン>>クリサニア

 てところでしょう。それなのに、ぽっと出の聖女クリサニアに賞賛されてまんざらでないティカとリヴァーウィンド、喝采する人々。なかなか想像しがたい光景です。

 これが、原作が書かれたアメリカと日本の宗教観の違いなんでしょうか。
 何百年間とキリスト教の、そのうちの大部分はローマカトリック教会の精神的支配下にあった民族の子孫にとって、体系づけられた教会の高位聖職者や、認定された聖人、聖女さまはかほどにありがたい存在なのでしょう。信じる信じない、信仰の問題ではなく、生活習慣、意識の違いなのかもしれません。日本人のクリスチャンであってさえ(かつては自分もそうだと思っていた時期がありました)、この違和感はわかってもらえる、感じてもらえるんではないかと思います。

 信仰と常識と道徳観念が一緒くたになっている(らしい)一部のアメリカ人、学校で進化論を教えることを法律で禁じようとする人たちの見ている世界を、また少し覗き見た気がします。「信仰なしにどうして道徳的でいられるのか」と疑問を発する人たちが私は怖しい。もし神の存在が否定されたら、彼らの道徳もまた瓦解するのでしょうか?

 いやー毎度脱線甚だしい。さあさくさく進みますよ。


It was a man, Tanis saw, a huge man, but, as he looked more closely, he saw it was a man whose giant girth had run to flab.

 それは男だった。大男である。しかし、タニスがさらに目を凝らして見ると、それは巨大な胴回りをさらにだらしなくたるませた男だった。

“Tanish…my fri--“
“Name of the gods,”

「タニシュ……なつかし――」
「神々の名にかけて……」

Then--with a thud shook the Inn--Caramon Majere, Hero of the lance, passed out cold at Tanis’s feet.

 そして――どうと床を揺らして――<竜槍の英雄>キャラモン・マジェーレがタニスの足元に昏倒した。

2016年4月4日月曜日

伝説1巻p50〜《ソレース》

TIME OF THE TWINS p27
Two years ago--it would be three this autumn--he had topped this rise and met his long-time friend, the dwarf, Flint Fireforge, sitting on that boulder, carving wood, and complaining--as usual.

伝説1巻p50
 二年前――この秋が来ると三年になるが――かれはこの坂を登って来て、古馴じみの友、老ドワーフのフリント・ファイアフォージがあの岩にすわり、木切れを削りながら、例によって不平をこぼしているのに出会ったのだった。

“You--a hero!”
“Why beard?”
“You were ugly enough….”

『おまえさんが、英雄とはね!』
『なぜ、髭なんか生やす?』
『見られたもんじゃない……』

He and Flint had watched the lights flicker on, one by one, in the houses that sheltered among the leaves of the huge trees. Solace--tree city--one of the beauties and wonders of Krynn.

 かれは、巨木の葉陰に庇護されている家々に一つまた一つと灯りが点るのを、フリントと一緒に眺めていた。樹間の町ソレース――それは、クリンの美と驚異を代表する景観の一つだった。

For a moment, Tanis saw the vision in his mind’s eye as clearly as he had seen it two years before. Then the vision faded. Then it had been autumun. Now it was spring. The smoke was there still, the smoke of the home fires.

 つかの間、タニスの脳裏にまざまざと、二年前に見たその光景が浮かび上がった。が、その幻像はやがて消えた。あの時は秋だった。今、季節は春である。煙は今も漂っている。家々の炉の煙。

Tanis smiled grimly. He could imagine how an eyesore like that must irritate those who were working to forget. He was glad it was there. He hoped it would remain, forever.

 タニスは苦い笑みをうかべた。かれにはその黒い円が、忘れようと働いている人々にとってどれほど目障りでいらだたしいものか想像できた。しかし、かれはそれが残っているのが嬉しかった。いつまでも、永遠に残っていてほしかった。

***

 タニスの回想の中のソレースのなんと美しく、フリントのなんと慕わしいことか。取り上げるときりがないので、そろそろティカとリヴァーウィンドのターンにしましょう。


“How is Goldmoon and your son?”
“She is fine and sends her love,”
“My son”--his eyes glowed with pride--“is but two, yet already stands this tall and sits a horse better than most warriors.”

「ゴールドムーンと坊やのようすはいかが?」
「妻は元気だ。君によろしくと言っていた」
「倅は」――かれの目が誇らしそうに輝いて――「まだ二歳だが、背がこんなに伸びて、おおかたの戦士も顔負けに馬を乗りこなす」

“Two?” Tika looked puzzled, then, “oh, twins!” she cried joyfully. “Like Caramon and Rais--“ She stopped abruptly, biting her lip.

「二人?」ティカはとまどったが、やがて、「まあ、双子なのね!」と嬉しそうに言った。「ちょうどキャラモンとレイ――」はっと言葉をとめて、彼女は唇を噛んだ。

2016年4月3日日曜日

伝説1巻p28〜《招待》

TIME OF THE TWINS p13
Raistlin laughed.

伝説1巻p28
 レイストリンが声をたてて笑った。

It was thin, high-pitched, and sharp as a blade. It denied all goodness, mocked everything right and true, and it pierced Crysania’s soul.

 それは細くかん高く、刃のように鋭い声だった。あらゆる善を拒み、あらゆる正義や真実を嘲笑うその声が、今クリサニアの魂を貫いた。

***

 出ました、タニスちゃんどん引きのレイストリン笑い。それでも引かずに睨み返したクリサニア様、やっぱり只者じゃないです。


Suddenly, perhaps realizing the fearlessness with which she confronted him, Raistlin’s laughter ceased. Regarding her intenly, his golden eyes narrowed.

 不意に、眼前の彼女が恐れを知らない態度で立ち向かっているのを悟ったのだろう、レイストリンの笑い声が止んだ。彼女をじっと見つめて、金色の眼がすっと細くなる。

Then he smiled, a secret inner smile of such strange joy that Astinus, watching the exchange between the two, rose to his feet.

 が、すぐにかれは微笑した。異様な喜びに満ちた秘密めいた微笑。二人のやりとりを見守っていたアスティヌスは、思わず椅子から立ち上がった。

***

 この時のアスティヌスの動揺ぶり。おそらく彼は感じたのでしょうね。自分が見、記録してきた歴史が、フィスタンダンティラスがデヌビスを伴ってザーマン要塞に赴いた過去が揺らぐ、最初のさざ波を。


“How brave you are, Revered Daughter,” he commented. “You do not tremble at my evil touch.”
“Paladine is with me,”

「なかなか勇敢ですね、聖女どの」かれはほめた。「邪悪なぼくの手に触れられても、震えていない」
「パラダインがわたしとともにおられますもの」

Now Crysania trembled at his touch, but she could not move, she could not speak or do anything more than stare at him in a wild fear she could neigher suppress nor understand.

 今度は、触れられて、クリサニアは震えた。しかし、彼女は動けなかった。しゃべることもできなかった。何ひとつできず、ただ恐怖でかれを見つめるばかりだった。抑えることも理解することもできない激しい恐怖。

“Of course,” Raistlin sighed wearily, and there was an rxpression of sorrow in his face and voice, the sorrow of one who is constantly suspected, misunderstood.

「いかにも」レイストリンは力なくため息をついた。かれの顔にも声にも、悲哀の表情があった。絶えず疑われ、誤解されている者の悲哀。

“If you truly do not fear the knowledge, then come to the Tower two nights from this night, when Lunitari makes its first appearance in the sky.”

「もし知ることを本当に恐れないのなら、二日後の夜、ルニタリが天に姿を現わすとき、<塔>においでなさい」

“I will be there,” Crysania answered firmly, noting with pleasure Bertrem’s look of shocked horror.

「必ず伺いますわ」クリサニアはきっぱりと答え、バートレムがぎくりと衝撃を受けた様子に快感を覚えた。

“I accept your challenge. I will not fail you! I will not fail!”

「厳しい試練をありがとうございます。必ずなしとげてみせます!必ずなしとげてみせます!」

***

 敬意、嘲笑、おだててからの恐怖、脆弱な体までも利用してクリサニアを翻弄するレイストリン。二年間魔法の研究だけやってた訳じゃないんですね。さすがキティアラ様の弟、素質はあったということですか。